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大沢伸一×谷中敦が明かす、満島ひかりとの「ラビリンス」制作秘話「このテイクが一番“歌っていない”」

2017年07月27日 19:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 大沢伸一のソロプロジェクトMONDO GROSSOが、14年ぶりにニューアルバム『何度でも新しく生まれる』を6月7日にリリースした。同作はMONDO GROSSOが初めて“全曲日本語詞のボーカル曲”に臨んだ意欲作。ゲストボーカルにbirdやUAをはじめ、満島ひかり、齋藤飛鳥(乃木坂46)、やくしまるえつこなど、ジャンルや世代を越えた歌手を起用し、彩り豊かな1枚となった。


参考:けものフレンズとMONDO GROSSOの意外な共通点? 才能開花させる“プラットホーム”に


 中でも満島ひかりをボーカルに迎えた「ラビリンス」は、先月公開されたMVが現在500万回再生を突破。そのほか『ミュージックステーション』への出演や、『FUJI ROCK FESTIVAL ’17』への参加など、アルバムリリースから話題を欠くことがない。 この度リアルサウンドでは、「ラビリンス」の作詞を務めた谷中敦(東京スカパラダイスオーケストラ(以下、スカパラ))と、大沢伸一による対談を行った。同曲が生まれたきっかけや満島ひかりとの制作模様をはじめ、音楽家として90年代の音楽シーンを牽引し、プライベートでも親交があるというふたりによる濃密な音楽話などをたっぷり語ってもらった。(編集部)


MONDO GROSSO「ラビリンス」MV


大沢「トラックができた段階で谷中さんにお願いしようと思った」


左から谷中敦、大沢伸一


ーー大沢さんには、なかなかのインタビュアー泣かせのアーティストというか、「この曲にはこういう意図があったんじゃないですか?」って訊いても、「いや、全然考えてませんでした」みたいな、つれない対応をされがちな印象があるんですけど(笑)。


大沢伸一(以下、大沢):僕、嘘をつけないんで(笑)。たまに他の人のインタビューとか読むと、これ本当かな?って思うんですよね。


ーー「とりあえずインタビュアーに話を合わせておこう」みたいな?


大沢:そう。多くの人が「その方が無難かな」って思ってやってるんじゃないかって。でも、昔からそういう対応が自分にはできないんですよ。ラジオに出ても、よく「最後にリスナーの皆さんにメッセージを一言」とか言われるじゃないですか? それも、ほとんど言ったことがない(笑)。だって、正直会ったことがない人にメッセージなんてなくないですか? 伝えたいことは自分の音楽に詰め込んでるわけだから、それ以外は、「明日、雨が降らない方がいいね」とか、そういうことくらいしか思い浮かばない(笑)。


谷中敦(以下、谷中):よし、これからは自分もそれでいこう(笑)。


ーーいや、谷中さんは大沢さんとは反対で、サービス精神のかたまりのような印象が(笑)。


谷中:インタビュアーがほしいことを先回りして言っちゃう方ですね。ミスター・リップサービスですから。


大沢:(笑)。


谷中:大沢くん的に言うと、俺は嘘つきですね(笑)。


ーー(笑)。そんなお二人が、今回MONDO GROSSOの14年ぶりのアルバムの収録曲「ラビリンス」でコラボレートをされた。さっきYouTubeを改めてチェックしたら、先行で発表されていたリリックビデオと合わせて、もう500万回以上再生されていて。今日はこの「ラビリンス」という曲が生まれた背景について、いろいろ訊いていきたいと思ってます。そもそも、お二人はかなり前から交流があったんですか?


谷中:昔からよくクラブで会ったり、イベントで会ったり。


大沢:会ったら話をするし、メールのやり取りもするしって仲です。


ーー「ラビリンス」は、アルバム『何度でも新しく生まれる』の中でも鍵になった曲というか、この曲があったからアルバムの全部の曲の歌詞、そしてアルバムのタイトルまで日本語になったという話を聞いたのですが。


大沢:そうなんです。だから、結果的にこの曲が一番最初だったというか、その前にもアルバムのためにデモをいろいろ貯めこんでいたんですけど、この曲ができたことでそれを全部捨てて、この曲からアルバムの制作が始まることになって。


ーー最初から満島ひかりさんが歌うことをイメージして、谷中さんに歌詞を依頼したんですか?


