2017年07月02日 09:43 弁護士ドットコム
下請けいじめ、会計不正、カルテル、軽微な横領ーー。企業活動の中にはさりげなく、慣習的な法令違反が潜んでいる。その現場を見てしまったら、もしくは自身が業務上、法令違反をせざるを得ない立場になってしまったら――。そのまま口を閉ざし、吞み込んでしまうだろうか。それとも、誰かに訴えて現状を正したいと思うだろうか。
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組織内の法令違反の情報を通報により集め、組織が自ら法令違反を正す自浄作用を促す「内部通報」制度が変わりつつある。消費者庁は昨年12月、民間事業者向けの内部通報ガイドラインを、今年3月には行政機関向けのガイドラインを改正した。今回の改正では匿名性の保護強化だけでなく、制度の意義、経営者からの内部通報の奨励、企業が内部通報のために整えるべき体制などがこれまで以上に詳細に、明確に示された。
このガイドラインの変更について、内部通報などの危機管理をはじめとする企業法務に詳しい遠藤輝好弁護士は、従来「裏切り」「密告」ととらえられがちだった日本の内部通報制度を、安心して通報でき、事業者と通報者が双方向でやりとりを行う「対話」へと変化を促すものだと指摘する。
内部通報制度が広く普及するために必要なものは何か、遠藤弁護士に詳しく聞いた。
ーーガイドライン改正から約半年たった現在、企業や行政機関での内部通報に変化はあったのでしょうか
「今回の消費者庁のガイドライン改正の後には、公益通報者保護法の改正も控えています。こうした流れもあって、一部の企業はガイドラインへの対応を始めており、まずは自社の内部通報規程の見直しをしているところが多いと思います」
ーーガイドライン改正やガイドラインそのものに対応する企業が増加することで、内部通報が積極活用されるようになったのでしょうか
「まだ『そうです』とは、なかなか言いづらい状況です。というのも、そもそも整備した内部通報制度が機能しているかどうかは、成果として見えづらいという特徴を持っているからです。
例えば、『うちには1件も通報がない』という企業には2つの理由が考えられます。元々、社員が声をあげやすい社風で、内部通報制度の利用に至らずに適切に法令違反に対処できている場合。もう1つは、報復を恐れた社員が萎縮し、まったく通報すらできないような社風の場合。
通報件数では効果が測れないうえ、自浄作用が働いている場合は表に出ないため、ニュースになりません」
ーー2017年、東芝や富士フイルムの不適切な会計処理について、内部通報が背景にあったことが報じられました
「内部通報に対して迅速に適切に対応していれば、ニュースとして表には出なかったはず。対応が後手に回り、表に出ざるを得なくなったのでしょう。
本来、内部通報制度は、通報をきっかけに社内を調査し、法令違反行為を正し、コンプライアンス経営を実現することで、企業価値を高めていくことが目的です。通報にきちんと対応することで、企業イメージの棄損や株価の下落などを防ぐことができるポジティブな制度となります。
一方で、未だ多くの日本企業では内部通報が不当に軽視されたり、通報者への報復が行われたりすることがあります。この点は、本当に残念だと感じています」
ーー通報者の正義感や、良心の呵責で思い悩んだ末の勇気が報われることは難しいのでしょうか
「残念ながら、内部通報制度が実効的に機能している企業はまだ多くはないのではないでしょうか。日本では、以前から内部通報は『捨て身の密告』と考えられており、まだそう考えている方も多いのでしょう。昨年末のガイドライン改正は、その点を改めることを企業側に強く求める内容でした。
しかし、行政が内部通報制度の充実を訴えているなか、加計学園の問題のように、政府自らが内部通報の告発者を特定し、処分する方針を発表するという報道まであるのが現状です。賛否はあるでしょうが、内部通報制度の拡充に取り組む立場から見れば、冷や水をあびせられたような気分です」
ーーまだまだ日本の組織においては、上記の問題のように通報者が処分されたり、不利益な扱いを受けるリスクは高いのが現状なのですね。
「勇気をもって通報する方が不当な不利益のみを受けることがないよう、東京三弁護士会では無料相談窓口を設けています。ここでは、例えば、通報前に通報内容や通報先が適切かどうか、通報にどんなリスクがあるか等について、弁護士から助言を受けることができます」
ーー通報内容や自分の所属する企業の状況、自分の置かれた立場を伝えることで、通報前に問題を整理し、通報すべきか否か、次のステップをどう踏むのが妥当かをアドバイスしてもらえるわけですね
「そうですね。一人ひとりの通報者の葛藤や思いを一度外部の第三者に話していただくことで、いちばん適切な方法を模索し、建設的な手続きを踏んでいただきたいと思っています。内部通報はできる限り『捨て身』ですべきではありません」
ーー内部通報制度を実効的に活かしていくため、鍵を握るのは誰なのでしょうか
「そもそも内部通報をするような方は、その企業や組織の仕事に愛着と誇りを持っている方でしょう。そんな方が『見過ごせない』と感じて行った問題提起に応えるか否かの場面では、経営者の誠意が試されているといえるのではないでしょうか。
違法行為がある現場で働く従業員には良心の呵責が生まれているはず。パフォーマンスは下がり、離職者も出るでしょう。そんな現場を抱える企業は投資家をはじめとするステークホルダーに魅力的に映るでしょうか。
今後、内部通報制度は、認証制度等が創設されて、企業が自社のアピールとして活用する制度になる可能性もあります。つまり、従業員のみならず、取引先、消費者、投資家にとって『風通しのよいクリーンな企業』であることを示す基準となる、ということです。
人生をかけた『捨て身』の通報ではなく、現場と経営者とで随時気づきを共有できるような『対話型』の内部通報制度を採用することこそ、経営者の誠意の表明になります。その体制の確立を目指して企業は取り組んでいくべきではないでしょうか」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
遠藤 輝好(えんどう・きよし)弁護士
慶応義塾大学法学部法律学科卒業、慶応義塾大学大学院法学研究科修士課程(公法学専攻)修了、中央大学ロースクール修了。08年弁護士登録。東京三会公益通報者保護協議会委員。
事務所名:遠藤輝好法律事務所
事務所URL:http://eklo.jp/