「エンジン、エンジン」と叫んで、フェルナンド・アロンソのマシンが白煙を上げながら止まった瞬間、長谷川祐介ホンダF1総責任者は「心臓が2回ぐらい止まりそうだった」とその時の胸中を語った。しかし、実際にはエンジンに問題はなく、原因はギヤボックスが壊れたためだった。
原因が分かり、これで一安心かと思いきや、長谷川総責任者は「まだ安心できない」と不安な表情を見せた。なぜか? 理由は、ギヤボックスが壊れて、駆動が抜けた瞬間、エンジンがオーバーレブしてしまったからだ。現在のエンジンはレギュレーションで回転数の上限が1万5000回転/分に制限されているため、それ以上は回らないようになっている。したがって、アロンソのエンジンも実際にはその範囲内だった。
しかし、緩やかに回転数が上がって1万5000回転に達するのと、いきなり1万5000回転に上がるのでは状況がまったく異なるという。エンジンがブロウしていないにもかかわらず、ホンダがスペック3の使用を土曜日以降断念し、アロンソのエンジンを再びスペック2に戻したのは、そのためだ。
長谷川総責任者の頭を悩ませたのは、それだけではない。このスペック3が今後、使用できない可能性も考えられるからだ。
もともと、金曜日に投入したスペック3は、土曜日以降使うかどうかは、金曜日を走行して、パフォーマンスを確認してから決めることになっていた。したがって、スペック3が土日に使えないこと自体は、ホンダにとってそれほどショックではない。
むしろ、金曜日に走行してみて、「パワーは明らかにデータ上でも良くなっていることは確認できた」(長谷川総責任者)ことは、今後に向けて明るい材料だ。
ダウンフォースレベルが違う状況だったので、単純な比較はできないが、フリー走行2回目の最高速ではストフェル・バンド―ンが最下位の311.8km/hだったのに対して、アロンソは13番手の速さとなる322.6km/hをマーク(トップはダニール・クビアトの330.4km/h)。ルノー、ハースの2台ずつよりも速かった。長谷川総責任者は「コンマ2秒ぐらいは速くなっていると思う」と語っていることから、およそ10馬力の性能向上はあったと考えられる。
ところが、その大切なアップデートエンジンをオーバーレブさせてしまった。もし、研究所に送り返して調査した結果、今後使用できないことになったら、アロンソの4基目はわずか35周(210km)しか使用せずに終了となる。
さらに今回そのスペック3は1基しか持ってきていないため、土曜日以降アロンソのマシンに搭載される5基目はスペック2となる。つまり、ペナルティを受けて、ステップダウンしたエンジンに交換することになる。
金曜日に使用しているギヤボックスは、土曜日に向けてペナルティなしで交換できる。したがって、ギヤボックストラブル自体は大きな問題ではない。問題はそれによって、年間使用基数内の4基目として投入した虎の子のスペック3がダメージを受けたことだった。
「(オーバーレブで)バルブタッチしていないか。もし、バルブが曲がっていたら、泣いちゃいますよ」と肩を落としていた長谷川総責任者だった。