大沢:いや、トラックができた段階で歌詞は谷中さんにお願いしようと思ったんですけど、満島さんが歌うことは、その時点ではまだ正式には決まってなかったんじゃないかな。少なくとも、谷中さんには伝わってなかったはず。


谷中:そうだったね。女性が歌うってことだけで。


大沢:谷中さんは日常的にいろんな方に詩をメールで送ってくるんです。その詩が本当にいつも素敵で、いつか何かお願いしたいってずっと思っていたんですけど、このトラックができて「あ、ここにのる歌詞は日本語かも!」って思いついた時、ようやくその機会がきたなって。


ーー一度聴いたら、もう満島さんが歌ってる以外の想像が全くできない曲なので、てっきり満島さんありきの歌詞なのかと思ってました。


大沢:たまに誤解されるんですけど、僕はそういうコンセプチュアルなものの進め方をできないんですよ。いつも、わりと行き当たりばったりで。


ーー谷中さんにとって、誰から頼まれたわけでもなく好きで書いている詩と、こうしてオファーを受けてポップミュージックの中で書く歌詞というのは違うものだと思うんですけど、歌詞を書いてもいいと思える基準のようなものはあるんですか?


谷中:基準というわけじゃないですけど、やっぱり曲がいいかどうかというのは重要ですね。いい曲だと、自然に歌詞が浮かんでくるし、そうじゃないと、何回書いてもしっくりこなかったりする。そういう意味で、今回は本当にいい曲だったんですごくやりやすかったです。歌詞を書く時って、何度も何度も曲を聴くことになるじゃないですか。「ラビリンス」は繰り返し延々聴いていてもずっと気持ち良さが変わらない曲だったから、すごく楽しんで歌詞を作ることができましたね。


ーーこの歌詞、いろいろな解釈ができると思うんですけど、冒頭の〈見つめないで 哀しい方を〉の〈哀しい方を〉っていうところが、いきなり胸に刺さってきて。すごく刹那的というか、この歌の主人公は、誰かと許されない関係にあるのかなって。


谷中:いや、「許されない関係」だとか、そういうことはまったく考えてなかったです。僕が歌詞を書く時にイメージしたのは、大沢くんがDJをしていて、暗いところでお客さんがたくさん踊っている、そのフロアの風景だけで。そこで、どんな日本語が響けば美しいものになるのかっていうことで。


ーーあぁ、そうだったんだ。


谷中:クラブのフロアって、二人で踊っている人もいるし、一人で踊ってる人もいるでしょ? そして、一人で踊ってる人にも、実生活でパートナーがいる人もいるし、いない人もいる。そういういろんな人たちみんなが、踊りながらそれぞれ何かを感じられるような歌詞にしたいなって。音楽にのった恋の感情って、具体的に相手を思い浮かべて感じるものだけじゃなくて、孤独な人にも感じられるものがあると思うから。


谷中「時代が変わった時も、新鮮な音楽だと感じられる」


ーー確かに、そういう歌詞ですね。(スカパラとして)デビューは谷中さんの方が先ですけど、谷中さんの目からは、これまでの大沢さんの活動はどのように映っていたましたか?


大沢:難しいですよね、本人を目の前にして(笑)。


ーーいくらミスター・リップサービスと言えど?


谷中:いや(笑)、これはリップサービスでもなんでもなく、カッコいいことしかやってこなかった人だと思うんですよ。


大沢:いやいやいや(笑)。


谷中:今回のアルバムにしたって、全然ブレてない。時代が変わっても、やりたいことがずっと変わってないっていうか。自分の音楽を真空パックに入れたまま、ずっとやり続けているような。だから、時代が変わった時も、新鮮な音楽だと感じられるんですよね。大沢くんは変わってないんだけど、周りの風景が変わったことで、それが新しいものに見えてくるっていうか。時代に合わせていると、どうしたって時間が経つとそれが古くなってしまうけど、大沢くんみたいにずっと独自のことをやってきた人は、時代を超えていくんだなって。


ーーそれを、流行り廃りが激しいダンスミュージックの世界、エレクトロニック・ミュージックの世界でやってきたっていうのが、大沢さんの音楽の稀有なところですよね。


大沢:もちろん、リズムだとか、音楽のフォーマットだとかは、その時代時代のものを好きに取り入れていいと思うし、自分も部分的にはそうやってきたんですけど、やろうとしてることの根幹みたいなものは、ずっと変わってないのかもしれませんね。それに、今ってもう「何が新しいのか?」って誰も言えなくないですか? 例えば、昨年出た作品の中で、自分がすごく好きだった作品の一つがBADBADNOTGOODってカナダのジャズバンドの『Ⅳ』ってアルバムだったんですけど。


