崖っぷちに立たされた松下信治にとって、FIA F2第6ラウンドのイギリスはさらなる試練の場所となった。ARTは伝統的にこのシルバーストンを苦手としており苦戦は覚悟していたとはいえ、予想以上に苦しい週末となってしまった。
「高速コーナーではオーバーステアで全然踏んでいけないし、低速コーナーではアンダーステアでした。だからどこも全然攻められない」
「僕が走ってきた過去3年間、ずっとそうです。ARTはいつもフロントサスペンションを硬くして走るんですけど、高速で路面がバンピーなのが大きく影響しているみたいです」
ワンメイクカテゴリーとはいえ、常にプレマやダムスといった一部のチームだけが上位を形成していることからもわかるように、マシンセッティングの善し悪しでパフォーマンスが大きく左右されるのがFIA F2だ。その点、予選8位がARTのクルマの限界点だった。
「かなり頑張って(ステアリングを何度も左右に切る仕草で)こんなになりながら走ったんですけど、それでもあの位置。あれが限界です。普通なら『もうちょっといけたのに』というのがあるんですけど、これ以上どこかでインプルーブできるっていう感覚がまったくなかった。1周よく走れたなという感じでしたから」
8番グリッドから臨んだレース1は、ほぼすべてのマシンがオプションタイヤ(ソフト)でスタートするのを見て、松下はプライムタイヤ(ハード)での挽回に賭けた。
まずは好発進で5位に上がり、4周目にはオプションタイヤがタレてきたアルテム・マルケロフを抜いて4位に上がった。6~7周目にオプションタイヤ勢がピットに飛び込むと、松下はトップに立って首位を快走するかに見えた。
「スタートは上手くいって(オプション勢がピットインしてからは首位を)単独で走れていたので、この後のペースさえ良ければ表彰台はいけるかなと思ったんですけど、その肝心のペースが1秒以上遅かったんです。僕はかなりプッシュしていたんですけど……」
当然ながら、6~7周新しいハードタイヤの方が0.7秒ほど速い。しかしART勢のペースはハードに履き替えた上位勢と比べて1.5秒も遅かった。その結果、ピットストップによって開いた20秒以上のリードはあっという間に縮まっていった。
「僕らは1.5秒くらい遅かったんですけど、その残り0.7秒の差というのはクルマの差です。デグラデーションは酷くないのに、あれで全力なんです」
21周目まで引っ張ってピットインすると、松下はショーン・ゲラエルの後方10位まで下がってしまった。ここで新品ソフトの威力でファステストラップを記録し2ポイントを稼ぎはしたが、ソフトはあっという間にデグラデーションが進んで松下は10位でフィニッシュするのがやっとだった。
レース後、松下は夜9時まで居残ってエンジニアとともにコンピュータの画面と向き合いデータ分析を行なった。それによってマシン挙動の改善は見られたものの、遅きに失した感は否めなかった。
またしてもゲラエルの後ろで押さえ込まれ、抜くことができないまま8位でレースを終えた。
「僕の方が全然速かったんですけど、それでも抜けなかった。マゴッツ~ベケッツ~チャペルの最後で僕のクルマはすごくバタついて、そこで離されちゃうんです。だから(ハンガーストレートで)抜けない」
「そこから(コーナーで)追い付いていくんだけど(ハンガーストレート入口で)また離されてもうちょっとっていうのが続いていました。相手のミスを待つしかなかったけど、彼もミスをしなかった」
バクー以来、3ラウンド連続で低迷が続いている。昨年GP3でタイトルを争う速さを見せたチームメイトのアレックス・アルボンも含めてチーム全体が低迷している。
シルバーストンを苦手としているというだけでなく、マシンを仕上げる能力という意味でのチーム力がライバルたちに追い越されつつあるのが今のARTだ。
「このままじゃ予選は良いところに行けてもレースで勝てないですから……今年はF1のタイヤが変わってラバーの乗り方も変わっているんで、今まで通りやっていたらダメだっていうことは分ってきています」
「シーズン前半戦の後半は、周りが良くなってきているのか、僕らの相対的な位置はかなり下がってきていますから、次に向けて、エンジニアと一緒になんとかしないといけません」
シルバーストンで厳しいレースを強いられたことで、松下は選手権ランキング7位まで後退してしまった。上位勢との差は少しずつ、しかし着実に広がっていってしまっている。
崖っぷちに立たされたところから、その崖を滑り落ちる寸前のところまで来てしまった。ここから這い上がることができるかどうかは、松下自身の力だけでなく、チームとともに力を取り戻すことができるかどうかにかかってくる。
それでも最後まで諦めることなく戦うと松下は言い切った。
「全然諦めてないし、最後まで諦めません。ルクレールに追い付くのはちょっと無理だろうし、2位のローランドも厳しいでしょうけど、なんとか(スーパーライセンス獲得の条件である3位以内の)最後の席には絶対いかないといけない」
「3位争いの相手、ラティフィとかマルケロフとかはそんなに手強い相手ではないし、クルマがきちんと決まりさえすれば前に行けますからね。望みを捨てずに頑張ります」
「危機感はありますけど、そんなにネガティブな雰囲気ではないです。チームも何とかしようとしているし、してくれると思っています」
FIA F2のシーズンは折り返し地点を過ぎ、夏休み前の次戦ハンガリーで後半戦に突入する。ここで挽回できるか否かが後半戦と選手権争いを占う。松下にとっては正念場どころか最後のチャンスだと言っても過言ではない戦いを迎えることになる。