2017年06月10日 09:13 弁護士ドットコム
2017年4月、東京大学の入学式が日本武道館で行われた。この日、入学したのは、難関を潜り抜けた男子2484名、女子636名の、計3120名。日本の大学の中でトップ、世界大学ランキングで34位の東大。その入学式で子どもに付き添った保護者たちは、一様に晴れ晴れしい顔をしていた。
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東大卒という輝かしい学歴ではあるが、東大卒ゆえの「生きにくさ」を抱えている女性は少なくない。医師や弁護士という資格職以外の一般企業で働く女性たちにとって、東大卒の肩書は、卒業後の人生にどのような影響を与えているのだろうか。前編では、東大卒業後、放送局で働いた後、現在は専業主婦をする女性(37)に話を聞いた。(ルポライター・樋田敦子)
神奈川県生まれの小川良枝さん(37歳)=仮名=が東京大学文学部を卒業しようとしていた2002年、世は就職氷河期だった。文学部とあって進んだ学科の半数が女子。クラスの大半が大学院へ進む中、小川さんは、放送局か出版社に行きたいと、マスコミを目指した。
就職試験も難なく突破し、志望した放送局に入社を果たした。配属は営業局。広告代理店とやり取りしながら、広告をとるセクションで、男性でも過酷な職場と言われ、「女性社員は1年でつぶれていく」職場としても有名だった。
「同期も上司も、周囲はラグビー部など体育会系の出身で、とにかく頭ごなしに怒られる。『女がいると迷惑なんだよ』と面と向かって言われたこともあります。さらに東大卒ということで、『東大を卒業して頭のいいやつに俺は会ったことが一度もないよ』と、面と向かって言われたことも。東大で女、そこを突かれて嫌な思いをしました」
当時の営業職は、取引先と一緒に飲みに行くことが必須だった。夜な夜な飲みに行って関係を築くという古い体質で、上司が帰宅しなければ帰宅できない。
小川さんは酒をまったく受け付けない体質。それに加え、家が遠い、勉強が得意なだけという東大卒への偏見、営業職にとっての、良いとはいえない条件が重なっていた。飲めない分、食べることで存在感を示そうとしたが、それにも限界があった。
「なまじお酒の飲める女性は、飲み会に付き合っては取引先からも、自社の先輩からもセクハラまがいのことを言われて疲れていました。放送局の営業は、元タレントのような美人も多かった。仕事をとってくれば、『美人だから仕事をもらえて得してるね』。仕事ができなければ『ふん、女は使えないなあ』と露骨でした。
美人ではない私は、むしろラッキーでした。東大卒ということで得したのは、いち早く名前を覚えてもらえたことくらいですね」
3年目になって職場に慣れていった小川さんは、ある男性の先輩が何も仕事がないと、午後6時には退社。飲み会もオフィシャルな飲み会にしか参加せず、それでも仕事ができるので、周りから認められていることを知った。
仕事とプライベートをきっちり分けても仕事はできる。その先輩の仕事のやり方を目指した。やっている営業の仕事は、飲み会に出席しなくてもできる。体力で勝負しなくても、目標を立てて考え、算数をするように数字を積み上げていけばいい。ゲーム感覚で仕事をすると自然と結果がついてきた。
「算数なら得意ですから(笑)。一般的に女で東大は、ブスだとか、あれこれ言われるのは理不尽でした。肩身は狭かったけれど、へこんでいても仕方がない。営業部では、それまで女性が育っていなかったせいか、成績を上げたことでだんだん評価されるようになっていきました。扱う金額が大きいので、仕事はやりがいがありました」
あまりの過酷さに潰れていく社員が多い中で、小川さんは営業で数年間働き、希望していた別の部署に移った。比較的、教養のある人が多い部署だったので、東大卒だからといっていじめられるようなことはなかった。そして、30歳のときにかねてから知り合いだった東大卒、異業種の男性と結婚した。
「合コンは苦手でしたね。東大と聞くだけで『東大に入れても日芸〈日本大学芸術学部〉には入れないよな』と言うクリエイターの男性もいました。やはり結婚するなら東大の人が楽でした」
妊娠して、育休も取得した。復帰した後、夫と双方の両親の手を借りながら仕事と両立させたが、夫の転勤に伴い、放送局を辞める決意をした。夫が単身赴任してのワンオペ育児の大変さや今後の仕事の課題を思うと、ここは夫のキャリア形成のほうが大事だと思ったからだという。
「東大卒の肩書ですか? 周囲の偏見に屈せずに頑張った営業時代は、結果的にプラスになったと思います。ママ友にはあえて、東大卒ということは言っていません。フェイスブックを見れば分かるんですが、子育ての場でわざわざ学歴を言っても仕方ないから黙っています」
今は子育てをしながらの充電期間と割り切っている。もう一人、子どもが欲しいとも思っているからだ。仕事はしたいけれど、再就職してすぐに妊娠では会社に迷惑がかかるだろう。だから今は「待ち」なのだ。子育てがひと段落したら、これまで培ったキャリアを活用して働くか、海外の大学に通いたいと考えている。
最後に、電通の過重労働で自殺した高橋まつりさんのことを聞いてみた。
「あんなに美人だったから、いろいろ周りから言われたでしょうし、頑張り屋さんだったからつらかったのだと思う。男性からも女性からもやっかみはあったと想像できます。それ以外のストレスもあったでしょう。学歴も美しさも兼ね備えた彼女のつらさは想像できます」
東大は、1946年から女子にも門戸を広げ、108人が受験した。そのうち入学したのは19人。全入学者のわずか2.1%だった。現在、女子も多くなったとはいえ、未だ20%未満だ。
しかも東京や関東近郊の出身者が多いため、今年度から東大が月3万円の家賃補助制度を始めた。その対象となるのは、自宅から90分以上かかる女子学生とし、駒場キャンパス周辺で東大と提携している安全性の高いマンションなどに入居した際に、最長2年間利用できる。
女子寮が老朽化にともなって閉鎖されていたことも背景にあったといわれるが、「なぜ女子だけ?」という批判も噴出した。地方出身の女子学生の親からはおおむね好評だという。
東大法学部を卒業後、財務省に入省し、ハーバード・ロー・スクールを卒業して弁護士になった山口真由さんは自身のブログでこうコメントしている。
「東大女子は、男子なのか女子なのか。自分の中にある女性性にわだかまりがあって東大女子の生きづらさが、東大に女子志願者が増えない遠因ではないか。自分と社会の両方が要因となって作り出される」(2016年11月30日)
東大女子であるがゆえの生きづらさについて、次回も見ていこうと思う。
【著者プロフィール】
樋田敦子(ひだ・あつこ)
ルポライター。東京生まれ。明治大学法学部卒業後、新聞記者を経てフリーランスとして独立し、女性と子どもたちの問題をテーマに取材、執筆を続けてきた。著書に「女性と子どもの貧困」(大和書房)、「僕らの大きな夢の絵本」(竹書房)など多数。
(弁護士ドットコムニュース)