トップへ

荻野由佳&NGT48、なぜ大躍進? 『ご当地アイドルの経済学』著者が読み解く

2017年06月04日 07:03  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 AKB48の勢いが最盛期だった2010年から12年頃までに比べて失速しているのは、誰の目にも明らかだろう。女子アイドル市場の中心が、秋元康氏のプロデュースということは同じでも、乃木坂46、欅坂46の両グループなどに移っている。だが、それでもAKB48総選挙という国民的行事の話題性はまったく別物だ。今年の総選挙の速報で、長年待たれた現象が生じた。それは衝撃的な新星の誕生だ。誰もが予想しない形で、AKB48だけではなく日本のアイドル界の中核担うだろう注目の新星がついに登場したのだ。


参考:チーム8 大西桃香 VS NGT 中井りか、AKB総選挙アピール配信で激戦 新ヒロイン誕生なるか?


 荻野由佳、18歳。愛称はおぎゆか。新潟市を本拠とするNGT48のメンバーである。筆者は彼女の名前が速報のトップに出たときに、多くの人と同じように驚いた。その驚きは圧倒的な票数と順位だけではない。実は去年、NGT48の誕生と同時に出版した拙著『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)の中で、彼女を特に強く推すと明言していたからだ。


 現在のアイドルの必要条件はなんだろうか? それは容姿でもなければパフォーマンスでもない。“決して諦めないこと”だ。荻野由佳はその意味ではこの必要条件を満たしていた。AKB48の第14期生オーディションに落選、第15期生の仮研究生になったが任期終了。2014年にバイトAKBとして一年限定の活動をする。やがて荻野にようやくチャンスが訪れる。それは第2回AKBドラフト会議で、NGT48のメンバーとして選ばれたことだ。選んだのは、現在、NGT48のキャプテン北原里英だ。私は彼女に選んだ理由を聞いたことがある。


 北原が語った理由は、新潟の女の子の平均身長が高く、そのイメージにあったスラリとした“きれい系”を探していたとのこと。具体的には少女時代(韓国のアイドルグループ)みたいな感じだという。ドラフト会議では、荻野ともうひとり西潟茉莉奈(がたねぇ、速報34位)は、「まさにピンポイントにきれいどころを」(北原)選んだものだった。


 もちろん美形なことだけで生き残れるほど甘い業界ではない。特にNGT48には他のAKBグループにはなかった宿命(高いハードル)が待っていた。それは新潟という地方都市でコアなファン層を形成し、さらにそれを基盤として全国にはばたくということだ。例えば、先行するSKE48、NMB48、HKT48などは地方とはいえ、新潟とは比べものにならない大都市=市場を背景にしていた。またその活動は地元密着が中心ではない。


 他方で、NGT48はその誕生の経緯から、地元経済振興の旗振り役を期待されていた。特に新潟駅近くの再開発地域である万代地区の活性化である。彼女たちの初シングル曲「青春時計」のMVはその意味で象徴的だ。SHOWROOMの配信でカルト的な人気を博した中井りかが、万代シティを歩く姿から始まる。そして世代と男女問わず広がる地元ファンとの絆をその映像は刻んでいる。


 新潟市や地元の企業群の後押しは抜群だ。だが、それでも地元でコアなファンを形成しなければいけない。実際に、NGT48がデビューするときに、本当に彼女たちが地元密着型なのか批判する声も多かった。まるで外資系の巨大企業が外圧のように押し寄せてくるかのようなイメージでとらえる人たちも多かった。だが、それらの声は間違っていた。本拠地となるNGT48劇場での公演、さまざまな地元目線のイベントや企画での彼女たちの活動は、着実に地元にコアなファン層を形成していた。もちろん東京や近県から劇場公演に通ってくるファンも忘れてはいけない。NGT48はいままでどのグループも成し遂げなかった、“自らの手で地方に市場をつくりだすこと”に成功したのだと思う。


 そしてこのコアなファン層の支持を基礎にして、荻野由佳だけではなく、NGT48のメンバーの速報での大躍進につながったことは明白だ。さらにそれだけではない。初シングル『青春時計』のPRイベントで全国をメンバーが手分けしてキャンペーンを行った、この地道な活動も忘れてはいけないだろう。実際に筆者も北海道新聞から取材を受けたことがあり、北海道での予想外ともいえる人気の一端を知った。
 NGT48の人気が地元密着で、それがいよいよ全国認知に至ってきたことはわかった。だが、なぜ荻野由佳なのか? この答えはもっともらしく書けばいろいろ列挙することができるだろう。例えば、『ご当地アイドルの経済学』の中では、彼女のパフォーマンスが独特のオーラをまとっていたことを書いた。彼女のイメージは、NGT48の象徴でもあるトキの華麗な姿にだぶる。また握手会の神対応も話題だし、SHOWROOMでのマイペースであっけらかんとした語りも人気だった。だが、それは多くのAKB48グループのメンバーにもいえることだ。


 経済学が最近強調している点で語ろう。それは“偶然”だ。まさに偶然の神様が彼女に舞い降りたとしかいえない。偶然は何も彼女に実力がないことを意味しない。経済学者のロバート・H・フランク教授は、近著『成功する人は偶然を味方にする 運と成功の経済学』(日本経済新聞社)の中で、実力偏重主義に警鐘を鳴らしている。「あなたが成功したのは、実力だけではない。あるいは実力よりも偶然だったかもしれない。そしてその偶然であることをしっかりと見極めて、傲慢にならず(たまたま成功しなかった人、光があたらなかった人への配慮と思いやりを忘れず)また地道に努力を続けよう」、と書いている。一見するとお説教のようだが、フランク教授はこの偶然の経済学を実証的に証明している。偶然を味方にする実力こそが、荻野由佳の今後にさらに待ち構えているだろう。そして私見では、そのハードルを彼女なら乗り越えることができるだろう。なぜなら彼女ほどその経歴からみても、アイドルの“敗者”(偶然に恵まれないでいるルーザー)の気持ちをわかっているものはなかなかいないからだ。そしておそらく今回、投票した多くのファンは彼女のその一面を、筆者よりもより深く理解していたのだろう。素晴らしいことだ。


 筆者は、荻野を見出した北原里英にももちろん頑張ってもらいたいと思っている。彼女もまた長く選抜落ちした経験をもつ。つまり“敗者”だったものの気持ちがわかるアイドルだからだ。その“敗者”(ルーザー)だったふたりが、たまたまドラフト会議で出会い、やがてこの衝撃的なドラマを生み出した。偶然の女神の采配だ。だが、AKB48総選挙というドラマはまだ始まったばかり。その運命の行きつく先を心して待ちたい。(田中秀臣)