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次世代ロック研究開発室・石川大氏が語る、“尖った才能”との出会い方「大切なのは気づく力と描く力」

2017年07月14日 16:32  リアルサウンド

リアルサウンド

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 昨年、ソニー・ミュージックエンタテインメント内に発足した〈次世代ロック研究開発室〉。6月14日には、初のレーベルイベント『第一回研究発表会』が新宿LOFTで開催され、Creepy Nuts、CHAI、Survive Said The Prophet、w.o.d.、The Songbards、ムノーノ=モーゼス、ムツムロアキラ(ハンブレッダーズ)が出演した。今回リアルサウンドでは、同レーベル&マネジメントの発起人であり、次世代ロック研究開発室プロデューサーの石川大氏にインタビュー。現在の音楽シーンの中で新たに同部署を立ち上げた経緯から、次のシーンの担い手になるであろう所属アーティストについて、また、音楽を生み出していくスタッフやレーベル、アーティストの在り方、これからの音楽シーンへの期待についてじっくりと話を訊いた。(編集部)


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■ ミュージックマンにとって楽しいと確信できる場所を次ロッ研で作りたい


ーーまずは次世代ロック研究開発室(以下、次ロッ研)の成り立ちから聞かせてください。


石川大(以下、石川):2015年当時、担当していたバンドのツアー中に、レーベル代表と二人で打ち上げに行く機会があったんです。そこで、「なんか悩んでるじゃん」と言われまして。自分ではそんなつもりはなくても、顔が曇っていたらしいんです(笑)。それで「やりたいことがあるなら、企画書を持ってこいよ」と言われ、自分を見つめ直すところから始まりました。
 もともと僕は尖った音楽が好きで、そういう音楽、ミュージシャンを世に送り出したいという気持ちでソニーミュージックに入社したのですが、昨今のメジャーレーベルにおいて、アーティストの力だけで売り上げを立てるのは、非常に難しい時代に突入しているなと思って。ただでさえ、「バンドは形になるまで3年くらいかかる」という認識があるなかで、売り上げが評価のすべてになっていたら、なかなかトライもしづらい。だから、“そういう場所”を作らせてほしい、という企画書を書いたんです。そして2016年4月、まずは「NL準備室」という名前でスタートしました。「NL」というのは、ニューレーベルのことですね。とは言え、僕はレーベルだけをやる気はまったくなかったのですが。


ーーつまり、マネジメント機能も備えることを最初から構想していたと。


石川:そうですね。当時約10年間担当していたバンドについてもレーベル内で事務所の機能を持って自分でマネージャーもやっていましたし、僕がやろうとしていたことはトータルな音楽ビジネスであって、それにはレーベルもマネジメントもすべて含まれるんです。音源ビジネスだけだと立ち行かなくなっているという状況も踏まえて、全部やろうと思っていました。


ーーそして、尖った音楽を世に送り出すためには新しい座組みが必要だった。


石川:正しい例えかどうかわかりませんが、製薬会社で新薬を開発している研究員の方は、基本的にそのことだけに時間を注ぎ込んでいると思うんです。僕たちもそういうふうに音楽と向き合わないといけないよな、と。もちろん、いずれはきちんと売り上げを立てなければいけないのですが、まずはミュージシャンたちと、そういうピュアな気持ちで向き合わなければ、いいものは生まれないと思ったんです。


ーーそういう気持ちを注ぐべきアーティストが揃っていると思いますが、例えばCHAIはどういうところに惹かれましたか?