ーーあぁ、ケンドリック・ラマーの『DAMN.』にも参加してましたね。


大沢:そうそう。あの作品で彼らがやってることって、70年代のスピリチュアルなラウンジ・ジャズの完全な模倣でしかないんですよ。それの、めちゃくちゃクオリティの高い模倣。でも、彼らの音楽って、言ったら「最新」のものでもあるんですよ。最新の技術で昔の音楽を再現していて、自分はそれを最新の音楽として聴いている。そういうことを考えると、もう音楽として「何が新しいのか?」なんて、意味がないような気がするんですよね。今回の自分の作品もレビューで書かれたりしたんですよ。「なんかちょっと古臭い、90年代みたいな曲を今さら作ってる」みたいな。そういうのを目にすると「ふざけんなっ! ボケっ!」とかって思いますけど(笑)。


ーー(笑)。


大沢:でも、ある意味、その通りなんですよ。別にこの作品は90年代に出ていてもおかしくなかった。でも、それを作ってる自分は現在のーーこの作品を作ったのはほぼ2016年だからーー2016年の気分で、2016年の機材を使って作ってる。それはやっぱり、新しい音楽なんですよね。90年代にあったような音楽のフォーマットでも、新しく聴こえる部分はあるはずなんですよ。僕が「新しさ」について考えていなくても、それは自然に新しいものになっていく。


ーー自分の中でMONDO GROSSOの音楽って、一貫してどこか叙情的で、ドライかウェットかって言ったらウェットで、日本という、地球温暖化もあって今やほとんど亜熱帯地域といっていいこの風土の中でしか生まれない、高温多湿なダンスミュージックという認識があるんですよ。


谷中:うんうん。


大沢:使わせてもらいます(笑)。


ーーいやいや(笑)。


谷中:でも、本当にそうだよね。


ーーで、今回のアルバムを最初に聴き終えてふと気づいたのは、すごく多彩なトラックで、それでも全部日本語で、全部歌もので、「そっか、ラップも一切入ってなんだ」ってことで。もし今の世界の音楽シーンをもっと反映させるなら、そこにラップの要素って入ってきそうなものですけど。そこで敢えて「歌」オンリーっていうのが、すごくMONDO GROSSOっぽいなって。


大沢:あぁ、言われてみるとそうですね。うん、そうとしか言えない(笑)。


谷中:そもそも、今回どうして日本語にこだわったの?


大沢:きっかけは本当に谷中さんに書いてもらった「ラビリンス」だったんです。その前から漠然と日本語でいきたいなっていう気持ちはあったんですけど、「ラビリンス」を日本語でいくって決めた段階で、だったら全部日本語でいこうって思った。その前に作っていたデモは、もうちょっとカッコつけてたんですよ。この10年間に自分がDJとして培ったものをフィードバックさせて、今一番自分がピンときている最新のスタイルを打ち出していこうとか。でも、よく考えたらそれって、今の自分にとって挑戦じゃなくて逃げだったんですよね。せっかく14年ぶりにMONDO GROSSOとしてアルバムを作るなら、自分にとって最も負荷の高いものを作ってみたくなった。それが、全部日本語でいくっていうことだったんです。


谷中:「ラビリンス」がきっかけになったっていうのは、本当に光栄ですね。やっぱり、いい曲だよね。いまだに1日1回は聴いてるもん。そういう曲に関わることができて、本当に幸せですよ。


大沢「椅子の上で胡座をかいて歌ってました」


ーー満島さんの歌の力も大きいですよね。


大沢:本当にそうです。こう言うと、あまり褒めてるようには聞こえないかもしれないですけど、彼女の歌って、歌手っぽくないんですよ。歌詞が映し出すちょっと切ない情景と、彼女の声が、ものすごく合っていた。これが、もっと上手い人が歌ってたら全然別のものになっていたと思うんです。


ーーそうですね。うん。


大沢:歌い方も、何通りかやってもらったんですよ。その中でベストだったのがこれなんですけど、このテイクが一番彼女が「歌っていない」んです。


ーーあぁ、なるほど。


大沢:いろんなアプローチの仕方で頑張ってもらったんですけど、最終的に、一番力が抜けていて、何もしていないものを採用して。「自分の家で、鼻歌で歌ってるような感じで歌ってもらえませんか?」ってお願いしたのがこれなんです。


谷中:そうだったんだぁ。いや、大正解ですね。


大沢:このトラック、この歌詞だと、歌手が歌い上げたら別ものになっちゃうんですよ。それだと、自分にとって曲の意味が違ってきてしまう。満島さん、ずっとスタジオで立って歌ってたんですけど、唯一このテイクは、椅子の上で胡座をかいて歌ってました。


