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ヒントン・バトルが語る、傑作ミュージカルに不可欠な5つの要素とスクール開校の理由

2017年07月11日 15:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 トニー賞を過去3度受賞したブロードウェイのトップアクター、ヒントン・バトルと吉本興業が主宰するダンススクール『ヒントン・バトル ダンスアカデミー』(以下HBDA)が4月に東京で開校した。“日本最高峰のブロードウェイダンサー養成機関”を指向するHBDAには、400名を超える応募のなかから選ばれた年齢さまざまな28名が第1期生として入学。生徒たちはバレエ、モダン、ヒップホップ、リズムタップの習得をベースとした“ヒントン・メソッド”のカリキュラムを最大3年間受け、日本国内はもちろん世界で活躍できるダンサーを目指している。


 今回リアルサウンドでは、主宰者のヒントン・バトルにインタビューを行い、開校後の手応えやHBDAのビジョンについて話を聞いた。後半では豊富なミュージカル出演経験を持つ彼が、優れたブロードウェイ作品に共通する“5大要素”も教えてくれた。(鳴田麻未)


・開校3カ月、本当にいい姿が見れている


――改めてスクール発足のきっかけを聞かせてください。


ヒントン・バトル(以下、ヒントン):僕ではなく吉本興業の大崎(洋)社長の案でした。4年前に『アメリカン・バラエティ・バン!』を再演したときに大崎さんから「ヒントンの名前で学校を作りたいんだ」と言われて。学校を作ることに関しては歓迎したんですが、そのとき「東京とニューヨークと……」と5都市くらい言われて、最初は1カ所に焦点を合わせようということで東京校を開校することになりました。


 吉本と僕の歴史は、30年前に『アメリカン・バラエティ・バン!』の初演をやったことに始まり、それ以来長い付き合いになります。今回は吉本興業という素晴らしい会社と取り組める、またとない機会だと思っています。ダンスというのは、お笑いで知られる吉本にとって比較的新しいカルチャーだとは思いますが、アカデミーが始まってからもしっかりサポートしてくれていて、生徒たちに良い環境が作れていると思います。


――開校して3カ月、ヒントンさんの手応えはいかがですか?


ヒントン:ひどいです。帰りたくて仕方ない……っていうのは冗談で(笑)、ちゃんとうまくいっています。みんな必死に努力してますし、成長も感じますし、本当にいい姿が見れてると思います。生徒の様子という意味では3カ月で非常に満足しています。


――具体的には日々のアカデミーでどんなことが行われているんでしょうか。


ヒントン:生徒たちは朝9時にやってきます。そこから僕が担当するバレエのレッスンを受けて、あとは曜日ごとに違いますが午後はタップ、モダン、ヒップホップのレッスンがあり、1日3~4つのレッスンを受けます。レベルは初級と中級の2つに分かれています。彼らにとっては本当に贅沢な期間といいますか、お金の心配もなくダンスに集中できる素晴らしい環境じゃないかと思います。


――オーディションに合格し入学した1期生は28名。注目の生徒はいますか?


ヒントン:4ジャンルのダンスを課しているということもあって、誰か1人を挙げるのは難しいですね。ですが、いずれメディアに出たときに人々を驚かせるだけの実力や可能性を持ってる子はすでに何人かいます。


・強みは“世界の現役トップダンサーたちが講師”


――数あるダンススクールの中で、このHBDAの特長はどんなところでしょうか。


ヒントン:僕の長いキャリアを生かして、アメリカからいろんな講師を呼んでいます。日本人の講師もいますが、彼らも僕が実際この目で見て「この人なら信用できる」と思った素晴らしい人たちで、とても信頼していますね。ダンサーや振付師や演出師、いずれも現役で活動しているトップレベルの方ばかりで、考え得る一番いい講師陣を並べることができている。このレベルの授業を4ジャンルに跨いで、すべて良いもので提供できているというのは、アメリカでも難しいレアなケースです。


――YouTubeで公開されているレッスン映像も拝見しましたが、確かにすごい講師陣ですね。


ヒントン:4月にデズモンド・リチャードソンというモダンの先生が来てくれたのですが、アメリカでも有名なトップクラスのダンサーです。スター・ディクソンという世界的に活躍するタップダンサーにも来てもらいました。今後はモダンの講師として、日本でも知名度のあるアンソニー・バレルという方を呼びます。そういった講師が日本に来て授業をやってくれるのはすごく貴重な機会じゃないかなと。


HBDA開校 タップレッスン by Star Dixon – HBDA Report vol.7-
――じゃあ生徒さんにとっては海外のステージング技術を直に学べるだけでなく、授業が国際交流にもなっているんですね。


ヒントン:まさにその通りです。春に何クラスかやっていただいたダニエル・ポランコという女性講師は、ビヨンセやジャネット・ジャクソンの振付、指導をずっとしているダンサーで。生徒がそういう世界的なダンサーを見る機会になってますし、世界的なダンサーにこういうアカデミーがあるというのを見せる機会にもなっている。国際的なアカデミーになっていると思います。一流の振付師やパフォーマーがこうして日本に来てHBDAの生徒を教えて、将来僕のところに「今度イスラエルで公演をやるんだけど、あの子とあの子を連れて行ってもいい?」みたいな話が来ることは十分あり得るでしょうね。


・多くの日本人がブロードウェイで活躍する日も近い


――HBDAの育成方針は「日本のみならず世界で活躍するダンサーを育成すること」ですが、実際のところ日本人がブロードウェイで活躍するにはまだまだ難しい壁があるのでしょうか?


