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BOMIの『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』評:東京に生きていることを少し愛せるようになる

2017年06月04日 16:52  リアルサウンド

リアルサウンド

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 BOMIが新作映画を語る連載「えいがのじかん」。第5回となる今回は、現代詩集としては異例の累計27,000部の売上げを記録している最果タヒの詩集を、『川の底からこんにちは』『舟を編む』の石井裕也監督が実写映画化した『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』をピックアップ。現代の東京の片隅に生きる若い男女の恋愛模様を描いた本作を、BOMIはどう観たのかーー。(編集部)


参考:『夜空はいつでも最高密度の青色だ』映画化はなぜ成功したか? 石井裕也監督と孫家邦Pのつながり


 『映画 夜空はいつでも最高密度の青色』は、これまであまり観たことがないジャンルというか、いい意味ですごく異質な作品でした。すべてを理解しようとしないほうがいい、感性で観る映画だなぁと。その瞬間瞬間にある情報を受け取るだけで楽しめるのですが、それと同時に、こういう作品が世の中にどう受け入れられるのかが非常に気になる作品でもありましたが、世間的にも評判がいいみたいですね。


 私は原作者の最果タヒさんの作品がもともと大好きで。詩って、今の若い人たちにとって割と滅びつつあるものだったと思うんです。だけど、タヒちゃんは、若い人の感性で、しかもわかりやすい言葉で、確実に人の心の中をえぐってくる。“今”を言葉で切り取るのがすごく上手いんですよね。そんな言語感覚が面白くて、詩人としても革命的だなと思っていました。


 なので、正直映画はどうなるんだろう……と不安になりつつも、石井裕也監督だったら「え?」という感じにはならないよなと安心している部分もあり……。で、実際蓋を開けてみると、「こういう感じできたか!」と驚きが大きかったですね。原作の言葉が最も響く形で、映画としてのストーリーに落とし込んだのではないでしょうか。画づくりやカット割りも面白くて、「これはどういうことだ?」と考えさせられる部分も結構多かった。全体的に昭和の映画かな? という感じのトーンも独特でよかったですね。


 石井さんの映画って、いい意味であまり作風がないというか、誰の作品かを知らずに映画を観て、「これは石井裕也の映画だ!」とはあまりならないなって思っていて。それほど監督として幅広い引き出しを持っているにも関わらず、ちゃんと毎回愛を持って、役者さんをすごく魅力的に撮る人だなぁと。


 何より、今作の池松(壮亮)さんは本当に素晴らしかったです。カッコよくもなれるし、ちょっとむさい感じにもなれる。素敵な俳優さんだなと改めて思いました。池松さんの演技って、すごく柔らかいんですよね。彼が出てきてから画面の強度が圧倒的に増した。石井さんの演出なのか、本人が考えてやっているのかはわかりませんが、捲し立てるように話すキャラクター設定や役作りも、原作の詩との繋がりが感じられました。


 池松さん演じる慎二は、工事現場で働きながら、社会に適応しきれない自分にもがいている存在です。学生時代は成績優秀で、将来も有望視されていたけど、今は年収200万で工事現場で働いている。だけど、悲壮感はないんですよね。人にどう思われるかとかではなく、自分の中できちんと完結する世界がある。外との繋がりがなくても、自分が納得していればそれでいいというか。それがすごく現代を反映しているように思えました。バスを待っている人たちが、みんなスマホを眺めているシーンが冒頭に出てくるのですが、あれも完全に狙って撮っていますよね。現実世界でも実際にそうですが、改めてその光景を見せられると、本当に異様な光景だなぁと感じて。たまに、電車で携帯の電池が切れちゃって、自分だけ見るところがないもんで顔を上げて車両を見渡すとゾッとする、あの感じ。


 ヒロインの美香を演じた石橋静河ちゃんは、友達なんです。初めての主演映画ということで、大変だったんだろうなぁと思うところもあったのですが、石井さんの演出だったり、池松くんをはじめとする周りの役者さんたちとの調和によって、その不器用なまっすぐさがキャラクターに生かされて、物語が後半に進むにつれどんどん魅力的になっていきました。この作品でデビューできたのは、静河ちゃんにとってすごく幸せなことだなぁと、少し羨ましくも思います。こんなに大切に撮ってもらえることって、なかなかないでしょうから。今回は詩からの着想を得た映画ということで、朗読のような語りが多用されているのだけれど、静河ちゃんの声って、バリトンみたいに中域が深くてすごく聞きやすい。素敵でした。大注目されるのはこの映画を見て間違いなしなので、これからたくさんの経験を重ねて、どのような女優さんになっていくのかが今からすごく楽しみです。


 静河ちゃん演じる美香は、都会、というか東京に対して、すごくネガティブな思いを抱いています。私自身も都会で生きていく生きづらさを感じることがあるのだけど、それでも田舎に帰らずに、結局都会で生きることを選んでいるんですよね。


 私が大阪から東京に出てきたときに最初に思ったのが、東京の人は私のことをそっとしておいてくれるということ。例えば、道端とかで急に泣きたくなったことがあったとして、そこで思いっきり泣いたとしても、みんな放っておいてくれる。大阪だと「大丈夫か? 飴ちゃんいるか?」ってなってしまうんですけど(笑)。別に冷たいとかではなくて、個々に抱えているものがあって当然という感じがあるような気がして、私はそれが心地いいなと感じるんです。どこにいても孤独は感じるものですが、東京は特に孤独を感じやすい場所だなと。自分にぴったりの居場所はどこなのか、いつか見つかるのか……。そういう気持ちを抱えてる人にとっては、タヒちゃんの言葉ってすごく刺さるものがあると思います。東京に生きていることを少し愛せるようになる映画でした。あとは池松さんが歌うあのシーンだけは、絶対に映画好きには観てほしいなと。彼は映画の中でちゃんと存在して生きられる人、天才だなと思いました。


 近年の日本映画とは一線を画す作りになってる本作、気になった方は是非映画館で観ることをお勧めします。(BOMI)