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『怪盗グルーのミニオン大脱走』から探る、イルミネーション大躍進の理由

2017年07月20日 14:42  リアルサウンド

リアルサウンド

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 普段はミニオン語しか喋れないミニオンたちが、調子っぱずれに「イ!ルミ!ネー!ション!」と声をあげる冒頭のオープニングタイトルから、いつだってイルミネーション・エンターテインメント(以下、イルミネーション)の作品のすべり出しには最高にワクワクさせられるが、今回の『怪盗グルーのミニオン大脱走』は冒頭からちょっと毒が入っていて、いつも以上に身を乗り出さずにはいられなかった。今作のヴィランとなるバルタザールが、マイケル・ジャクソンの「BAD」にのってダンスをしながら最初の作戦を海上で開始すると、それを阻止すべく出動するグルー、ルーシー、そしてミニオンたち。潜水艇を爆走させて現場に向かうミニオンたちは、どこからどう見てもファインディング・◯モなサカナたちを蹴散らすと、あの笑い声で高らかな歓声をあげる。「お? ピクサーに対するイルミネーションの勝利宣言か?」。そう受け止める人もきっと多いはず。


参考:なぜファレルは『ミニオンズ』に参加しなかったのか? 同作プロデューサーにインタビュー


 事実を二つ押さえておこう。まず、イルミネーションを率いるニューヨーク生まれのイタリア系アメリカ人、クリス・メレダンドリにとって、ピクサーは最も敬愛してきたアニメーション・スタジオであること。今から15年前の2002年、彼がまだ20世紀フォックスに在籍していた時期にアニメ部門を立ち上げ、そこで『アイス・エイジ』を製作した際、同業者たちが「もうハリウッドでは新しいアニメーション・スタジオが成功する余地はないよ」と彼に冷たく接する中で、その新たな挑戦に温かいエールを送ってくれたのが唯一ピクサーだったという。今でもインタビューでそのエピソードを語る彼にとって、ピクサーはジョークが通じ合う良きライバルなのだろう。


 もう一つ、よりリアルな話。ピクサーにとって超鉄板コンテンツであるニモ・シリーズの続編『ファインディング・ドリー』こそ、昨年ほぼ同時期に公開されたイルミネーションの新作『ペット』を世界興収において僅差で上回ったが、近年のイルミネーションとピクサーの作品の世界興収を比較すると、ほとんどの作品でイルミネーション作品がピクサー作品を圧倒していることがわかる。イルミネーションがディズニー/ピクサー、ドリームワークスに続く「アニメーション界の第三勢力」などと言われたのも一昔前の話。今やイルミネーションは、ディズニー/ピクサーにもまったく引けをとらない、アニメーション界におけるトップ・ブランドの地位に上り詰めた。


 イルミネーションがここまで大躍進した理由として、今回の『怪盗グルーのミニオン大脱走』においても顕著だが、よりユニバーサルな志向と映像言語を駆使していることが挙げられる。メレダンドリが最初にアニメ界に進出した際、ピクサー以外のスタジオが冷淡だった背景には、(日本のアニメーション界も同じ問題を抱えているが)新しいスタジオが生まれることで国内の優秀なアニメーターの奪い合いが起こるのではないかというアメリカのアニメーション界全体の危惧があった。そこで、2007年にメレダンドリがイルミネーションを立ち上げ、最初の作品として『怪盗グルーの月泥棒』を製作した際に目を向けたのは、フランスの名門アニメーション・スタジオ、マック・ガフとの提携だった。以来、イルミネーションの作品は、ヨーロッパ中から優秀なアニメーターが集まるパリのスタジオで製作されている。これまでのアメリカ産のアニメーションにはない繊細でオシャレな色彩感覚、歴史あるヨーロッパの街並みを彷彿とさせる背景(今回の『怪盗グルーのミニオン大脱走』も、架空のヨーロッパの国が主要舞台となっている)。もちろんイルミネーション作品は「アメリカ映画」であるが、多くの観客は知らないうちに、イルミネーション作品からそうしたヨーロッパ文化の美しさや豊かさを吸収してきた。


 イルミネーション作品がアメリカ映画でありながらその軸足をヨーロッパに置いていること、つまり無国籍的作品であることは、そのストーリーやテーマ性にも影響を及ぼしているに違いない。以前、『ミニオンズ』が公開される際にメレダンドリにインタビューした際、彼はこんなことを言っていた。


「ディズニーやピクサーがストーリーを最も大切にしているとしたら、僕が最も大切にしているのはキャラクターなんだ。大切なのはあくまでもコメディであること。コメディでありながら、登場人物たちの感情に観客がアクセスできるようにいつも心がけている。観客がアニメーションに共感をするのは、大きなストーリーよりも、実はちょっとした瞬間のキャラクターの細かい表情の変化だったりするんだよ。そういう細かい変化に気づいた時に『自分はこのキャラクターの気持ちをよく知っている』と思うんだ。そういう意味では、観客だけでなく、まずアニメーターたちを夢中にさせるような魅力のあるキャラクターであることがとても重要になってくる。実際に『ミニオンズ』を作っているアニメーターたちは、他の誰よりもミニオンたちの大ファンなんだ」


 女性の社会的地位、人種間の緊張、移民問題、オバマ政権からトランプ政権へ。もちろん、現在のアメリカが抱えているそれぞれのイシューは、日本も含む世界中に大きな影響を及ぼす重要なものだ。しかし、現在のアメリカ映画は実写作品のみならず、アニメーション作品においても、あまりにも社会的に「意識の高い」作品に偏重しすぎているという見方もできるだろう。特に各映画賞の賞レースなどに関わってくる作品になると、ほとんどがそういう作品に埋め尽くされることになる。しかし、そうした風潮にあって、この『怪盗グルー』シリーズは驚くほど自由気ままである。


 『怪盗グルーのミニオン大脱走』はオープニング・タイトルにおけるミニオンたちの「オナラ」ネタに始まり、最終的に敵との勝敗を決めるのも80年代ポップスにのった謎のダンス対決。途中、ミニオンたちは異国の刑務所に収監されるのだが、そこで彼らは思い思いのギャング風のタトゥーをあの黄色い身体(顔でもあるが……)に入れてみせる。ちなみに、海外での宣伝のビジュアル展開ではストーリーの本筋とはまったく関係のないそのタトゥーが大フィーチャーされていて、先日訪れたロサンゼルスの街角では、いたるところに自身のタトゥーを見せつけてこちらを睨んで凄みをきかるミニオンたち(ただカワイイだけなんだけど)のポスターが連続して貼られていた。


 現在のアメリカ社会においては「意識低い系」ともとられかねない、そんな『怪盗グルー』シリーズではあるが、実はそういう政治や社会や日常生活のことを映画館にいる時間だけはすべて忘れさせてくれるバカバカしさこそが、多くの人(子供も大人も)がアニメーション作品に一番求めているものなのではないだろうか? 「ストーリーよりもキャラクター」。現在のイルミネーション作品の世界的躍進の大きな理由の一つは、無国籍的作品ならではの「社会に対して無頓着であること」への強い意思があるように思うのだ。(宇野維正)