■フェミニストは「クール」?
「フェミニズム」の文字を英語のメディアでよく見かけるようになったのはここ2、3年だろうか。NHKの番組やファッション雑誌で特集されるなど、欧米でフェミニズムが盛り上がっているらしいことが日本にもじわじわ伝わってきている。
ポップカルチャーの世界では、日本でも4月に翻訳版が刊行された作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのTEDトーク『We Should All Be Feminists』のスピーチを楽曲に取り入れたBeyonceや、国連の親善大使として「HeForShe」キャンペーンのスピーチを行ったエマ・ワトソン、このスピーチに共感を示したテイラー・スウィフトなど、多くのセレブがフェミニストを宣言。
またファッション界では2014年にシャネルのショーで、モデルたちがフェミニズムのメッセージを掲げたデモ行進風のパフォーマンスを行なったほか、昨年にはディオール史上初の女性クリエイティブディレクターとなったマリア・グラツィア・キウリのデビューコレクションで、「We Should All Be Feminists」と書かれたTシャツが発表された。
このようなセレブの発言やファッションブランドの動きがメディアにも頻繁に取り上げられることで、ちょっとしたブームというか、「フェミニストはクール」という風潮があるかのようにも見える。
■マーケティングの世界もフェミニズムに注目? 「フェムバタイジング」とは
こうした動きは広告の世界にも及んでいて、アメリカでは「Feminisim」と「Advertising(広告)」をあわせた「フェムバタイジング(Femvertising)」なんて言葉も生まれている。この言葉はアメリカのデジタルメディア会社SheKnows Mediaが2014年に生み出した造語で、同社の定義によると、フェムバタイジングとは、「女性や女の子を力づけるような、女性の支持を集める人材やメッセージ、イメージを用いた広告」のこと。実際にどういう広告を指すのか、同社が2015年から始めた『#Femvertising Awards』の受賞作から見ていこう。
・Always #LikeAGirl
P&Gの生理用品ブランド「Always」によるこの広告は、大人の女性たちと少女、少年に「女の子みたいに走って」「女の子みたいに投げて」と伝え、どのような行動をとるか実験したもの。
大人の女性や少年はわざと変な走り方、投げ方をしたのに対し、実際に「女の子」の年齢である少女たちだけが自分本来の走り方や投げ方をしてみせた、という結果を通して、「女の子らしさ」の本来の意味や、子どもが成長するにつれて社会が植え付ける「女の子らしさ」の固定観念について問う内容になっており、『カンヌライオンズ』のグランプリをはじめ、数々の広告賞を受賞した。
・Organic Balance: Real Morning Report
オーガニック食品組合「Organic Valley」のこの広告は、朝からヨガをする女性や日記をつける女性など、CMでよく描かれる「女性の理想的な朝の過ごし方」をパロディーし、「私たちの21%はベッドから出る前から仕事のメールをチェックしている」「33%はベッドメイキングをしない」「58%の女性は朝から人や物に汚い言葉をぶつける」といった数字を並べて、働く女性の「本来の朝」を映し出している。優雅に朝ごはんを食べている時間などあるわけがないから、栄養バランスの整ったオーガニックドリンクを飲もう、というわけだ。
・We Are #WomenNotObjects
これは広告における女性の描かれた方に疑問を呈し、女性を性の対象としてしか見ないような広告をなくそうというキャンペーン「#WomenNotObjects」の映像。世の中にどれだけセクシズムに満ちた広告が溢れているかを消費者に気づかせること、そして広告に描かれた名もなき女性たちに声を持たせることを目的に作られたという。ここで登場する広告を実際に見たことがなくても、売られている商品とは無関係に、お飾りとしてセクシーな女性や水着の女性が出てくる広告に見覚えはないだろうか?
■広告が消費者に与えるインパクト。フェミニズムの思想を利用していると批判の声も
では、このような広告に対する消費者の反応はどうか。SheKnows Mediaが2014年に600人を超える女性を相手に行なったリサーチによると、51%の女性は女性を応援するような内容の広告は男女平等の実現への障害を打ち壊すとして好意的に見ており、52%は広告における女性の描き方が良いと思ったから商品を購入したという。また広告の女性の扱い方は若い女性の自尊心に直接的な影響があるとした回答者は90%以上にのぼる。フェムバタイジングは女性に比較的好ましくに受け入れられ、また購買行動にも結びついているのだ。
だが一方で、商品を売るために企業がフェミニズムの思想を利用している、といった批判もある。Beyonceが“Flawless”を発表した際にも、自身のマーケティング戦略、ブランディングとしてフェミニズムを取り入れているだけだという声も少なくなく、フェミニズムを公言するセレブたちに対しても、彼女たちが問題を実際にどれだけ理解しているのか、そしてどのように問題に取り組んでいるのかといった疑問もある。
いまフェミニズムがクールだから、トレンドだから、企業が女性をエンパワーするような広告を打ち出しているのだとしたら、このトレンドが収束したら正反対のメッセージを掲げた広告を展開することもないとは言い切れない。またこのような広告は本来「普通」であるべきで、「フェムバタイジング」とカテゴライズすること自体がおかしいとする声もある。これももっともな意見で、女性を応援するようなメッセージを持つ広告が賞賛されるというのは、逆にこれまでの広告がいかに酷かったのかと考えさせられる。
■日本では女性に「呪い」をかける広告が炎上。セレブの発言やフェムバタイジングは考えるきっかけをもたらす
広告が人々に与える影響というのは、購買行動に限られたことではない。街を歩いていてもテレビやインターネットの中でも、いたるところに広告が溢れている現代において、広告でどのように女性が描かれているのかということは、広告を目にする人々、とりわけ自己肯定感やアイデンティティーに揺れる10代の女子たちに影響を与えるだろう。
昨年、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で石田ゆり子演じる百合が、女性の価値が「若さ」にあるかのように語る若い女性に「自分に呪いをかけないで」と話したシーンが話題を呼んだが、まさに「呪い」のメッセージを送ってくる広告も数多い。そういう意味では、女性をエンパワーするフェムバタイジング的な広告が増えてきたというのは前向きな動きではないだろうか。日本では昨今も女性蔑視的な広告がしばしば炎上していることを鑑みると、世界との距離を感じさせられる。
フェミニズムの思想に関心がなくても、Alwaysの広告を見て何かを感じ取る人もいるかもしれない。社会における女性のあり方について疑問を持つきっかけになり得るし、女性や自分自身が社会でどう扱われてきたかを考え、そうしたトピックを話す会話の糸口にもなる。それはセレブがフェミニズムを語ることとも似た効果をもたらすだろう。
ただ、あくまで広告や憧れのセレブはきっかけに過ぎないということも、忘れてはならない。フェミニズムがクールとされる以前に、多くの女性たちが時に血を流しながら女性の権利獲得のために戦ってきた歴史があり、私たちがいま当たり前だと思っている様々な制度もそうした人々の戦いによって勝ち取られたものである。「男女平等」は決して当たり前ものではないのだ。またフェミニズムを語るセレブは必ずしも私たちの代弁者ではない。こうしたきっかけから個々人が自分の頭で考え、行動し、意見を発信していくことが社会を変えていくことに繋がるのだ。