石川:圧倒的な個性ですね。あの子たちにしかできない、替えがきかないものを持っている。「替えがきかない」というのは、僕のなかで不可欠なキーワードです。あるライブに別のバンドを観にいったときに、たまたまCHAIが出ていて、一発でやられました。感性も表現も、それを音楽としてどう体現するかも含めて、ぶっちぎっていたんです。それで、その日のうちに声をかけて。


ーーSurvive Said The Prophetのボーカル、Yoshさんもあまり日本にいないタイプのパフォーマーで、強い個性を持っていますね。


石川:そうですね。人間的な魅力も含めて、「こいつら絶対に“やらかす”な」と思ったというか。僕は以前、U-Project(インディーズでレーベル&マネージメントを手掛ける、ソニー・ミュージックエンタテインメント SDグループ内の部署)に所属していたんですけど、その時に出会ったSiMのMAHに近い印象ですね。これは感覚でしかないんですけど、仕事を始める以前も含めて、友人や先輩、後輩などとも、そういう目線で付き合ってきたと思います。ミュージシャンもあくまで人間として、同じ延長線上に見ているというか。


ーー仕事を始めてからはどうでしょうか。例えば、石川さんはキャリアの初期に、JUDY AND MARYを担当していたそうですね。


石川: JUDY AND MARYの現場には最初、アシスタントとして入ったのですが、それがちょうどラストアルバム『WARP』の制作中でした。いま振り返ると、特にYUKIさん、TAKUYAさんに影響を受けたなと思いますね。とにかく音楽に向き合う姿勢がピュアなんです。
 例えば、YUKIさんがソロになってからの1stアルバム(『PRISMIC』)に「プリズム」という曲があるんですけど、その歌詞が「できた!」って夜中の12時過ぎに電話がかかってきたんです。26、7歳のアシスタントの僕に、泣きながらですよ。振り返れば、一緒に音楽を作っているスタッフは全員、チームというかファミリーのように付き合ってくれていたなと。そんな環境で最初に仕事ができたことは、とても大きな経験になりました。


ーー当時から15年ほどが経ち、CDの売り上げやサブスクリプションサービス、ライブを中心としたマーケットの拡大など、音楽業界全体には変化がありましたが、どのように捉えていますか?


石川:ひとつにはインターネットがこの20年の間に一般に普及して、音楽の伝わり方、聴き方が変わり、リスナーにとっては音楽がより身近なものになったと思います。音楽の楽しみ方も変わっているから、伝え方を変えていかないといけないなとは思いますね。また、これはあくまで個人的な見解ですが、音楽業界の変化に伴って、ある意味で音楽の本質が置いてけぼりになってしまっている感じがします。


ーー石川さんが考える「本質」とは。


石川:時代を変える可能性すらある音楽を作り、パフォーマンスできるミュージシャンをまずは見極めること、そして彼らがいかんなくその力を発揮出来る環境を用意することだと思います。音楽が聴き手にとって大切なものになるように、僕らスタッフも含めたミュージックマンにとって楽しいと確信できる場所を次ロッ研で作りたいと考えています。


ーー次世代ロック研究開発室という名前について、「ロック」という言葉にはいろいろな捉え方があると思いますが、その真意はどのようなところでしょうか。


石川:シンプルに、自作自演ができて、しっかりとライブパフォーマンスができることです。ジャンルとしてのロックではないですね。部署の名付け親は現代表でこれは余談ですが、当時映画の『シン・ゴジラ』が話題になっていて、作中でゴジラに対して作られた対策委員会が“巨大不明生物特設災害対策本部”、通称“巨災対(きょさいたい)”だったんですよ。それになぞらえて“次世代ロック研究開発室”、略して“次ロッ研(じろっけん)”(笑)。


ーー『シン・ゴジラ』がひとつのインスピレーションのもとになっていたのですね(笑)。次世代ミュージシャンを発掘、応援する番組『次世代ロック研究所』(テレビ神奈川/毎週土曜日22:30~23:00)が6月からスタートし、主催イベントの第1回目も開催されましたが、2017年はどんな展開を描いていますか?


