トップへ

停留所でバスを待っていたのにそのまま通過された…損害賠償請求は可能か?

2017年06月25日 10:43  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

バス停でバスを待っていたのにもかかわらず、誤って通過されてしまいましたーー。そんな投稿が弁護士ドットコムの法律相談コーナーに寄せられました。


【関連記事:「高速バス」SA休憩で戻ってこない客を置き去りにして発車…問題ないのか?】


相談者によると、発車時刻の数分前からバス停で待っていたところ、近づいてきたバスが当然停車するかと思いきや、そのまま通過しまったそうです。やむなくタクシーを呼んでなんとか約束の時間に間に合いましたが、後からバス会社に抗議したところ「誤通過については申し訳ありません。ただしその様な債務を受けることはできません、ご了承ください」と言われてしまいました。


誤通過のために受けた損害について、利用者は事業者に損害賠償を請求できるのでしょうか。池田誠弁護士に聞きました。


●バス会社の「債務不履行」が認められるかどうか

ーー損害賠償請求が認められるためには、何が必要なのでしょうか


損害賠償請求が認められるためには、バス会社が契約上の義務を違法に履行しなかった「債務不履行」、または、バス会社が違法にあなたの権利を侵害したと言える「不法行為」が成立する必要があります。


乗車できるはずのバスに乗ることができずに損害を被った場合については、そのうち「債務不履行」の問題が中心になると思います。


乗り合いバス会社では、会社ごとに「運送約款」があります。


国土交通省が提示している「一般乗合旅客自動車運送事業標準運送約款」(以下「約款」)と民法の一般原則に照らし、ご質問の事例を分析すると、まず、こちらの事例で、「申込み」があったと言える必要があります。


契約が成立していなければ原則的には、バス会社が運送役務を提供する義務はありませんから、「債務不履行」も生じません。そして、契約が成立するためには、旅客から「運送の申込み」(約款第4条(1))が必要ですから、「申込み」がなければ、そもそも「債務不履行」が生じる余地がないからです。


ーー「運送の申込み」はバス停にいれば自動的に成立するのではないのですか


もちろん「申込み」ですから、バスの運転手に認識される必要があります。本人が申込んだつもりでいても、これが認識されていなければ、当事者の合意を基礎とする契約が成立する余地がないからです。


したがいまして、たとえば、「バス停で待っていた」とありますが、偶然物陰に隠れるなどしてバスの運転手から姿が認識されなかった場合はもちろん、バスが来ても乗る素振りを示さなかったり、バス停から少し離れた場所で待っていたりして、バスの運転手から乗客と認識されなかった場合には、あなたの「申込み」自体がなかったことになる可能性があります。


そうなれば、契約自体が成立しませんから、バス会社に対して、債務不履行責任を問うことはできないことになります。


また、仮に、乗客として認識され、「申込み」に不備がなかったとしても、約款には、運送を「拒絶」できる事情が列挙されているため(約款第4条)、これに該当すれば、運送の役務を提供しなくても「債務不履行」にはあたりません。


ーーバスの運転手が「拒絶」できるのは、どういった場合ですか


たとえば、「運送に適する設備がないとき」(同(2))です。これは、乗客が乗るスペースなども意味していると考えることができるので、定員に達しており、これ以上の乗車が困難と判断された場合などがそれにあたると考えられます。


また、「やむを得ない事由による運送上の支障があるとき」(同(5))も運送役務の提供を拒否できます。これは、たとえば、後続車が接近しており、停車措置を行おうとすれば、後続車と衝突し、乗客らの生命や身体に危険を及ぼしかねない場合が含まれると考えます。


さらに、「申込みがこの運送約款によらないものであるとき」(同(1))という事情も挙げられています。申込方法に関する具体的な条項が同約款の中に見当たらないため、具体的な場面を想像すると、たとえば、バス停の所定の位置で待っていないとか、バス停への停車が予定されている何秒前までに乗車の意思を運転手に分かるように示さなければいけないとか、そのような決まり事が存在し、これを実践しなかった場合が想像されます。


以上のとおり、バス会社に対して債務不履行責任を問う場合、前提として、


(1)適切な「申込み」が存在し、


(2)拒絶事由が存在しないこと


の2点を満たしている必要があります。


●バス会社の「債務不履行責任」の立証には壁が立ちはだかる

ーーでは上の2つさえ満たしていれば、相談者は簡単にバス会社の「債務不履行責任」を問えるのでしょうか


バス停を通過するかしないかの判断は一瞬のことですので、運転手が「乗客が見えなかった」とか、「乗客が乗る意思を示さなかった」とか、または、「後続車に接近されており、停車が困難だった」などと主張し、債務不履行責任の存在を争った場合、これを覆し、積極的に債務不履行責任の要件を立証するのは簡単ではありません。


したがいまして、理屈上は、バス会社の債務不履行責任を追及し、損害賠償請求を行うことは可能ですが、現実には立証の壁が立ちはだかります。


ーーどのように立証したら良いのでしょうか


昨今は、ドライブレコーダーの搭載車が増えてきているようですから、その開示を受けることによって、立証の困難はある程度救済される余地があります。


また、約款では、乗客に経済的な損失を与えた場合、バス会社が損害賠償責任を負うことが明記されており(約款第55条)、同但書では、「当社及び当社の係員が運送に関し注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りではありません」として、バス会社側に立証責任が転換されていると読める規定が挿入されています。


したがいまして、ドライブレコーダーの開示を受けた結果、実際にあなたがバスに対して乗車意思があることをそれと分かるように示しており、停車が困難となる事情もなく通り過ぎたことが明白になれば、債務不履行責任を追及して損害賠償を請求することも可能になると思います。


なお、その際の損害と、バスの通過との損害との因果関係は、やはりあなたが証明しなければいけませんから、その点でも立証の壁が立ちはだかることになりますが。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
池田 誠(いけだ・まこと)弁護士
証券会社、商品先物業者、銀行などが扱う先進的な投資商品による被害救済を含む消費者被害救済に注力している下町の弁護士です。
事務所名:にっぽり総合法律事務所