6月10日、土曜日。毎グランプリ、予選に行われるマクラーレンの定例記者会見である「ミート・ザ・チーム」で、ちょっとしたハプニングが起きた。イギリスのあるメディアが予選の最高速で下位に沈んだFIAのリリースを掲げて、長谷川祐介ホンダF1総責任者にこう質問したのである。
「これは組織の問題なのか?外部からアドバイザーを雇わないからなのか?あるいはあなた自身が悪いからなのか?」
こうしたイギリス・メディアの攻撃はいまに始まったことではない。ホンダがF1に復帰した2015年には当時、F1プロジェクトのリーダーを務めていた新井康久前総責任者は度々、批判の矢面に立たされた。
前任の新井前総責任者も、そして現在の長谷川総責任者もそれらの批判に対して、技術的な指摘に対しては真摯に受け止めつつも、政治的なアピールに対しては「フェアではない」と困惑した表情となる。
こうしたイギリス・メディアの批判を見ていたスペイン人のあるメディアは「2007年にフェルナンドがハミルトンやロン・デニスと確執が生じたときにも同じような状況だった」とイギリス人の政治的な動きに不快感を示していた。
イギリス人が政治的に振る舞うのは、メディアだけではない。マクラーレンの中にも、そういう動きを見せる人物がいる。それはマクラーレン・テクノロジー・グループのエグゼクティブディレクターを務めるザック・ブラウンだ。カナダGP直前に、ある通信会社に次のようなコメントを発した。
「われわれは今回(カナダGP)アップグレードを期待していたが、それが来ないというのは大きな失望だ。われわれはいま”分岐点”にいる。どちらに進むべきかという段階に来ている。どんなオプションがあるかを語るつもりはない」
「いまでもわれわれの望みはホンダとともにチャンピオンなることだが、どこかの段階でそれが達成可能なのかどうかを判断しなければならない。アップグレードが予定通りなされず、このようなことが続けば、そう長く耐えられるものではない。そろそろ限界だよ」
じつはこれは世界的な通信会社であるロイターの記者をマクラーレンのファクトリーであるマクラーレン・テクノロジーセンター(MTC)に呼んで行われた単独インタビューだった。ブラウンによれば「ロイターが取材したいというので、だったらMTCに来れば、時間を作るよと言ってやっただけのこと。時間は約30分間」だったという。
ロイターの記事は全世界に配信され、多くのメディアが「”分岐点”に差し掛かったマクラーレンとホンダ」という見出しでブラウンのコメントを紹介。そのため、カナダGPでは2018年のマクラーレンとホンダの関係を憂慮する質問が相次いだ。
しかし、マクラーレンとホンダには長期間の契約がある。さらにすでに今年の5月上旬に、2018年に使用するエンジンの申請は締め切られ、マクラーレンはホンダ製のパワーユニットを使用する申請を済ませている。つまり、マクラーレンは自分の都合で勝手にホンダと手を切り、別のメーカーのパワーユニットを使用することは不可能なのである。
それでも、マクラーレンがイギリス・メディアを利用して、ホンダへの批判を続けるのは、なぜなのだろうか。考えられる理由は2つある。ひとつはホンダへのプレッシャーだ。遅々として進まない開発を外圧によって前進させようという狙いだ。
もうひとつは、株主へのアピールだ。株主とはマンスール・オジェだ。ロン・デニスを解任した後に現職に就いたブラウン。ホンダを攻撃することで、原因はマクラーレンではないことをオジェにアピールしているのではないか。
もし、本当にマクラーレンが契約を打ち切りたいと考えていたら、ここまで騒ぐ必要はない。契約社会なのだから、紙切れにサインひとつで済む話である。したがって、マクラーレンが騒げば騒ぐほど、マクラーレンはホンダとの契約が切れない状況にあるのだと理解しておいたほうがいい。
もちろん、だからといって、ホンダの開発がこのままでいいと言っているわけではない。ホンダにはパートナーであるマクラーレンが納得するだけの成果を少しでも早く実現しなければならない技術的な義務がある。そして、それと政治の話は別なのである。そのことを踏まえて、イギリスから発信されるニュースを受け取ってほしい。