石川:今年は、各アーティストがそれぞれ自分の立ち位置をより明確にしていく1年だと思っています。次ロッ研は、いろいろなアーティストが自分のレーベルを持って動いていく、その集合体の総称として考えていて。例えばCHAIは〈OTEMOYAN record〉というレーベルを立ち上げてすでにスタートを切っていますし、Creepy Nutsは〈クリーパーズ〉というレーベルを立ち上げ、8月2日にメジャーデビューシングルとして『高校デビュー、大学デビュー、全部失敗したけどメジャーデビュー。』をリリースします。
 レーベルというものの考え方が変わっていかなければいけない時代だと思うんです。時代とともにメジャーレーベルが百貨店化の傾向にありますが、その一方である部分専門店であるべきだと。もっと言えば、レーベルはアーティストに紐付いていく時代かなと考えています。ポイントはあくまで、アーティストが作った音楽がよりよく伝わる形になっているかどうか。Creepy Nuts、CHAI、Survive Said The Prophetの3組を見ていただければ、次ロッ研に音楽ジャンルのこだわりはないということは明解だと思いますが、才能ある人たちが、その才能をきちんと発揮できる場になっていれば、組織の形はそれに伴ってあればいい。あくまでも主役はミュージシャンで、そのなかで名物スタッフも生まれれば面白いですね。


ーーアーティストがそれぞれの立ち位置を明確にしていく、ということですが、例えばCHAIの場合は、どんな存在になってほしいと考えていますか。


石川:日本の音楽シーンにはいつも女の子のミュージシャンのアイコンがいるじゃないですか。YUKIだったり、木村カエラだったり、きゃりーぱみゅぱみゅだったり。水曜日のカンパネラのコムアイもそうですよね。CHAIは次のそれになって欲しいと思っています。


ーー彼女たちは、いい意味でこれまでの女性ミュージシャンのアイコン像をひっくり返しそうな気がします。


石川:そうですね。でも僕らは変な意味でプロデュースみたいなことはまったくしていないんです。彼女たちは全部自分たちでできてしまうんですよね。だから僕たちはうまく寄り添うことが仕事だというか。“引っ張っていく、導く、連れてく”ではなく、“寄り添う”方が、才能がある人との仕事の仕方は合っていると思います。YUKIはまさにそうでしたね。


ーー“寄り添う”とは、具体的にはどのようなことでしょうか。


石川:まずは、人間的な信頼関係を築くことです。僕たちはミュージシャンが作った音楽をよりよく伝わるようにしていく上ではアドバイスをするときもあります。ただ、それをどう選び取るかは委ねる。基本的には、ミュージシャンを信じることですね。ただ決して他人任せ、という意味ではありません。


■ 音楽の未来を作るのは、絶対にこれからの人たち


ーー6月14日、新宿LOFTで開催された初のレーベルイベント『第一回研究発表会』は、w.o.d.やSurvive Said The Prophet、CHAI、Creepy Nutsなど、尖ったアーティストが揃い、どのアーティストも高いパフォーマンス力を見せていました。音楽シーンとして音源の価値と同時にライブでの価値も大きくなっていると思いますが、アーティストはどのように力を発揮すべきだと考えますか?


石川:どちらも大事だと思いますが、ライブに関して言うと、いろいろな表現の仕方があるけれど、“お客さんの気持ちを読みきったもん勝ち”という気がしています。岡崎体育はその点で上手だなと思いますね。お客さんの気持ちまで想像ができていて、音源を作ってライブをやれているかということが大事だと思います。そのためには、己を知っているかどうか。ミュージシャンは人から見られる仕事だから、人から自分がどう見られてるかということを知っているかどうかが重要です。それを知っているミュージシャンは、お客さんを読み切る可能性があると思います。


ーー次ロッ研に集まっているアーティストはどうですか?


石川:さまざまですね。Creepy Nutsは自分たちの見せ方、見え方をめちゃくちゃ考えています。ヒップホップシーンがあまりいい状態ではない時期も知っていて、苦労もしていますから。一方で、CHAIはあまり考えすぎない方がいいと思うので、どれだけ自由演技をさせてあげられるかだと思います。


ーーイベントのBAR STAGEでは、特にThe Songbardsが印象的でした。原石の輝きがあり、楽曲のよさが際立っていましたね。


石川:彼らは神戸を拠点に活動している4人組のバンドなのですが、まずボーカルの上野皓平の声がいい。そして曲を生み出す能力が非常に高いバンドです。彼らの向こう側に夢を見てくれる方が多くて……色々なご意見、アドバイスをいただきますが、元々持っている魅力を磨いて更に替えのきかないバンドになってほしいですね。


