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“怖い妻”演じる伊藤歩の実力 劇場版『昼顔』で見せた戦慄の演技

2017年06月13日 10:03  リアルサウンド

リアルサウンド

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 上戸彩&斎藤工で禁断の恋を描き、大きな話題となったテレビドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』(フジテレビ系)。本作で、斎藤演じる北野の妻・乃里子を演じ、視聴者から「怖い」と反響があった女優・伊藤歩。公開になった劇場版『昼顔』では、さらに強烈な爪痕を残し、その情念の深さは、観ている人に多くの感情をもたらした。実力派女優としてキャリアを積んでいる伊藤の魅力に迫る。


(参考:『金妻』『失楽園』『昼顔』……不倫ドラマの系譜


 1993年に大林宣彦監督の映画『水の旅人 侍KIDS』でスクリーンデビューを果たした伊藤。その後、岩井俊二監督の『スワロウテイル』(96年)にてCHARA演じるグリコの妹分・アゲハを演じ、日本アカデミー賞・優秀助演女優賞、新人俳優賞を受賞するなど、当時16歳にして強い存在感を示す。10代のころは、芯の強い女の子を演じることが多かったが、徐々に『きょうのできごと』(04年)、『チェケラッチョ!!』(06年)などの青春映画や、『クリスマス・クリスマス』(04年)などのコメディ映画にも出演するようになり、役柄の幅を広げていく。主演を務める作品もあるが、どちらかというと、脇にいて作品に深みを与える立ち位置が多く、映画を中心に出演作も続き、コンスタントな活躍をみせていた。


 そんな伊藤だが、近年はインターネットの第二検索ワードで「怖い」「悪女」などが挙がるようになった。その要因となったのがドラマ『昼顔 平日午後3時の恋人たち』だろう。これまでも、アンニュイで陰のある役を演じることはあった伊藤。本作では、夫の不倫に気づき、最初は冷静さを装っていたが、徐々に行動や言動はエスカレート。「まさか、浮気なんかしてないよね。そんなことしたら私、殺すからね、相手の女」とつぶやいたときの表情は、背筋がゾッとするような演技だった。同作がきっかけというわけではないだろうが、『営業部長 吉良奈津子』(フジテレビ系)でも伊藤は、松嶋菜々子演じる奈津子が雇ったベビーシッター役で出演し、奈津子の夫役の浩太郎(原田泰造)に迫り、家庭を崩壊しようとする恐怖の女性を演じている。裏に根深い闇を抱えているような彼女の行動に戦慄を覚えた視聴者は多かったことだろう。


 そして、映画『昼顔』ではさらなるパワーアップを遂げて戻って来た。ドラマではある意味“不倫関係”を終わらせた乃里子だったが、新たなる裏切りにより、理性のリミッターは外れる。その事実を知ったときの伊藤の演技は、ただ単に怒りの感情に覆われてキレるという怖さではなく、どうしても思いが通じない切なさや諦めなどの感情が入り混じった、あふれ出る情念のよう。まさに骨の髄まで染み入る恐怖だ。


 デビュー当時から、スクリーンに映るだけで非常に存在感があった伊藤。前述したように、青春ものからコメディまでさまざまな作品に出演し、多彩な演技を披露しているが、ワンショットで映し出され姿には、明るい役だろうが、暗い役だろうが、共通して憂いを背負っているような印象を持つ。こうしたキャラクターが『昼顔』の乃里子でよりデフォルメされ、“憂い+情念”という形で一気に爆発した。
 一時期、木村文乃がブレイクした際には、SNS等では「木村文乃に似た女優がいる」という形で伊藤歩が紹介されることが多かった。確かにデビュー当時から伊藤を見てきた筆者でさえ、写真等を見ると似ていると思うことがあるが、役に入っている時の2人はそれほど似ていると思ったことはない。木村はカラッとした“陽”をまとっている印象だが、伊藤は、前述したように“憂い”のイメージだ。そしてこの“憂い”こそ彼女の魅力であり、女優としての最大の強みなのではないか。なぜなら、どんなキャラクターでも多面性はあるが、“陽”よりも“陰”の方が、心理に深く訴えるからだ。


 とてもシビアな役である映画『昼顔』の乃里子。ドラマでは、怖すぎて共感を持てない人も続出しているようだが、映画では、怖さは健在であるものの、よりキャラクターの深い部分をしっかり演じ切っており、共感して抱きしめたくなってしまう人もきっといるだろう。


(磯部正和)