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ミニシアター運営をビジネスにするポイントは? UPLINK代表・浅井隆が語る、これからの映画館

2017年06月29日 19:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 東京渋谷にあるミニシアター「UPLINK」。3つのスクリーンをもつ映画館でもあり、ギャラリー、カフェレストラン、DVD・書籍等を販売するマーケットも備えた“カルチャー”の発信地として、多くのファンに愛されている。自社配給のアート系作品から、シネコンなどでの上映が終わった準新作まで、多様な映画を上映し、昨年末からは“オンライン・シネマ”「UPLINK・Cloud」をスタートさせた。常に映画界の最先端を目指すその原動力は一体どこにあるのか。リアルサウンド映画部では、UPLINK代表の浅井隆氏にインタビューを行った。映画のデジタル化は映画に何をもたらしたのか、これからの映画館はどう変化していくのか、じっくりと話を聞いた。


■映画館を作るのは難しいことではない


浅井:「映画館を作るのに800万円」、と聞いたらどう感じますか?


——決して安い金額ではありませんが、社会人であれば手が届くような額に感じるかもしれません。


浅井:最近、新しい映画館を作った場合を想定して、最新の機材を導入した見積もりを作るため、業者の人たちから話を聞いていました。もちろん、この金額はシネコンのような巨大な映画館ではなく、アップリンクのようなコンパクトな映画館、“マイクロミニシアター”サイズ、1スクリーン分で、最高のスペックを想定した見積もりです。プロジェクターとスクリーンとスピーカーの機材部分でかかる費用が大体これくらい。建物や椅子は入っていません。例えば、実家の庭に蔵があって、そこに畳を敷いて映画をみせるなら、この金額でシネコンに負けないスペックの映画館ができます。


――一方で、新しいミニシアターが増えないのをみると、映画館作りの難しさも感じてしまいます。


浅井:もちろん、簡単ではないと思いますが、カフェや本屋さんを作るのと基本は同じだと思います。例えば、カフェを作る場合、ただ美味しいコーヒーを出せばいいのではなく、どういう空間を作るかが一番大事なはず。そこにお客さんが滞在するなら、心地よい空間をどう演出するのか、店員の接客サービスなどを考えないといけない。映画館もカフェを作るように作れる時代がきています。地方ではシネコンが増えて映画館の数は頭打ちになった感はありますが、都心ではシネコン自体まだ増えるし、今後“マイクロミニシアター”が全国に増えていく可能性は十分あると思います。


――マイクロミニシアターの代表格であるアップリンクは上映作品が非常に多いですね。作品選定はどうやって?


浅井:僕を含めた3人で編成会議を、毎週月曜日に行い、その週の土曜日から公開する1週間分を決めています。アップリンクの場合、自社配給の作品のロードショーと、他社のアート系作品を業界でいう二番館として上映する役割も担っているので、毎週、毎週、作品の入れ替えを行っています。動員の変化をみながらプログラムを作る。これはシネコンでは当たり前に行われてきた仕組みです。数年前から年末から年始にかけて「見逃した映画特集」という特集上映で4週間で40作品ほど上映しています。これができるのも上映素材がフィルムからデジタルになったから。DCPサーバーに、映画のデータをインジェクションすれば、あとはクリックひとつで映画を上映することができる。フィルムからデジタルに変わる時、「映画館がなくなる」とデジタル化が悪のように叫ばれていましたが、結果的にデジタル化による利便性は大幅に増しています。


――具体的に番組編成の仕方はデジタルによってどう変わりましたか。


浅井:現在、アップリンクにはスクリーンが3つあります。1番大きいスクリーン1は、映画上映だけではなく、午後3時以降は落語イベントやライブなどもやっています。でも、サービスデーの水曜日や、お客さんが入る1日の映画の日のときはイベントをやらずに、朝から晩まで映画を上映するようにしています。2時間の作品なら、1日最大5回、3スクリーンあるので15枠の上映枠があるわけです。かつてのミニシアターであれば、1スクリーンに1作品がほとんどでしたが、デジタル化によってアップリンクでは1日15作品の上映も可能となりました。35mmフィルムを置いておく場所、映写機への掛け替えをしなければならないフィルムの時代ではとてもじゃないけどできなかったですね。


――それだけ作品を入れ替えることはビジネスとして成立するのでしょうか。


浅井:臨機応変にプログラムを組める分、二番館としての売上もきちんと出せるようになりました。渋谷という場所柄もあって、公開から6週ほど経過した作品でも、映画館で観たいお客さんはまだまだいます。アップリンクは一番大きいスクリーンでも58席。次いで、45席、41席とシネコンの一番小さいスクリーンの半分程度です。実はこの席数にメリットがある。例えば、40席のところに、20名入ったら、着席率は50%。ところが、キャパが140席のところに20人では14%程度。この数字の違いは非常に大きい。わずか20人だけでも観たいお客さんがいれば、上映するメリットがあるし、きちんとビジネスになる。これはマイクロミニシアターだからこそできるビジネスモデルですね。


■映画は観たいときに観たい


――アップリンクはクラウドサービスも始められていますがこちらの手応えは?


