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がんじからめの世に一刺しの復讐を スタントマン魂が刻まれた『ジョン・ウィック:チャプター2』

2017年07月12日 18:22  リアルサウンド

リアルサウンド

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 2014年公開の『ジョン・ウィック』は、キアヌ・リーブスが『マトリックス』シリーズ以来の当たり役をつかんだ作品だ。ロシアンマフィアのボスの息子に飼い犬を殺され愛車を奪われた主人公が、復讐を果たすために、単身でマフィアのアジトに乗り込み、立ちふさがる者全てを華麗な銃さばきと体術で殺傷していき、ついに組織をひとつ壊滅させてしまう。その男ジョン・ウィックの正体は、「鉛筆だけで三人を殺した」など数々の逸話を持つ、最強にして伝説の殺し屋だったのだ。


参考:『ジョン・ウィック:チャプター2』監督が語る、キアヌ・リーブスの“凄さ”とアクションの重要性


 ジョン・ウー監督作のような荒唐無稽さと、スティーヴン・セガール主演作のような容赦ない殺傷術のリアルさとが組み合わされた、「ガン・フー」と呼ばれる新鮮なアクションは話題を呼び、『ジョン・ウィック』は3部作としてシリーズ化されることが決まった。今回は、その2作目となる『ジョン・ウィック:チャプター2』の描写や背景に迫りながら、本シリーズの本質的な魅力を掘り起こしていきたい。


■ローマは殺し屋の聖地だった


 このシリーズ、設定の荒唐無稽さも特徴的である。「コンチネンタル・ホテル」と呼ばれる、凄腕の殺し屋たち御用達の豪華な宿泊施設が存在することと、そのホテルの中では殺しや争いをしてはならないという独自ルールは、「ガン・フー」と並んで、じつにコミック的だ。ちなみに、『ジョン・ウィック』の前日譚は、実際にコミック化されるのだという。さらにコンチネンタル・ホテルを舞台にしたスピンオフドラマが製作されるとも発表され、『ジョン・ウィック』の殺し屋ユニヴァースは急激に広がりを見せつつある。一昔前なら「バカバカしい」と切り捨てられていたかもしれない内容だが、このような設定をリアルに描いた作品が賛辞を持って受け入れられたというのは、近年のアメコミ映画のヒットによるところも大きいように思われる。


 平和で静かな生活を望むジョンは、もちろん本作でも殺し屋家業に舞い戻ってしまうことになる。彼を縛るのはイタリアンマフィアとの古い契約だ。平穏な日々を取り戻すため、ターゲットの滞在するローマに飛ぶジョン。ローマにはコンチネンタル・ホテル本店があるという。そのオーナーを、“ジャンゴ”など、マカロニ・ウェスタンで数多くのガンマンを演じてきたイタリア俳優、フランコ・ネロが演じているというのが嬉しい。


 フランコ・ネロの役名“ジュリアス”をはじめ、“カロン”や“アレス”など、本作の殺し屋たちのネーミングには、ギリシア神話やローマ時代の名が使われている。そのように宗教的、歴史的な世界観が背景にある本作では、カトリックの総本山がローマのヴァティカンにあるように、殺し屋たちの本拠地がローマにあるというのも道理かもしれない。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン』で示していたように、「殺し屋」のルーツがローマ社会の過激な宗教組織にあったという歴史的背景もあるのだ。本作のローマでは、イタリアンレストランでワインを選ぶように、武器のソムリエが吟味した品物をひとつずつ薦めてくれる。また、防弾仕様のイタリアンスーツをオーダーメイドしてくれる仕立て屋もいる。ラグジュアリーなサービスが提供されるヒットマンの聖地なのだ。この妄想が爆発したバカバカしさが楽しい。


■エスカレートする技や武器へのこだわり


 本作のアクションは、FPS(ファーストパーソン・シューター)と呼ばれる、一人称視点で兵士や殺し屋になりきって数多くの敵を撃っていく、TVゲームのジャンルを想起させる。この手のゲームは、ハンドガン、スナイパーライフル、アサルトライフル、ショットガン、ランチャー、軍用ナイフなど、時と場所に応じた、あらゆる武器で大勢の敵を効率よく倒していくのがコツだ。ローマの遺跡で繰り広げられる、武器の特性を利用した本作の効率的な大殺戮アクションは、このようなゲームに遊び慣れた観客にはとっつきやすいものになっている。


