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小野島大が選ぶ、エレクトロニック・ミュージックの“知られざる”新作9選

2017年06月11日 10:52  リアルサウンド

リアルサウンド

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 2カ月ぶりのご無沙汰でした。今回もエレクトロニックな音楽の新作から挙げてみます。この時期であればコーネリアスの新作『Mellow Waves』(6月28日発売)も圧倒的に素晴らしい傑作なんですが、ここではもっと知られざる作品・アーティストを紹介しましょう。


 2年前のファースト・アルバムが大きな話題を呼んだジェイリン(Jlin)のセカンド・アルバム『Black Origami』(PLANET MU)が早くも登場。ジューク/フットワークの大将RP・ブーの愛弟子という触れ込みながら、師匠を超える圧倒的なオリジナリティをデビュー時に早くも確立していた才女が、セカンドでさらに飛躍。いったいナンダコリャ、と言いたくなる奇妙キテレツな、変則に次ぐ変則なアフロ・トライバル・ミニマル・ビートはクセになります。師匠のようなダーティな荒々しさ、猥雑さは薄いですが、まるでエイフェックス・ツインとオウテカとスティーヴ・ライヒがシカゴのゲットーに迷い込んで錯乱したような異様なサウンドは、確かにダンス・ミュージックの画期となりうるはずです。メロディらしいメロディがほとんどなく、ノイジーで複雑怪奇なリズム・アレンジがほとんどすべてという音楽なので、聞く人を選びそうではありますが、MVもヤバいです。


 名古屋を拠点に、C.O.S.A.×KID FRESINO『Somewhere』や、この欄でも紹介したCampanellaの大傑作『PEASTA』など、さまざまなアーティスト/作品へのビート提供やリミックスをおこないながら、プロデューサー/トラックメイカーとして活動するのがラムサ(Ramza)。自主制作でリリースされたファースト・アルバムに続いて初の全国流通となるセカンド・アルバムが『pessim』(AUN Mute/ウルトラ・ヴァイヴ)です。ヒップホップを軸に多様なビートを繊細かつ大胆にコラージュ。硬質なテクスチャーと荒涼としたサウンド、変則的なリズム、ゆらゆらと浮遊するレイヤーが聞く者の五感を拡張するような刺激的で濃密な音空間を作っています。フライング・ロータスやARCA、OPN等が引き合いに出されますが、手を伸ばせば触れられそうな生々しい実在感と、どこか日本的な情念の感じられるあたり、私はDJクラッシュを初めて聴いた時のことを思い出しました。注目の逸材です。ぜひライブを見てみたいですね。


 ラムサの『pessim』をインスピレーションに映像作家TAKCOMが作ったショートフィルム。これもヤバい。


 ポスト・ダブステップ的な鋭角的エレクトロニカと、会田誠『切腹女子高生』をアートワークに使用したことも話題となったファースト・アルバム『クァランティン(Quarantine)』(2012年)が絶賛され注目されたローレル・ヘイローの4年ぶり3作目が『ダスト(Dust)』(Hyperdub/Beat Records)。よりフロア・コンシャスなテクノに大きく接近した前作『チャンス・オブ・レイン(Chance of Rain)』(2013年)、そこからさらに音数を削ぎ落とし、徹底してミニマルでストイックでアブストラクトなエクスペリメンタル・テクノを展開したミニ・アルバム『イン・シチュー(In Situ)』(2015年)を経ての一作ですが、ファースト・アルバム以降封印していたボーカルを大きくフィーチュアしているのが大きな特徴。はっきり言って歌はヘタクソですが、そのぶん声を完全に素材として使い切ることで、きわめてユニークなコラージュ・アート~インディ・ポップとなっています。そのぶんストイックなテクノ・アルバムとしての明快な魅力は薄れたので賛否両論でしょうが、こっちの方がローレル本来の魅力に近い気も。6月24日発売。


 ブリストルのベース・ミュージックの中核としてレーベルやレコード・ショップを経営するかたわら、アーティストとしても活躍するペヴァラリスト(Peverelist)ことトム・フォード。ダブステップ以降の音響感覚を現代のエクスペリメンタル・テクノに接続するような意欲的な試みを行っていますが、自ら主宰するレーベルからの3年ぶりの3作目『Tessellations』(Livity Sound)では、さらにテクノ~テック・ハウス寄りになって、ダンス・トラックとしての機能性が増しました。コズミックなサイケデリック感が持続し、硬質な電子音が打ち付けるように断続する、ピチピチと跳ねる小気味のいいミニマルなダンス・トラックを披露しています。音のいい小箱で踊ってみたくなる音ですね。


