就職活動では、多くの企業で具体的な仕事の能力よりも「コミュニケーション能力」が重視される。経団連が2016年に実施した「新卒採用に関するアンケート調査」でも、「選考にあたって特に重視した点」として最も多くの企業が選択したのは「コミュニケーション能力」だった。「コミュ力」が1位になるのはこれで13年連続だ。
しかしこの「コミュ力」とは一体何なのか。なぜこのような曖昧な能力が求められるのか。何かと物議を醸す「コミュ力」について改めて考えたい。(取材・文:オリュンポス魔威孤)
「言葉のキャッチボールをする力」「短い時間で相手の懐に入る力」
まずは一般的に「コミュ力」がどういう意味で使われているのか把握するべく、メガバンクの基幹職の内定を獲得した大学院生の男性に話を聞いた。男性は「きちんと言葉のキャッチボールをする力」こそが「コミュ力」だと語った。
「言葉のキャッチボールがちゃんとしていない人は結構います。用意してきた自分のアピールポイントを無理やりねじ込んでしまい、質問と少し外れた回答になってしまう人が多いんですよね」
つまり、相手が求めているものを察しながら、こちらの訴えたい内容を届けることができるか、ということだろうか。
都内の私立大学の就職支援課の担当者は、「面接の限られた時間で自分の良さを伝える力」だと説明する。
「面接の時間は短いと10分、長くても1時間程度なので、限られた時間で自分の良さを伝えたり、相手の懐に入る力が必要になってきます。元気よく、明るく、ハキハキと話すといった第一印象も重要です」
たしかに、面接の短い時間で自分をPRするのは難しく、そういう意味では「コミュ力」は必要不可欠なのだろう。しかし、いずれの答えも実務経験や特定の資格とは異なり、客観的に判断するのが難しい。「キャッチボール」が成立するかどうか、「相手の懐に入れる」かどうかは面接官との相性にもよるため、学生個人の能力だと言い切ることもできない。
そのため、合否の基準も不明確にならざるを得ない。就活に望む学生が「コミュ力が大事」と言われながらも、困ってしまうのはこういうところにあるのだろう。
「発想力、論理的思考能力、概念化能力……。多様な能力が含まれている」
人事コンサルタントの曽和利光さんは、「『コミュニケーション能力』と一言で言っても、そこには多様な能力が含まれている」と指摘する。
「例えば、『しっかり筋道を立てて話ができる』というのは論理的思考能力のことですね。また『話の引き出しが多く、展開が面白い』というのは発想力や知識量の問題になります。『空気が読める、行間が読める』というのは感受性や概念化能力のことです。これらは異なる能力ですが、全て『コミュニケーション能力』の意味で使われます」
様々な能力が含まれる上、いずれも定量化したり、明確に判断することが難しい。なぜこのような漠然とした能力が求められるのだろう。その背景には、日本に特有の「メンバーシップ型採用」がある。
「欧米では業務の内容を明確にして、それを遂行する人を雇う『ジョブ型採用』が主流ですが、日本では『メンバーシップ採用』を行っているため、一度雇用されると仕事内容が柔軟に変わります」
「メンバーシップ採用」は個々の社員の仕事の内容や責任の範囲を明確に定めないため、長時間労働の温床になっている。こうした雇用慣行が、曖昧模糊とした「コミュニケーション能力」なる概念を生んでいるのだろう。