方言ブームが叫ばれて久しいが、転居先や旅行先で当然のように発せられた表現に「えっ!?」と思った経験がある人もいるのではないだろうか。
三省堂から6月2日、『東京のきつねが大阪でたぬきにばける 誤解されやすい方言小辞典』が発売される。著者は「出身地鑑定!! 方言チャート」を制作したゼミを率いる、東京女子大学の篠崎晃一教授だ。
東京のたぬきは「揚げ玉」、大阪のたぬきは「蕎麦」
同書では、その地域の人が方言だと思っていない「気付かない方言」「誤解されやすい方言」を取り上げている。方言には共通語と同じ語形でありながら、異なった意味で用いられることも多い。
たとえば「たぬき」。東京ではうどんであれ蕎麦であれ「揚げ玉(天かす)」がのっていれば「たぬき」、「甘辛い油揚げ」がのっていれば「きつね」という。しかし大阪で「たぬき」を注文すると、甘辛く煮た油揚げをのせた「蕎麦」が運ばれてくる。東京の「きつね蕎麦」が「たぬき」に化けてしまったのだ。
しかし、もともとうどんは大阪の標準的な食文化。その中で、甘辛く煮た油揚げをのせた「うどん」が「きつね」として食されてきた。そこに標準から外れた蕎麦を使ったことで「たぬきに化けた」と捉えられたわけだ。
つまり「きつね」「たぬき」について、東京では具の違いであるが、大阪ではうどんか蕎麦の違いで具は油揚げと決まっている。大阪の人が東京で「たぬき」と注文して「そば? うどん?」と聞かれ、変なこと聞くなと思いながらも「そば」と返すと出てきたのは揚げ玉ののった蕎麦だった、という悲しい出来事もあっただろう。ちなみに京都の「たぬき」はまた別の食べ物を指すため、これもまたややこしい。
「この服、少しきもいんで別の持ってきてください」
ほかには「背中をかじる」という言い回しもある。山梨では「背中をかじる」「頭をかじる」などのように「かゆいところをかく」の意味で使われる。
共通語の「かじる」は「かたいものの一部を少しずつ歯でかんでけずりとる」という意味だが、山梨では「かゆい部分をけずりとる」という発想なのかもしれない。隣接する長野・静岡でも使うという。
「かじる」が方言であることに気付いていない人も多く、東京に住む孫に「背中かじって」と頼んだら歯型を付けられたというエピソードもあるようだ。
他にも「今夜はだいてやるから好きなだけ飲め!」(富山)や、「この服、少しきもいんで別の持ってきてもらえますか」(愛知・岐阜など)といった共通語と同じ語形なのに全く意味が異なり、知っているのと知らないのでは印象が大きく変わる方言などが紹介されている。
語形の五十音順に掲載されており辞典として活用できるほか、どのページからも読むことができる。巻末には県名や地域名から調べられる索引や、共通語の意味からも探せる項目がある。
かつては「方言コンプレックス」などといわれ隠す存在だった方言。いまでは人の結びつきを強くしたり地域色をアピールしたりするものとして価値が見直され、積極的に使われるようになっている。その意味でコミュニケーションの一端を担う一冊かもしれない。