谷中:へぇー。じゃあ、カラオケで「ラビリンス」を歌う人は、みんな胡座をかいて歌わないと(笑)。


ーーそこはさすが大沢さん、これまで数々の女性シンガーの方と仕事をしてきただけあって、素晴らしいディレクションですね。


大沢:いや、僕はディレクションみたいなことはほとんどしないタイプなんですよ。昔、一部で「歌手泣かせ」みたいなことを言われたりもしましたけど(笑)、僕が歌手の方を追い込んで何かをやってもらったことなんて一度もなくて。もし問題があったとしたら、それは曲自体が難しいことで。


ーー(笑)。


大沢:僕は歌手じゃないし、自分で歌わないから、そういう人が書くメロディって、往々にして難しいものになったりするんですよ。それで、歌手の方が自分で自分を追い込んじゃうみたいなことはありましたけど。でも、「ラビリンス」に関してはそういうこともなく。すごく自然にやってもらって、現場で満島さんがちょっとリズムの取り方を間違ってしまった部分も、そのまま採用していますし。今回のアルバムでは、自分の最初のイメージを忠実に再現するっていうんじゃなくて、そういうフレキシブルな作り方ができるようになったっていうのが、もしかしたら過去の自分の作品との一番の違いかもしれない。


ーーこれまで長いキャリアを歩んできたからこそ、たどりつけた境地?


大沢:あまり自分で認めたくはないですけど(笑)、そうですね。


大沢「音楽でやりたいことが、まだまだたくさんある」


ーー谷中さんも、作品を作る上での自分の変化みたいなものを感じたりすることはありますか?


谷中:でも、そういうのって、自分ではわからないんですよね。その時その時、最良のものを目指してやっているだけだから。僕の場合、9人でやってるっていうこともありますけど。まぁ、人としてはちょっと優しくなったかな(笑)。


ーーもともと優しいイメージしかないですけど(笑)、そうなんですか?


谷中:昔はどんな人とでもゼロから向き合ってきて、とことん話し合ったりしてきましたけれど、最近は、自分と合わない人に自分の残り少ない時間をつかうのは、もういいかなって(笑)。だから、気の合う人と一緒にいることが多くなりましたね。


ーーでも、ライブでは相変わらず若いバンドと対バンしてますし、フェスの中で最年長みたいなケースも増えてきてますよね?


谷中:そういう場所では、自分のことをあまり先輩だとは思ってないんで。周りのミュージシャンにも、年上の友だちくらいに思っていてもらいたい(笑)。


ーー大沢さんはMONDO GROSSOとして14年ぶりにアルバムをリリースするにあたって、以前の活動のことを知らない世代の若いリスナーのことを考えたりしましたか?


大沢:いや、まったく想定してなかったですね。僕も本当は谷中さんみたいにサービス精神旺盛な人間なんで(笑)、そういうことを考え出すと本当にきりがなくなっちゃうんですよ。誰かが喜ぶためにって何かを始めると、いろいろ考えすぎて延々作業が終わらなくなる。だから、そういうことをなるべく何も考えないようにして作ったのが今回のアルバムです。


谷中:きっとそれでこういういい作品が作れるっていうことは、判断がいつも的確なんだね。


大沢:いやいや(笑)。でも、谷中さんも言ってたように、合わない人に無理して合わせるための時間とか、もう自分にもないですからね。音楽でやりたいことが、まだまだたくさんあるし。


ーーMONDO GROSSOとして、フジロックへの出演が発表されていますよね。


谷中:見たいなー、それ。


ーーライブの予定は、その後には?


大沢:まだなんとも(笑)。フジが終わらないことには、今、MONDO GROSSOとしてライブというかたちで何ができるかわからないんで。


ーーえー、それはもったいない! 大沢さん、音源の制作もそうですけど、すべてにおいてちょっと完璧主義すぎるんじゃないんですか。理想のライブのかたちを考えると、そのために費やさなくてはいけない労力を先に想像してしまう、みたいな?


大沢:まぁ、そうかもしれませんね。ライブは本当に大変ですからね。できるだけリスクは回避したい(笑)。その点、スカパラは本当にすごいですよ。


谷中:(笑)。


大沢:僕の中では、ライブって、1999年のbirdのライブの制作で終わっているんですよ。あの時に「もうこれ以上、自分の人生の中でライブはいらないかな」って一度思ってしまったので。まぁ、でも、やると決めたからにはフジは頑張りますよ(笑)。(宇野維正)