ヒントン:実情はすごく変わってきていると思います。確かに(ブロードウェイに出演する)アジア人は日本人より中国人のほうが圧倒的に多いという時代もありましたが。2年前に『Road To BROADWAY』(※ヒントンプロデュースによるブロードウェイを目指すダンサー発掘企画)というオーディション番組をテレビ東京などで放送していたんですが、最終的に6人のメンバーが選ばれ、そのうちの1人の北折香保里は最近ロサンゼルスに拠点を置いて、向こうでオーディションを受けてエージェントも決まりました。それは僕も知っているすごく信用できるエージェントなので、今後ブロードウェイや、ロスなのでテレビや映画でも活躍してくれると信じています。


 ブロードウェイに関して言うと、今、吉本興業と一緒にブロードウェイで上演する公演を作るというプロジェクトも進めています。実現すればHBDAのダンサーはもちろん使いたいですし、多くの日本人がブロードウェイで活躍する日も近いと思います。


――以前、ヒントンさんにお話を伺ったとき「日本のダンサーはマネをするのが上手だ」とおっしゃっていたのが印象に残りました。それも踏まえて、ミュージカルのパフォーマーに必要不可欠なものはなんだと思いますか?


ヒントン:良い質問かつ難しい問いですね(笑)。まず日本人は、個人としての主張をあまりしない環境で育っていると感じます。一方アメリカは個人であることが大切で、自分をどう表現できるかがすべてです。その中で今、生徒たちには、自分を表現する力をどうやって養うかを教えています。自分をうまく表現できている子とできてない子といるので。


 目標としてほしいのは、周りがマネできない“自分自身”になること。子供のときから親しんできた慣習を変えるのは非常に難しいし、異文化を理解するのに時間がかかるのは当然です。大変なことではあるけどチャレンジしていきたいと思っています。そうすれば、日本のダンスの風潮や文化自体も徐々に変わってくるはずです。


・傑作ミュージカルに不可欠な5つの要素


――ブロードウェイ公演の構想がすでに始まっているとのことなのでお伺いします。ヒントンさんの考える最高のショーの定義とは?


ヒントン:僕の理想のブロードウェイショーは、お客さんがチケットを買って来てくれて素晴らしい時間を過ごしてくれるショーです(笑)。


――ごもっともですね(笑)。


ヒントン:挑戦的で、かつお客さんの興味を引き、感情移入できるようなもの。もちろんダンスがいっぱいで、いい物語で、いい歌がたくさん入ってる。つまり、いかにお客さんの心を動かすことができるか。そこに尽きるかなという気がします。


――6月に今年のトニー賞が発表されましたけれども、ニューヨークでも斬新で挑戦的なミュージカル作品が毎年生まれてますよね。今のブロードウェイの潮流についてはどう思われますか?


ヒントン:実は、7月に一度帰国してブロードウェイのショーを20作くらい見てくる予定なんですよ。確かに今いろいろなジャンルのブロードウェイショーが行われていて、それぞれ全く違うカラーを持っているので、トレンドというと正直難しい……。ですが、優れたものに不可欠な要素を挙げると5つあります。1つ目はお客さんが楽しめること、2つ目はエンタテインメント性があること、3つ目はキャラクターに共感できること、4つ目は歌が素晴らしいこと、5つ目はストーリーがしっかりしていること。この5つの要素がなければ成功しないというのは確実に言えます。


――では、HBDAの生徒にはその5つをすべて満たすようなパフォーマーになってほしいと。


ヒントン:そうです。今はダンスを重点的に教えていますけど、将来的にはアクション、コメディ、発声、歌などにも広げて、バランスよくなんでもできるパフォーマーを育てるのが大きな目標です。そういったパフォーマーになれれば、この先キャリアの中でダンスが一切ないような作品に出演したり、フィジカルなコメディの舞台に立ったり、いろんなことができるようになりますから。


 例えば吉本の芸人さんも、お笑いだけでなく歌を出していたり本を出していたりしますよね。ジャンルとジャンルの垣根がどんどんなくなってきている時代なので、私たちも時代に見合ったなんでもできるパフォーマーを目指しています。


――最後に、今後のアカデミーの展望とあわせて、読者に向けてメッセージをいただけますか。


ヒントン:HBDAの卒業生には、日本の新たなエンタテインメントの分野を構築してほしいと思っています。生徒たちにはエンタテインメント業界で働く人間として一流になれるようにすべての知識やツールを渡しているつもりです。生徒の中には「(表舞台に立つのではなく)振付師になりたい」という子もいるし、得意なこともジャンル個々のダンス、演技、歌など、さまざまです。いろんなツールを渡された中から自分自身でどういうことができるか、それぞれが考えることで新しいものがどんどん生まれていくはず。それがHBDAが目指していることであり、読者の方々も楽しみに待っていてほしいことです。


 毎年、年度末の3月にはショーケースも予定していて、業界関係者や一般の方々に見ていただきたいと考えています。中身は今考えているところですが、もしかしたら何か日本の伝統と現代的なものを組み合わせたパフォーマンスが出てくるかもしれません。いろいろ考えているので期待していてくださいね。


※大崎洋氏の「崎」は山へんに立可が正式表記。