フェルナンド・アロンソ(以下、ALO)「なんて残念なことだ、このレースは勝てたはずだよ」
大荒れの展開になったアゼルバイジャンGPの37周目、アロンソは無線で皮肉を込めたような嘆きを口にした。
上位2台が予定外のピットストップで後退したことで、レース序盤に自分の前を走っていたダニエル・リカルドがレースを制しようとしている。それを見ての嘆きだ。せめてルノー並みのパワーがあれば、自分もリカルドのように前走車を抜いて上位勢自滅の恩恵を受けることができたのに、というわけだ。
しかし感傷に浸っている暇はなかった。後ろからはカルロス・サインツJr.がじわじわと追いかけてきていたのだ。
前のケビン・マグヌッセンに追い付き、そのスリップストリームを使って少しでもストレートの不利を軽減したい。40周目、アロンソがレースエンジニアのマーク・テンプルに言う。
ALO「前のハースはどこだ!?」
マクラーレン(以下、MCL)「MAG(マグヌッセン)は8秒前だ」
ALO「彼のトウが必要なんだ!」
MCL「MAGはオーバーテイクされて大きくペースを落とした。もう5秒差だ。後ろはSAI(サインツ)で2.1秒。最終セクターはMAGより0.5秒速いぞ」
しかしマグヌッセンとの差はなかなか縮まらず、43周目にはサインツにオーバーテイクされてしまった。
それでもまだ9位。カナダGPのようなこともあっただけに、チームとしては確実にこのポイントを掴み取っておきたい。46周目に入ったところでテンプルはアロンソにペースダウンの指示を出した。
MCL「この周を含めて残り6周だ。後ろからの脅威はない。タイヤの温度をキープしてマシンを持ち帰ることに集中しよう。後ろのRAI(キミ・ライコネン)は周回遅れ、次はWEH(パスカル・ウェーレイン)で30秒後方だ」
しかしアロンソは満足していなかった。あるいは、一瞬でも目の前に見えたチャンスを為す術もなく見逃すしかなかった喪失感が、彼のレーシングドライバーとしてのプライドに火を点けたのかもしれない。
MCL「タイヤはどうだ? 何か問題があれば、後方はもう1回ピットインをしても大丈夫なギャップがある」
ALO「それよりも大きな問題はノーバッテリー、ノーパワー。そのせいでコーナーでもの凄くリスクを負って攻めなければならないんだ」
MCL「分かっているよ、でも今P9だ。チームにとって重要なポイントだ」
FP2でアロンソ、FP3でストフェル・バンドーンのギヤボックスが壊れたように、実はギヤボックスに不安を抱えながらのレースだった。バクーシティサーキットではギヤシフトの頻度が高く、タイヤが縁石やウォールと接触する機会も多いだけに、ギヤボックスに負荷が掛かる。だからチームは確実に完走するため繰り返しペースダウンを指示したのだ。
それでもチームからの指示を撥ねつけ、アロンソはファステストラップ狙いのタイムアタックを行なうチャンスを要求した。
パワーユニットのモードを切り替え、ERSからの放電を行なわず充電だけを行なってバッテリーをフル充電する。ERSは1周あたり4MJの放電が認められているが、充電は2MJまで。つまり1周4MJのフルアシストを得るためには、その前の周にバッテリーから1MJも使わずに走らなければならいのだ。
そのためラップタイムは一旦1分50秒台まで落ちた。そしてバッテリーがフル充電となったところでパワーユニットを予選アタックモードに切り替え、47周目4MJをフルに使って1分45秒346を記録。
それでもアロンソは満足せず、もう1回のアタックを要求した。
MCL「もう1回だけG10(予選モード)を使っても良い。それでダメならなんとかマシンを持ち帰ることに集中してくれ」
49周目に全体で6位となる1分45秒168を記録すると、テンプルは今度こそ最後だと強い口調で言った。
MCL「OK、残り2周だ。マシンを持ち帰れ」
そしてアロンソは無事に51周を走り切り、9位で今季初ポイント獲得を果たした。
MCL「よくやった、フェルナンド。チームにとって今季初ポイントだ。よくやった」
ALO「バクーで2ポイント獲れるなんて、全く予想していなかったね。みんな良い仕事してくれたよ」
通常モードで1周2MJの回生のみでセバスチャン・ベッテルが47周目に記録した最速タイムは1分43秒441。アロンソは予選モードで4MJを使って1.727秒落ち。このタイム差と9位という結果にエースが満足していないことは明らかだった。