浅井:Netflix、Amazonプライム、Huluなどは、定額制で見放題。業界用語でSVOD。それに対して、「UPLINK Cloud」はTVOD。一作品ごとに課金していただくサービスです。SVODは何百本もある中から、その日の気分などで観たい作品を観ることができるというサービスですが、過去作から最新作まで選択肢が多過ぎるデメリットもあります。一方、TVODは自分が「観たい!」作品をその都度選ぶわけです。つまり、映画館で鑑賞料金を支払うのと仕組みとしては同じ。映画体験とは何かというと、映画館に足を運ぶまでの時間、劇場で他人と同じスクリーンを観る時間、そして家に帰る時間まで、作品を鑑賞する時間外を含めての体験であり、それは映画館ならではの魅力だとは思います。僕も映画館のスクリーンと音響で観ることが一番だと思う。とはいえ、“時間”が限られている映画ファンは沢山いる。スマホやパソコンやテレビで観て、ネットの映画感想サイトで見た感想を他人とシェアするのも、新しい映画体験だと思います。「UPLINK Cloud」を始めてはっきりと分かったことは、人は観たいときに観たいということ。


――それは「UPLINK Cloud」にも数字として表れている?


浅井:最初は値段が安い方が売れるのではと思っていました。実際は、500円で販売されているアーカイブ作品よりも、劇場公開と同時に配信している新作の方が、1200~1500円で販売しても圧倒的に売れているんです。仮に、『ラ・ラ・ランド』が公開から1~2週間後に販売されていたら1千万単位での売上もあったかもしれません。


■映画のデジタル化がもたらしたもの


――配信サービスが公開と同時に行われる場合、映画館の観客減少に繋がることにはならないのでしょうか。


浅井:アップリンクで上映しているような作品は公開劇場が限られている分、住んでいる場所や時間によって、観たくても観ることができない方が一定数以上いると感じています。配信サービスが普及すれば、映画館に足を運ばなくなるんじゃ……という意見はありますが、そもそも映画に触れてもらえなくなることの方が問題だと思いますし、配信サービスで観た方が今度は映画館に足を運んでくれるかもしれない。配信サービスを頭から否定するのではなく、ひとつの選択肢として、映画に関わる人すべてにプラスになればいいと思います。だから、「UPLINK Cloud」も配信サービスというよりも、ネット上に新しい“映画館”をオープンさせたという意識ですね。カンヌ映画祭でNetflix作品が来年以降コンペ選考対象になるかどうかと話題になっていましたが、僕はすべての原理主義には反対です。映画は映画館で見なければダメだという、映画館原理主義とか。これだけ新しいサービスが普及しているわけですから、それを柔軟に受け入れることが大事だと考えています。


――Netflixをはじめ、配信のオリジナル作品が続々と増えています。


浅井:配給会社が全国の映画館と交渉して作品をブッキングする、宣伝会社がメディアに対して宣伝するなど、劇場で公開する作品にはまだまだアナログな部分がある。一方で、NetflixやAmazonは、世界中の映画祭で、話題になったインディペンデント映画、特にドキュメンタリー作品をポンポン買って一気に世界に提供できるプラットフォームがあるわけです。劇場で公開するからにはお客さんに来てもらわないといけないから、宣伝が必要になる。当然そこでお金もかかる。それが、ほとんどかからず、自社のプラットフォームで売り上げの100%を確保できるというというのは、これからも配信オリジナル作品は増えていくでしょう。


――映画の製作から鑑賞方法まで、映画のデジタル化は何をもたらしたのでしょうか。


浅井:映画のデジタル化は、作る側で言えば「才能の規制緩和」と僕は捉えています。昔はフィルムが高価だったし、現像しなければ映像が映っているか確認できなかった。プロフェッショナルで予算がある人たちだけしか映画は作れなかった。デジタル技術によって、その敷居がなくなった。誰でも映画を作れる時代になった。そして今度は映画館もカフェを作るように作れる時代になった。僕は、映画館やネットでの配信など様々な鑑賞形態がある中で、多くの人が映画に触れ、新しい楽しみ方をしてくれればと思います。


(取材・文=石井達也)