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ネット中傷の三段活用…最後は「死んで証明しろ」【スマイリーキクチさん・上】

2017年06月12日 10:14  弁護士ドットコム

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ある日、突然、身の覚えのない「殺人犯」と名指しされたことから、お笑い芸人・スマイリーキクチさんの人生は一変した。最初の書き込みは、1999年のこと。仕事が軌道に乗りはじめた頃だった。まさか、この日から10年にわたって、格闘が続くとは思わなかったという。


【関連記事:中傷被害を乗り越え「ネットの力をプラスに活かしたい」【スマイリーキクチさん・下】】


キクチさんが突然、事実無根の「殺人犯」にされた事件とは、1988年~1989年に東京・足立区で発生した「女子高生コンクリート詰め殺人事件」のこと。全く無関係であるのにもかかわらず、2ちゃんねるや個人ブログ、Yahoo!知恵袋などに書き込みは続き、ようやく2009年になって、書き込んだ19人が摘発された。2011年には、10年間の戦いをまとめた「突然、僕は殺人犯にされた」(竹書房)を出版している。


しかし今もなお、殺害予告、中傷はやまない。いまだに事件との関連を示す「根も葉もない情報」はネット上に漂い、殺害予告は、1年に1度くらいはあるそうだ。今年2月にも、ブログのコメントに「殺すぞ」などという殺害予告が投稿されたことを受け、NHKの番組への生出演を取りやめた。キクチさんに話を聞いた。(ライター・高橋ユキ)


●ネット中傷被害の「三段活用」とは

――「突然、僕は殺人犯にされた」(竹書房)を、興味深く拝読し、「無実の罪」を着せられたときに、それを払拭するのがいかに大変か、恐ろしいかを感じました。


「被害は突然来ます。予兆がないというのがまた本当に辛い。先週までは『お笑い芸人スマイリーキクチ』が、その翌日は『殺人犯スマイリーキクチ』に成り下がってしまう。僕の場合は、2ちゃんねるで『事件の共犯者』だと話題になったのが1999年のこと。最初はあまりにも唐突な話で『何で?』という気持ちでした。


そんな事実はないわけですし、当時はまだネットが浸透し始めた時代。すぐに終わるだろうとあなどっていました。しかし、それからも噂は拡大し続け、摘発されたのは最初の書き込みから10年後、2009年のことでした」


ーー事実無根である以上、そこまで長く広まっていくとは考えていなかったわけですね。


「そうです。『事実無根を証明しろ』と言われてもそれはできない。しかし、レッテルを貼られた時、被害者の側が冷静になれるかが重要です。


やっていないことを証明することは難しいんです。一度でも『黒だ』と言われてしまうと、言われた側が事実無根だと証明しようと、疑いは晴れないんです。ネットでは、一度疑われると何をしても黒、あるいはグレーになる危険がある。


ネット中傷では、被害者を追い詰める基本の三段活用があります。一度疑われてしまうと、最初は『事実無根を証明しろ』なんです。そしてそれを否定したら次は『火の無い所に煙は立たない』。そして最後は『死んで証明しろ』『死ね』ーー。これで、だいたい皆追い詰められてしまいます」


●「敵ばかりで、誰が味方なのか分からなかった」

――書き込む側はどんな思いでやってるのでしょうか。


「最終的に捕まった人たちは皆『最初にデマを書いたやつが悪い』などと供述していたそうです。


2005年には、元警察官が出した本の中で、僕は殺人事件の犯人と書かれた。この本の中では、匿名ではあったものの、読み方で僕だとわかるため、噂が定着する一因となったのです。出版された当初、出版社に内容証明郵便を送ったんですが、本を書いた元警察官は『(スマイリーキクチと)名前は書いていないだろう』と言い、出版社も『名前は書いてないだろう』と同じことを言う。


僕の場合、まず匿名の集団が敵だった。そして、それを煽ったのが元警察官だったわけです。本が出版されたあと、警察に行っても、『その元警官って誰? あんたが調べてきなよ』って言われる。もう敵ばかりで、誰が味方なのか分からなくなってしまった。


弁護士さんがやっているボランティア団体に相談に行った時も、笑い話にされました。『あなたが殺人犯なんて信じる人は皆無ですよ』って。今は少しは増えているのかもしれませんが、ネットの中傷事件に対して、真剣に取り扱ってくれる弁護士は少なかったですね」


――殺人犯であると決めつけられ、誹謗中傷に悩んでいたなかで、当時はかなり孤独だったのではないかと思いました


「そうですね。『ネットを見なければいい』『気にしなければいい』と、必ず言われる言葉なんです。でも、万が一、僕と一緒に住んでいる彼女や家族が本当に殺されてしまった場合には、僕の落ち度になるんですよ。ネットでの脅迫を知っていたのにもかかわらず放置した、として」