ーー実際にイベントに出演したアーティストは7組でしたが、その何十倍という数のアーティストをこれまでに見られてきたと思います。全体として、若手の有望なアーティストは増えてきているという印象ですか。


石川:そうですね。例えば、地方ですごく美味しいトマトを作っている農家が世間的に有名かどうか……みたいな差なだけで、必ずいるんですよ。次ロッ研はそこにスポットを当てる存在でありたいし、次ロッ研で音楽をやりたいなと思うミュージシャンが出てきてくれたら嬉しいですね。


ーー一方で次ロッ研をこれから作っていくスタッフに関しても、そのような思いを持っていますか。


石川:まず自分の可能性の上限を自分で決めないでほしいですね。もったいないですから。そして、「これは!」と思うミュージシャンと出会ったら、自分をそこにアジャストしていくしかない。しっかりミュージシャンとの信頼関係を築いてほしいから、絶対に逃げるなと。大切なのは“気づく力”と“描く力”で、好奇心のある人は、絶対に伸びると思います。


ーー気付く力と描く力の両方を兼ね備えるのは、なかなか難しいことかもしれませんね。


石川:確かにそうかもしれません。ただ、“描く力”について言うなら、こういう曲ができたから、どこそこのラジオ局に音源を持っていって、出版社に持っていって……ということもそうなのですが、僕はその向こう側に、ミュージシャンがどうなっているかを思い描けているかが問題だと思っています。ラジオ局や出版社など、メディアにはそれぞれその道のプロがいるわけで、そこではプロの力を頼ればいい。僕たちに必要な力は、そうしたプロの人たちがリスナーに音楽を届けた先の将来を描けているか、ということだと思います。
 CHAIに関しては、日本人バンドとして初のグラミー賞受賞という将来を描いています。本人たちも獲るって言っていますよ。もちろん、そこにたどり着くまでのイメージはまだ、途切れ途切れではありますが、出会った瞬間に武道館のステージに立っている姿はイメージできました。そこに連れて行くためにはどうしたらいいのか、と逆算もしつつ、本人たちから出てくるものを形にしていく。やはり、“寄り添う”ということですね。


ーー夢がありますね。グラミー受賞に向けて、一気に仕掛けていく方法もあると思いますがーー。


石川:今の時代、例えば地上波の音楽番組に出たり、ドラマのタイアップをとったからと言って売れるわけじゃないですよね。それでは何が大事なのかと言えば、その舞台に上がるための準備ができているかだと思います。実際に地上波の音楽番組に出て、あるいはドラマのタイアップ曲になって、売れるケースもある。その差を分けるのは、それまで何を積み上げてきたかなんです。そこで、一気に仕掛けるときと、そうじゃないときの判別がつく。CHAIは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤(正文)さんやくるりの岸田(繁)さんがTwitterで「いい」と言ってくれたことがきっかけで一気に広がり始めました。そのときは、ある意味でチャンスタイムだから、放っておくのではなく、いろいろと仕掛けました。そうじゃないときに無理やり仕掛けても伝わらない。大事なのは、その緩急ですかね。


ーー確かにその緩急は肝要ですね。それにしてもCHAIは“語りたくなる”というか、デザインやファッションも含めて、従来の流れをいい意味で「切断」するアーティストだという気がしました。


石川:最高の褒め言葉です。そう言えば、各メーカーでCHAIの争奪戦になっているときに、出会った人がたくさんいるんです。音楽好きな方ばかりで、他にもきっと僕が知らないだけで、そういう思いを持って動き出している方もいらっしゃるかもしれない。それは日本の音楽がもう1回盛り上がる起爆剤になっていくと思いますし、スターが生まれる可能性が高まる気がしていて。そのためには、メジャーがちゃんと時間とお金と人を投資していかないといけないと思います。そのときにレーベルも事務所も垣根なく、みんなが「音楽をもう1回盛り上げようぜ」という気持ちになると思うんです。音楽の未来を作るのは、絶対にこれからの人たちだから、そういう人たちが正しく頑張れる場を作っていきたいですね。(取材=神谷弘一/構成=高木智史)