 ミッションを完了したジョンは、殺し屋につけ狙われる賞金首となってしまう。そしてニューヨークに潜伏している、おびただしい数の殺し屋たちとの戦いに身を投じていく。監督の妻が演じているヴァイオリン弾き、ホームレス、通りがかりの相撲取りなど、ニューヨークには殺し屋が数万人いるのかと思うくらい、そこかしこから次々に殺し屋が出現し、ジョンの命を狙ってくるのである。まさにニューヨーク・シティーはヒットマン・パラダイスだ。


 このように、ローマやニューヨークで展開される本作のアクションは、前作の倍になった予算を利用して、倒す敵の数を単純に増やしているという意味では、昔ながらのオーソドックスな続編アクション映画のパターンに沿っているといえる。その点では、比較的驚きは少ないかもしれない。だが本作の見どころは、前作よりもアクションをじっくりと楽しませるところにあるだろう。銃や刃物と、カンフーを組み合わせた「ガン・フー」、「ナイ・フー」、さらにカーアクションも組み合わせた「カー・フー」という、もうよく分からないアクションの部分的進化が見られるのだ。ミュージシャンのCOMMON(コモン)が演じる、ジョンと実力が拮抗したライバルとの、ニューヨ-ク市街の雑踏の中での「さりげない」撃ち合いは、さすがに異様過ぎて笑えてくる必見のシーンになっている。


■作品に刻まれるスタントマン魂


 本作の監督チャド・スタエルスキは、『マトリックス』シリーズでキアヌ・リーブスのスタントマンをやっていた人物である。格闘技やスポーツなどの選手だった彼は、その体技を活かしたスタントマンとして映画業界に入り、キャリアを積みながら、後に『ジョン・ウィック』第1作で共同監督を務めることになるスタントマンのデヴィッド・リーチとともに、スタントマンをコーディネイトする会社を始めることになる。ちなみに、デヴィッド・リーチは、第2作となる本作の監督からは手を引いたものの、シャーリーズ・セロン主演のスパイ・アクション映画『アトミック・ブロンド』や、『デッドプール』続編監督として指名されるなど、こちらも活躍している。『ジョン・ウィック』シリーズは、スタントマン出身者による映画なのだ。だからこそ、次々に撃たれたり、車に体当たりされるスタントマンの技術が大きな見せ場になっている。この作品は、そのスタント魂にこそ注目して欲しい。


 しかし、本作でキアヌ・リーブスは、階段落ちなどの極めて危険なシーン以外のほとんどを、自ら演じている。キアヌは今回、超人ジョン・ウィックに近づくため、新たに柔道やブラジリアン柔術、凶器の扱いや運転の練習など、3ヶ月に渡る特訓を重ねたという。彼は千葉真一のアクション映画のファンであったり、自身で中国人の役者を主演にしたカンフー映画、『ファイティング・タイガー』を監督するなど、極度の格闘技マニアなのだ。本作は、そんなキアヌが、約20年の親交がある、格闘家でもあった監督とタッグを組んで、アクションにこだわり、楽しみながら作っていったほほえましい作品でもある。


 法律から外れた人生を選んだはずなのに、法律よりも強固な「ルール」に縛られ、意志に反して仕事をさせられるジョン・ウィック。『仁義なき戦い』の「鉄砲玉」と呼ばれるヒットマンがそうであったように、その命がけの苦労はなかなか報われない。それは、表に見えづらいスタントマンの仕事にも共通する本音であるだろうし、政治の腐敗やブラック企業が問題となり、労働者に厳しい社会で右往左往する我々も、考えてみれば同じようなものかもしれない。だが、キアヌ演じるジョン・ウィックは、今は亡き菅原文太が『仁義なき戦い』で演じてくれたように、そんながんじからめの世に一刺しの復讐をしてくれる。本作がそういう気持ちの良い作品になっているのが嬉しい。(小野寺系)