残り4分。Q1セッション開始直前に降り出した雨は上がった。この時点でインターミディエイトを履いて20番手に沈んでいたフェルナンド・アロンソは、ペナルティで最後尾スタートが確定しているからこそのギャンブルに出ようとしていた。
アロンソ(以下、ALO)「ピットインしてドライタイヤで1アタックできる最後のラップを教えてくれ。いつピットインする必要があるか教えてくれ」
マクラーレン(以下、MCL)「次の周だがギリギリだ。もの凄く速く走る必要がある。10秒しか余裕はない」
しかし、ほとんどのドライバーはドライタイヤでの走行はまだ不可能だと見ていた。同時刻、フェラーリのセバスチャン・ベッテルはこんなやりとりをしていた。
フェラーリ(以下、FER)「セバスチャン、これ以上の雨の予報はないよ」
セバスチャン・ベッテル(以下、VET)「でも路面はドライタイヤにはダンプ過ぎる。特にターン7~8~9だ」
だがシルバーストンは風が強く、雨がやめば路面は急激に乾く。ピットで待機していたストフェル・バンドーンも、そのことは予期していた。
バンドーン(以下、VAN)「どうすれば良いのか、トリッキーだよ。いくつかの箇所はドライタイヤにはウエットすぎるけど、インターミディエイトにはドライすぎるところもあるんだ。でも雨がやんでクルマが走り始めたらあっという間に乾いていくと思う」
ドライタイヤでアタックをするなら最後のチャンスになるそのラップで、アロンソはギャンブルを決意した。レースエンジニアのマーク・テンプルも二つ返事でこれに応えた。
ALO「もうドライでいけると思う」
MCL「OK、やってみよう! この周ピットインだ」
残り2分15秒でピットイン。長いピットレーンを走行して、スーパーソフトに換えてピットアウトしていく。残りは1分40秒。この時点での最速タイムはマックス・フェルスタッペンの1分38秒912。中団勢は1分42~43秒台だった。これではコントロールラインに間に合わないのではないか。チーム内は緊張感に包まれながらも、そんな雰囲気に傾きつつあった。
MCL「チェッカードフラッグまでものすごくタイトだ。(タイヤ交換したら)すぐにそのままピットアウトしてくれ。アウトラップもかなり速く走る必要がある」
アロンソは懸命に先を急いだ。ルフィールドの立ち上がりではリヤをホイールスピンさせ、コプスでは充分にブレーキングをして慎重にアプローチしたがそれでもフロントが入っていかず大きくスロットルを戻してなんとか立て直した。そうやってベッテルが報告していたように最も濡れたセクションの路面コンディションとマシンの限界を探りながら、最後のアタックに向けた情報収集を怠らなかった。
MCL「ペースを維持していけ。かなりギリギリだ……」
残り10秒で最後のシケインにアプローチ。最終コーナーを立ち上がって、コントロールラインを通過するのとシグナルが赤に変わるのはほぼ同時に見えた。
ピットガレージでは一瞬、間に合わなかったかという落胆の空気になった。実はサーキット内のモニターに表示される国際映像はデジタル処理のために実際よりも1秒ほどのタイムラグがあり、遅れのないタイミングモニターのカウントダウン表示がゼロになるよりも後にコントロールラインを越えたように見えたからだ。
しかし実際には、アロンソはセッションが終わる寸前にコントロールラインを通過していた。コントロールライン通過順にタイムが表示されるタイミングモニターのページ2には、確かにアロンソがチェッカードフラッグの掲示よりも先に通過していたことが表示されていた。
ALO「間に合ったと思う。だけど実際どうだったか教えてくれ。0.5秒くらい早かったと思う」
MCL「あぁ、大丈夫だフェルナンド。アタックし続けろ」
難しいコンディションでマシンをコントロールしながらも、アロンソは無線でチームに確認を取り、テンプルは間に合っていたことを伝えた。
そして今度はルフィールドもコプスも完璧な走りでタイムアタックをまとめ上げ、フェルスタッペンのインターミディエイトのタイムを1.314秒上回って“Q1のポールポジション”を獲得してみせた。
MCL「ナイスジョブ、フェルナンド。P1だ!」
ALO「みんなよくやった!」
MCL「今までで一番タイトな予選だったよ……マシンバランスはどうだった?」
ALO「無理だと思っただろ!?(笑)」
MCL「ちょっとナーバスだったかもね(笑)」
ALO「バランスは悪くなかった。でもこういうコンディションだしアウトラップでプッシュしていたから、はっきりしたことまでは分からないよ」
グランドスタンドを埋め尽くしたイギリスの熱心なファンたちは拍手と大歓声でアロンソの走りを讃え、アロンソも手を振ってそれに応えてみせた。
しかしアロンソはクールだった。
「それ自体に大きな意味はないよ。路面がまだダンプだったけど決勝で同じようなコンディションになった時のためにダンプ路面でのドライタイヤのフィーリングを確認しておきたかったんだ。観客席の人たちが立ち上がって拍手をしたり歓声を送ってくれていてファンの人たちに喜んでもらえたのは良かったし、彼らもマクラーレンが久々にトップに立つというのが見られて喜んでもらえたと思うけどね」
Q1とはいえ、1位になれて嬉しくはなかったのか? これで喜ぶようなアロンソではない。だからこそ今もなお再び頂点に立つことを目指して戦っていられるのだ。
「僕はF1で17年もやってきて、そのうち14年はトップに近い位置にいたんだ。別に新しいことじゃないし、慣れっこだ。むしろ今のようなQ1突破を争うような位置にいる方が慣れていないよ(苦笑)」