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ものんくる、CRCK/LCKSらの新作と『TOKYO LAB 2017』に見る、日本の若手ジャズ奏者の充実

2017年07月18日 19:33  リアルサウンド

リアルサウンド

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 ロバート・グラスパー以降のジャズの新潮流を追ったムック『Jazz The New Chapter』(以下JTNC)でも紹介されているように、昨今、海外で日本人ジャズ・ミュージシャンの活躍が目立つ。BIGYUKIや挾間美帆や小川慶太などの作品は国内外で広く聴かれているし、黒田卓也がMISIAやceroと共演したのも記憶に新しいところ。では、ここ日本にはどんな若手がいるのか? 昨年10月に本サイトでエクスペリメンタル・ソウルバンド、WONKのデビューアルバムについて、JTNCへの日本からの回答という文脈で触れたが、ではそれ以外にはどんな才能が存在するのか? その疑問に応えるようなイベント『TOKYO LAB 2017』が6月21日、渋谷クラブクアトロで行われた。まずはその模様をレポートしたい。


いま、アメリカとジャズの歴史をどう考える?


 二部構成のこの日、第一部には、守家巧(Ba)、類家心平(Tp)、井上銘(Gt)、石若駿(Dr)という4人のリーダー・バンドがそれぞれ登場。第二部ではこの4人に加えYasei Collectiveの松下マサナオ(Dr)やWONKの江崎文武(Key)、後関好宏(Ts)、ものんくるの角田隆太(Ba)らが加わったT.O.C BANDがステージにあがり、冨田ラボの冨田恵一のペンによる曲を演奏した。ここではこの4人に焦点を当てながら、日本のジャズ・ミュージシャンのポテンシャルの高さを伝えられたらと思う。


 まず守家巧率いるTakumi Moriya Les Six。守家は元々関西のオーセンティック・スカ・バンド、デタミネーションズのベーシストで、レゲエやラテンのボキャブラリーも使いこなす技巧派。この日のDJも務めた大塚広子がプロデュースするユニット、RM jazz legacyのリーダーとしての顔も持つ。ソロアルバムではボブ・マーリーの曲をカバーしていた彼だが、レゲエを愛好するだけあって地鳴りのような重低音を響かせるベースが印象的だった。また、坪口昌恭のエレピのとろけそうにメロウな響きがアンサンブルを引き締めており、ベテランならではの貫禄と実力を見せつけられた格好だ。


 続いて類家心平率いるRS5pb。はじめて菊地成孔ダブ・セクステットで類家の演奏を聴いた時は度肝を抜かれたものだが、昨年リリースされたソロアルバムではコンポーザーとしても非凡なところを披露。スタジオミュージシャンとしてもポップスのフィールドで活躍するなど、類家の存在感はジャズ界の枠内にとどまらない。この日の演奏はかなりロック寄りで、マイルス・デイヴィスの『ダーク・メイガス』あたりを彷彿とさせる、混沌としたサウンドが特徴的だった。アンブローズ・アキンムシーレやクリスチャン・スコットなどが好きな人にも、彼の演奏は魅力的に響くだろう。


 3番手は井上銘率いるMAY INOUE STEREO CHAMP。井上は高校時代から数々のセッションに参加してきたギタリストで、奨学金を得てバークリー音楽大学に留学するなど、早熟ぶりを見せつけてきた天才肌。実際に共演歴のあるカート・ローゼンウィンケルにもひけをとらない独創的なプレイが魅力だ。この日のライブはドラムの福森康が都合により不在で、代わって石若駿がドラムを叩いていたが、やはり石若の自在にスウィングするグルーヴは唯一無二。個人的には渡辺ショータの弾くピアノがアンサンブルを立体的に見せていたのが記憶に残っている。