――せっかく警察や弁護士に相談に行っても、解決に至らないどころか、心ない言葉をかけられることもあったそうですね


「そうですね。最終的には信頼できる警察官との出会いがありましたが、その方と巡り会うまでは長かったですね。


ある弁護士さんに相談した時には、『2ちゃんねるの電話番号を教えて』と言われたこともありました。2008年のことです。2ちゃんねるの運営会社に電話するなんてできるはずもなく、僕が驚いたら『私が電話するよ、電話すれば、誰が書き込んだのかわかるから』って。切羽詰まって、相談しているわけで、何もできないのかという絶望感がありました」


●「殴られていない、刺されていない、殺されていない」と警察は動かない

――当時警視庁が管轄していた『ハイテク犯罪対策総合センター』に何度相談しても、対応がぞんざいだったことも気になりました


「『殴られていない、刺されていない、殺されていない』。この状況で警察を動かすのは大変です。『いっぱい脅迫とかされて怖かったですよね』と色々な方に言われましたが、僕はもっと怖い経験をした。それは一生懸命助けを求めた警察に『あなたはノイローゼだね』などと言われて誰一人、話を聞いてくれなかったことです。


『こんな小さなことで警察動かないよ』とか、『殺人犯だなんて誰も思いませんよ、あなたがこういうの(ネット)を見るからダメなんですよ』と、言われたことも。『殺されたら捜査してあげるよ』と腕を組みながら笑われた時は、殺人という一つの基準に達しなければ動いてくれないのか、と途方に暮れました。


こちらは切羽詰まっていて、誰に助けを求めたらいいのかわからない状態で、頼みの綱が警察だったわけです。それが、警察のほうから、その綱を切られてしまったわけですから」


●警察に対応をしてもらうには?

――スマイリーさんの場合は、たまたま中野署に出向いた際に、刑事課の『O警部補』に出会えたことで風向きが変わり一斉検挙に至りました。誹謗中傷に悩む人にとっては一体どこの窓口にいけばいいのでしょう。


「警察も病院と一緒で、尋ねる課や方法をよく知っておいた方が良いですね。誹謗中傷、名誉毀損、脅迫は刑事課、リベンジポルノ、ストーカー、DVは生活安全課というように分かれています。目にものもらいができた時に皮膚科に行っても治してもらえないのと同じで、担当が違う課に行っても対応はしてもらえません。


警察も、インターネットの捜査ができる刑事さんは未だに少ないんですね。最近は、自分が警察に相談していた時よりも、力を入れるようになったのかもしれません。直接いきなり警察署に行くよりも事前に電話をして、インターネットの捜査ができる刑事さんのアポイントを取り、確実に時間を指定することです。


理想でいうと、アルバイトの面接に行くイメージです。いきなり行っても雇ってはもらえないのと一緒。なるべく身なりを整え、言葉遣いに注意する。名刺ももらえば、相手にもプレッシャーになるかもしれません。


階級も、巡査部長以上だったら告訴状を書けます。または最寄りの警察署と、名誉毀損、脅迫などで検索してみれば、過去にその警察署でそういった事件を検挙しているか確認できますし、ただ警察の異動は2年単位なので、古い記事だと刑事さんは配置換えになっており、そこが難しいところです」


●あきらめなかった理由

――対応した警察のネットへの知識のなさやぞんざいな対応、弁護士も専門分野があり、誰に相談すればいいか分からない…自分であれば途中で諦めてしまうだろうという局面が多々ありました。それでも諦めなかったのは何か思うところがあったからですか?


「当初、民事で裁判をやろうとしていて、プリントアウトした誹謗中傷の書き込みを読み返していました。すると、僕が『犯人』だとされた事件(女子高生コンクリート詰め殺人事件)の被害者を茶化す書き込みがけっこうあったんです。その言葉は許せないなというのが奮起した理由でもありますね。


それに加えて、一緒に住んでいる彼女や周りの人を守らなきゃいけないという思いも奮起する理由にもなりましたね。ここであきらめたら、事実無根であることは証明できない。CMに出ればスポンサーの所に、番組に出れば放送局にといった具合に、嫌がらせが続いていました。放置することはできませんでした」


(後編はこちら→ https://www.bengo4.com/internet/n_6208/ )


【取材協力】


スマイリーキクチ


太田プロダクション所属のお笑い芸人。東京・足立区で発生した女子高生殺害事件の関係者だという情報が流れたことをきっかけにネットで誹謗中傷を受ける。2009年に19人が摘発された。2011年「突然、僕は殺人犯にされた」を出版。


オフィシャルブログ「どうもありがとう」https://ameblo.jp/smiley-kikuchi/


【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(霞っ子クラブ著/新潮社)、「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(高橋ユキ/徳間書店)など。好きな食べ物は氷。


(弁護士ドットコムニュース)