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『昼顔』『オカムス』『緊急取調室』……脚本家・井上由美子が描き続ける女の情念

2017年07月02日 10:03  リアルサウンド

リアルサウンド

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 映画『昼顔』は、女の映画だ。時にずるく強情で、それでいて儚く純粋な、恋に生きる上戸彩の美しさを堪能するための映画だ。そして、同じく恋で壊れそうな自分を見せないように、時に平静を装い、時に激昂する伊藤歩に息を呑むための映画でもある。それはこの上なく美しい。その美しさは、映像の美しさはもちろんのこと、揺らぐ女の感情を繊細な台詞でとことんまで描いた井上由美子の脚本にあったのではないかと思う。


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 詳細を明かすことはできないが、上戸が演じるヒロイン・紗和の最後の台詞は、まさに愛する男を包み込む、女性の究極の強さを示していると感じた。


 映画『昼顔』は、2014年夏に放送されたドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』の続編であり、それぞれ夫、妻のある身で恋に落ちてしまう紗和と北野(斎藤工)がドラマ最終回で引き離された後、再会してからが描かれる。映画は、互いに求め合わずにはいられなかった紗和と北野の2人の蜜月と葛藤、伊藤歩演じる北野の妻の怒りと悲しみが丹念に描かれていると共に、紗和が勤める海辺の飲食店のオーナーを演じる平山浩行や、その飲食店で働く女性を演じる黒沢あすかが、紗和と北野の恋愛劇を通してそれぞれの過去を呼び覚まされる、味のあるキャラクターを演じている。


 脚本は、ドラマ版の脚本も手がけた井上由美子である。これまで2003年の木村拓哉主演『GOOD LUCK!!』、唐沢寿明主演『白い巨塔』、2006年の志田未来主演『14才の母』といった数々の話題作を創りだしてきた。ここ半年を遡ってみても『営業部長 吉良奈津子』(フジテレビ)、『お母さん、娘をやめていいですか?』(NHK)、『緊急取調室Second Season』(テレビ朝日)と、それぞれに良作だった。


 井上が脚本を手がけた作品を見ていていつも思うのは、女の情念だ。それは、『営業部長 吉良奈津子』、『緊急取調室』といった、松嶋菜々子、天海祐希演じるかっこよく強い女性リーダーを中心においたお仕事ドラマ・刑事ドラマであったとしても変わらない。自分のこれまでの価値観、生きてきた人生の全てが、自分にはないものをもった女性の登場によって揺らぎ、奪われるかもしれない、否定されるかもしれないという危機に突き当たった人物の暴走が、主人公たちの日常にじわじわと侵食し、やがて破壊的な力で襲いかかってくる様にいつも釘付けになる。彼女たちの人生を賭けた本気の暴走は、主人公たちだけではなく視聴者または観客の感情をも揺るがしてくるのだ。


 それは、『昼顔』における伊藤歩が演じた、上戸彩に迫る北野の妻・乃里子であり、『営業部長 吉良奈津子』において同じく伊藤歩が演じた松嶋菜々子の夫を誘惑するベビーシッター・深雪、『お母さん、娘をやめていいですか?』で斉藤由貴が演じた、波瑠に執着する過干渉の母親・顕子が該当する。また、『緊急取調室』における犯人たちもそうだろう。若い配達員への恋心が、拒まれたことで殺意へと変わった三田佳子演じる老女しかり、死んだ母親がつけた「愛」という名前を否定されたことが許せなかった、矢田亜希子演じる女教師しかり。


 この「名前」にまつわる葛藤は、映画『昼顔』でも重要な役割を担っている。いつまでも初めて会った時と変わらず「好きって言ってくれたらやめる」と頑なに「北野先生」と呼び続ける紗和と、「裕一郎」と呼ぶ北野の妻・乃里子。この愛する人の呼び方へのこだわりは、愛情表現のひとつであり、思い出であり、執着でもある。親密な人しか呼べない「裕一郎」という呼称は、乃里子にとって、確かにあった彼の愛の証でもあるのだ。一見平静を装った彼女たちの名前への執着がぶつかる時、物語は思っても見ない方向に走り出す。


 主人公とは対極の、物語の「闇」の部分を担う井上由美子作品の影のヒロインたちの目は、いつも笑っていない。特に『昼顔』と『営業部長 吉良奈津子』の両方でその立場を担った伊藤歩、『お母さん、娘をやめていいですか?』での毒母が話題を呼んだ斉藤由貴のふたりの目の演技が醸し出す怖さは、物語よりも強い印象を残すほどだ。一見優しそうで、料理が得意で家庭的な、完璧に見える彼女たちは、自分にないものを持つヒロインたちが無意識に彼女の幸せを奪おうとすることが許せない。『営業部長 吉良奈津子』におけるベビーシッターの深雪は、自分が失ってしまった幸せな家庭に加えキャリアも手に入れた主人公が許せなかった。『お母さん、娘をやめていいですか?』の母親・顕子は、心血を注いで溺愛してきた娘が自分のできなかったことを次々と成し遂げ、自分の元から去ろうとすることが許せなかった。そして、『昼顔』の乃里子は、平凡な家庭を築いていただけなのに自分ではない女性を愛する夫と、彼女から夫を奪った女性をどうやっても許せない。彼女の場合は、「結局私が悪者になってる……何も悪いことしてないのに……」という台詞にあるように、本当に何もおかしなことは言っていない。


 本能的に求め合うホタルのように、求め合わずにはいられなかった紗和と北野の燃え上がる恋の炎の反対で、静かに燃える乃里子の悲しみの炎は、確かに映像に焼きついている。彼女の存在がなかったら、この物語はただの夢物語でしかなかっただろう。井上由美子が描く女たちの愛への固執と情念、その美しさを、ぜひ劇場で堪能していただきたい。(藤原奈緒)