 2001年にベーシック・チャンネル傘下の<チェイン・リアクション>から12インチ『Ship-Scope』を出したきり音沙汰がなかった埼玉在住の日本人テクノ・クリエイターShinichi Atobe(跡部進一)が、UKマンチェスターのエクスペリメンタル・テクノの雄デムダイク・ステアにフックアップされ復活、彼らの主宰するDDSレコードからファースト・アルバム『Butterfly Effect』をリリースしたのが2014年。今作『From The Heart, It’s A Start, A Work Of Art』(DDS)は3作目です。17年ぐらい前に作った曲と新曲が混ざっているという話ですが、時差は感じません。非常に細やかに、ディテールまで神経の行き届いたクールで端正でデリケートなミニマル~ダブ・テクノ~アンビエント~エレクトロニカ。このストイックなまでに音数を抑えひそやかに、箱庭的に展開するサウンドは、やはり日本人ならではの抑制の美学が宿っている気がします。


 あの新鮮だった前作『ラッキー』から早くも4年。アーティスト写真を見ても少年ぽさが薄れ、すっかりオトナの雰囲気が出てきた環ROYの新作が『なぎ』(B.J.L.×AWDR/LR2)。4年の間にソロだけでなくさまざまなコラボや客演、ユニット、美術館や劇場、ギャラリーでのパフォーマンスやインスタレーション、映画・TV番組音楽の制作など、活動の範囲を大きく広げ、たくさんの経験を積んできた彼の大きな成長が実感できる一作です。K.A.N.T.A,、Shingo Suzuki、 三浦康嗣、Daisuke Tanabe、Ametsub、Taquwami、OBKR、Aru-2、蓮沼執太といった一癖あるメンツが手がけたトラックもユニークで新鮮ですが、環ROY自身の落ち着いたボーカルがとても印象的です。全体に漂う平熱の叙情とメロウネスは、コーネリアス新作と通じるものがあったりなかったり。期待を遙かに上回る快作でした。6月21日発売。


 先日リアルサウンドでも紹介したナカコーこと元スーパーカーの中村弘二の随時更新のプレイリスト・プロジェクト「Epitaph」が本格スタートしています。現在は4曲がアップされてますが(曲名の横の日付は曲が完成した日でしょうか)、今後も焦らずゆっくりしたペースで更新していくようです。音は現在のナカコーの興味であるアンビエント~ドローンとかエレクトロニカとか。1年後2年後にどんな形に育っているか。楽しみですね。


 ニック・ホップナー(Nick Hoppner)は、ドイツ・ハンブルグ在住のDJ/プロデューサー。2年ぶりとなる2枚目のアルバムが『Work』(Ostgut Ton)です。アーティストとしてのリリース経験はまだ13年ほどですが、音楽ジャーナリスト、レーベルA&Rなど裏方経験も長く、ドイツのアンダーグラウンドなディープ・ハウス・シーンを表裏から長く支えてきた中心人物です。インタビューの受け答え等を見ても知的でバランス感覚に富んでいるようで、それはこのアルバムにもよく表れています。メロディアスで柔らかい王道のハウス・ミュージックと、ディープでダビーな新感覚の現代のハウスのミクスチュアが巧みで自然です。トラックのクオリティも高く楽曲もよくできています。


 シークレット・ヴァリュー・オーケストラ(Secret Value Orchestra)はパリの3人組で、この『Unidentified Flying Object』(D.KO Records)は、ファースト・アルバムですが、メンバーはそれぞれパリのダンス・シーンではキャリアのある人たちです。優雅で洗練されたオトナのハウス~ファンク~R&Bで、ムーディマンなどに通じる黒光りするディープ・ハウスからジャミロクワイみたいなダンス・ポップ、フュージョンにも通じるジャジー・ブレイクスまで、特に新しいことはやってませんが、そのファンキーでありながら泥臭くならないソフィスティケイトされたグルーヴは幅広い支持を得そうです。


 ではまた次回。(文=小野島大)