松下信治にとってバクーは苦い思い出のある場所だ。昨年レースをリードしながらセーフティカーからのリスタートで再三にわたってミスを犯し、無得点に終わったばかりか次戦出場停止のペナルティまで科せられ、シーズンの流れが大きく変わってしまった。
本当に今年の松下はアグレッシブに生まれ変わったのか。まさにその真価が問われるレース週末だったのだ。
初日から好調な滑り出しを見せた松下は予選で2番グリッドを獲得してみせた。
「大きなミスもなく1周をまとめられました。でもクルマの仕上がりは良かったし自分の走りにも自信があったからポールが獲れると思っていただけに悔しいです」
そう言いながらも、0.5秒差でポールポジションを獲得したシャルル・ルクレールの驚異的な速さは素直に認めた。冷静に客観的に事実を見て認める。それができるようになったのも、今年の松下の強さと安定感に繋がっている。
2番グリッドから臨んだ土曜のレース1では、得意のスタートが決まらずに5位まで後退。これは使い慣れたクラッチでなかったことが原因で、実は予選開始時にもクラッチの問題でストールに見舞われていた。
「動き出した瞬間は普通だったんです。そこからいつもホイールスピンを消すためにクラッチパドルを戻すんですけど、そうするとなぜかアンチストールモードに入ってしまって。実は僕がいつも使っているクラッチをサービス(整備)に出していて違うのを使ってるんですけど、それが良くないみたいです」
そこからアントニオ・フオッコを抜いて4位へ。ピットストップでアルテム・マルケロフにオーバーカットされるものの16周目に抜き返して再び4位へ。落ち着いたレース運びで3番手ラルフ・ボシューンも射程圏内に捉えたが、ここでミスを犯してしまった。
「あれは僕のミスでした。突っ込みすぎてリヤがロックしてFP2の(マックス・)フェルスタッペンみたいになって。セーフティカー走行で後ろが詰まっていたんで、1コーナーでコースオフしている間にビリまで落ちてしまいました」
その後何度も映像を見直したという松下は「あのまま(体勢維持で)頑張ればぶつからずに行けたかも」と語るが、ライバルを意識して焦りがあったことも認めた。
「後ろに選手権を争っている(オリバー・)ローランドがいて『こいつには前に行かれたくない』っていう思いがあったんで、ちょっと攻めすぎてしまったところがありました。いつも冷静にあるべきなんですけど、今日はこっちのクルマが良くなかったということと彼が速かったということもありました」
そうやって冷静に物事を見つめ直し、自分のミスも素直に認め受け容れられるようになった。そうすることによって、ミスから学び、成長できる。
レース1は結局ターン8が通行不能になるショーン・ゲラエルのクラッシュに巻き込まれるかたちで赤旗終了、無得点に終わってしまった。
しかし日曜のレース2では12番グリッドから着実なポジションアップを果たしていった。2台を抜き、2台がリタイアしたことで7位。
だが松下本人は前の4位ジョーダン・キングを先頭とする集団を抜きあぐねたまま終わってしまったことに悔しさを滲ませた。
「特に言うこともないレースというか、失敗もなかったし特別良いところもない普通のレースでしたね……。前の集団が(アルテム・)マルケロフや(セルゲイ・)シロトキンっていう速い連中だったんでそう簡単に抜けるわけはないし、(数珠つなぎで)みんながDRSを使ってたんで、誰かがミスをしなければ抜けなかった。つまんないレースをして申し訳ないです」
実質的な最終コーナーであるターン16からのトラクションが不足し、ストレート勝負に持ち込むことができなかったとはいえ、秒差で走り続けていながら最後まで抜けなかったのは、ただ闇雲にアグレッシブにいって全てを失うわけにいかないという思いもあったからだ。
「もう少しアグレッシブにいっても良かったかなというところもありましたけど、このサーキットでの追い抜きは結構リスクもあるし、昨日も含めてそれなりにアグレッシブにはいってたんですけど、(F2のドライバーは荒っぽく)相手も相手なんで、そこまで攻められないんです」
これで選手権首位のルクレールは122点と頭ひとつ抜け出たが、2位ローランドが80点、3位マルケロフ76点、4位ルカ・ギオット57点、5位ニコラ・ラティフィ53点、6位松下が50点と、2位以下は混戦模様が続いている。もちろん松下もF1スーパーライセンス取得のための最低条件であるランキング3位を意識して戦っている。
「(レース1で)獲れたはずのポイントを逃したのは痛いですけど、幸いなことに選手権を争っている連中も結構リタイアしたんで、そこは助かりましたね。ライバルはローランドとマルケロフですね。速さでは負けてないけど、レースの上手さという点ではローランドなんかはよく見ているし、アグレッシブだしそのへんはまだ負けているなっていうのもあります。それでもまだ2位まで30ポイント差なんで、1回で入れ替わる距離ですしね。とにかくポイントを獲るレースをしていればこうやって誰かが潰れていくと思うし、今はそこに集中して戦っていきたいと思っています」
2週間後のレッドブルリンクからは久々にヨーロッパのグランプリサーキットに戻り夏休みまで3ラウンドが続く。ここが松下にとって正念場になりそうだ。
「レッドブルリンクはウチのクルマも速いだろうし、予選で良いところにいって(レース1とレース2の)ダブル表彰台を狙います。今回はミスをしちゃいましたけど、ミスしなければ常に表彰台が狙える位置にいられると思うし、頑張ります」