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映画『茅ヶ崎物語』が紐解く日本の音楽史ーーサザンオールスターズと桑田佳祐の原点を知る

2017年07月10日 17:12  リアルサウンド

リアルサウンド

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 桑田佳祐が8月23日、約6年ぶりにオリジナルアルバム『がらくた』をリリースすることが決定した。類まれなるポップセンスとロックマインドで、今もなお日本の音楽シーンを切り開き続ける桑田の新作にすでに大きな注目が集まっている。これまで日本人の心を捉えて離さない楽曲を作り続けてきた桑田だが、彼のパーソナリティーや作品作りの根底にあるものを、どれほどのリスナーが知っているだろうか。映画『茅ヶ崎物語 ~MY LITTLE HOMETOWN~』では、今まで掘り下げられてこなかった桑田の知られざる一面が、サザンオールスターズの名付け親であり、桑田と旧知の仲である宮治淳一氏の手によって明らかにされていく。


参考:桑田佳祐、Mr.Children、宇多田ヒカル…朝ドラ主題歌に国民的アーティスト連続起用の背景


 桑田佳祐の生まれ故郷にして、古くは九代目・市川團十郎や山田耕筰、小津安二郎といった日本の重要文化人を生み出してきたのが、相模湾に面した湘南地方の中心に位置する“芸能の地”茅ヶ崎。『茅ヶ崎物語』では、文化人や才人を引きつける不思議な磁場を持つ茅ヶ崎の秘密、そして桑田佳祐というミュージシャンを形成したルーツを、郷土史と音楽史の側面から探求し紐解いていく。


 音楽と歴史の探求の旅へと観客を誘うのが、茅ヶ崎の芸能史を編纂する“日本一のレコードコレクター”であり、洋楽ポップスの一流プロモーターでもある宮治淳一氏と、アースダイブという手法で茅ヶ崎の秘密を数万年規模で遡る人類学者・中沢新一氏のふたり。宮治氏は茅ヶ崎出身の加山雄三やアマチュア時代にサザンオールスターズの一員であった萩原健太氏へのインタビューなどを通して、桑田佳祐と茅ヶ崎の芸能の歴史を探り、中沢氏は茅ヶ崎で信仰されている神様や地元のお祭りといった郷土史を探求する。劇中では、まったく異なる方向からアプローチしていたふたりの探求が徐々に接近し、最後には桑田佳祐と日本全土の文化・芸能史のキーワードとなるひとつの接点を導き出していく。


 宮治氏は、学生時代から桑田と親交のある人物。宮治氏や萩原氏、さらに学生時代の友人の口から語られる当時の桑田の印象は、新鮮で驚きにあふれている。また、劇中では、ドキュメンタリーパートとあわせて、桑田佳祐と宮治淳一の学生時代の思い出を再現したドラマが同時に展開される。桑田役を野村周平、宮治役を神木隆之介がそれぞれ演じ、そのほか賀来賢人や安田顕、シンガーソングライターの高橋優なども意外な役どころで登場。事実をもとに大幅な脚色を加えているというドラマパートでは、女子に目がない思春期真っ只中の桑田と、学生時代から洋楽の沼にどっぷりと浸かっている宮治の微笑ましい青春模様、さらにふたりの生きる道を決定付けたある出来事が描かれる。


 埼玉出身の熊坂出監督が、本作のメガホンを執ったことも大きなポイントだろう。ベルリン国際映画祭で、日本で初めて最優秀新人作品に輝いた経歴を持つ熊坂監督。ドキュメンタリーパートでは、熊坂監督が手持ちカメラで宮治氏や中沢氏を追い、撮影の中で生まれた疑問をぶつけていく。6月25日に茅ヶ崎で行われたプレミア上映にて、熊坂監督が「茅ヶ崎の枠を越える、どんな人が見ても面白い映画、何かを感じられる映画にするということに、終始こだわって作り上げて行きました」とコメントしているように、茅ヶ崎にゆかりのない監督だからこそ、鑑賞者と同じフラットな視点から茅ヶ崎の本質を捉えらえることができたのだろう。


 序盤は茅ヶ崎という限られた地域を探求していくが、物語が進むにつれて大きな歴史のうねりそのものの話に発展していく同作。同プレミア上映にて、宮治氏は「普段、なにげなく通りすぎるところに、実は歴史があり、それが現代に生きている。そういったことが感じられることが、この映画の素晴らしいところだと思う」と、この映画の見どころを説明している。当たり前の話だが、歴史や文化を持つ街は茅ヶ崎に限った話ではない。さらに言えば、人間にも同じことが言えるのではないだろうか。


 当たり前だと思っていたものに、いま一度探求の目を向けることで新たな発見が生まれる。これは桑田の新アルバムのタイトルが示す、「ありとあらゆる要素が無作為に交錯する現代社会の見立てであり、そんな無意味に積み上げられた“がらくた”の中にこそ、ものごとの本質や素晴らしさが宿っている」というコンセプトとも通じる部分がある。もしかすると、『がらくた』を紐解くヒントも劇中には描かれていたのかもしれない。


 この映画を通して、茅ヶ崎をはじめとする日本の伝統文化の歴史を、さらには桑田佳祐というアーティストの新たな魅力を感じることで、『がらくた』に寄せられる期待もより一層高まっていくことだろう。(泉夏音)