 第一部のラストは石若駿率いるCleanup Trio。ギターは井上銘である。天才ドラマーとして多忙を極める石若だが、彼は歌への指向も強く、ボーカリストを迎えて自作曲を披露した『SONGBOOK』というアルバムもリリースしている。その意味では、ケンドリック・スコットがそうであるように、自らボーカルも取るブライアン・ブレイド以降のドラマーと言ってもいいだろう。この日目立ったのは、そうしたソングライターならではの構成力の妙。オーストラリアのトランペッターのニラン・ダシカの鋭いプレイもさすがだったが、全体のストーリーの作り方の巧みさに舌を巻いた。


 第二部は冨田恵一がこの日のために書き下ろした曲をオールスターが揃ったT.O.C BANDが演奏するという趣向。ステージには石若駿と松下マサナオのツイン・ドラム、WONKの江崎文武と冨田のツイン・キーボード、4管が並び、インストゥルメンタルを奏でる。冨田ラボでは歌ものに特化している冨田恵一がジャズ・フィールドのミュージシャンに曲を書くのはこれが初めてで、実に新鮮な試みだった。音楽的には譜面に書かれた部分もあるのだろうが、各自がソロを披露するスペースもかなり用意されており、松下マサナオのプレイがとりわけ光っていた。ドナルド・フェイゲンを溺愛する冨田らしい風通しの良さもプラスに作用していたと思う。


 さて、この日登場したミュージシャンの新譜が、6月と7月に立て続けにリリースされた。ここではそれらをざっと振り返り、TOKYO LAB2017に来られなかった読者にもレコメンドしてみたい。


 まず、MAY INOUE『STEREO CHAMP』。類家心平(Tp)、渡辺ショータ(Key)、山本連(Ba)、福森康(Dr)という、井上銘が絶対的な信頼を寄せる実力派たちを集め録音されたアルバムで、演奏の充実ぶりもさることながら、音響的にもかなり実験的なことをやっている印象。ロックフェスでも闘えるバンドにしたい、という井上の言葉の通り、闘志むきだしでガッツあふれる演奏はTOKYO LAB2017でも目立っていた。


 続いてその井上銘と石若駿が在籍するCRCK/LCKSの6曲入りEP『Lighter』。今回紹介したバンドの中ではもっともロック/ポップス色が強いバンドで、ボーカルは小田朋美。小田はDC/PRGのメンバーであり、ceroのサポートとしても活躍する才媛。5月にリリースされた2ndソロアルバムも傑作だった。本作は小田の表情豊かなボーカルに拮抗するように、演奏もヒートアップ。レコーディングは一発録音だったそうだが、それゆえの勢いと衝動に満ちあふれている。


 同じく井上銘と石若駿、そして黒田卓也も参加したのがものんくるの『世界はここにしかないって上手に言って』。ものんくるは菊地成孔のプロデュースで菊地のレーベル、<TABOO>からアルバムをリリースしているユニット。メンバーはボーカルの吉田沙良と先述のT.O.C BANDにも参加した角田隆太で、洗練されたうたものを聴かせる。JTNC的に言うなら、グレッチェン・パーラトやベッカ・スティーヴンスへの日本からのアンサーといった趣もあるが、吉田のボーカルは彼女らより躍動的でダイナミック。新作はボーカルの説得力がさらに増している感じだ。


 最後にT.O.C BANDで存在感を発揮していた松下マサナオが在籍するYasei Collective『Fine Products』。ジャズ、エレクトロ、ロック、ヒップホップなどを混交したエクレクティックなサウンドは、マーク・ジュリアナとブラッド・メルドーのユニット、メリアナにも通じる。実際、マーク・ジュリアナとは共演歴もあり、両者が国境を超えてシンクロしていることを実感させる。アルバムの聴きどころはやはり松下の変幻自在のプレイだろう。


 ちなみに、この原稿を書いている7月11日、エスペランサ・スポルディングやceroやクリスチャン・スコットとも共演するシンガー/トロンボーン奏者、コーリー・キングのライブをコットンクラブで見ることができた。このライブには、以前からコーリーと交流の深い黒田卓也と石若駿が参加。こんな風に連日、優れた日本人ジャズマンのライブを観られるのが当たり前になった状況を喜ばしく思う。日本のジャズの未来は明るい。そう断言して本稿を締めくくろうと思う。(土佐有明)