インディ500は、今も生き続けるアメリカンドリームだ。勝者はミリオネアになるだけでなく、全米中に名前と顔を知られるスーパースターへと変身する。これに4回も勝っているAJフォイトは、まさに伝説のレーサー。アメリカで最も知名度、人気の高いドライバーが彼だ。
去年まで佐藤琢磨はフォイト御大のチームで走っていたが、サインを求めるファンは現役ドライバーの琢磨の方へではなく、80歳過ぎのオーナー=AJに殺到し、元F1ドライバーを驚かせていた。琢磨はアメリカでも決して人気の低い方のドライバーではなかったのだが……。
そんな琢磨は、インディ500決勝レースの翌日は恒例のウイナー撮影会へ。朝9時からインディアナポリス・モータースピードウェイのメインストレート上にマシンとトロフィーを並べ、ズラリと並んだカメラマンの前でスポンサーロゴの入った帽子を琢磨はとっかえひっかえ、隣りにチームオーナーやスポンサー、チームスタッフらを次々並べてポーズを作り続けた。
これは延々3時間にも及んだが、琢磨の笑顔が絶えることはなかった。インディ500で勝つことがいかに難しいか、身をもって知っているドライバーだからこそ、8回目の挑戦で見事に目標を達成し喜びに浸っていた。一晩の後でも彼の体は感激で満たされていたのだ。
撮影後はプレスルームで会見。さらにメディア対応が続き、休む間もなく夕方5時からの表彰パーティへと雪崩れ込んだ。スピーチで何を言おうか、考えている余裕も与えてもらえない。
参戦ドライバー33人が着飾って会場に集まり、カクテル、ディナーも含め、賑やかで、しかし仲間内だけの和やかさに包まれた表彰式は執り行われた。これが5時間という長さだ。
全ドライバーが順に壇上へと招かれ、自分の話を少しして、琢磨とアンドレッティ・オートスポートの勝利を讃えた。そして、最後に琢磨が長い、長いスピーチ。自分とレースとの出会い、キャリア、そして前日のレースの決定的瞬間までを話し、最後にはチームのクルーひとりひとりの名前を挙げて感謝を伝えた。
琢磨が受け取った賞金は約250万ドル。日本円に換算すると3億円ほどだ。相変わらずインディ500は賞金がドデカい。
琢磨はパーティの余韻に浸る間も与えられず、その晩のうちにニューヨークへと飛ぶ。ここからの忙しさに、インディ500で勝つことの意味が見てとれる。これだけの注目を浴びる存在なのだと驚かされる。
そのインディ500ウイナー恒例のツアーは、火曜日早朝にスタートする。ラジオとテレビのモーニングショーをハシゴし、ニューヨーク証券取引所で始業の鐘を鳴らし、エンパイアステートビルの屋上で記念撮影を行うが、コンスタントに休む間も無くテレビ番組出演やメディアの取材が続いていく。
締めは高層ビル最上階のバーでメディアとVIPとともに乾杯……なのだが、これで終わりではない。夕方にはニューヨークからテキサスへと1500マイルを一気に移動。水曜には再来週のレースに向けたプロモーションに参加し、木曜はデトロイト入りして今週末のレースに備える……前に、ふたたびメディア向けのイベントを数々こなす。
大変なのは今週末のデトロイト戦がダブルヘッダーな点だ。金曜はプラクティスが2回、土曜はレース1の予選と決勝。日曜にレース2の予選と決勝。何もなくてもタフな3日間だというのに、インディ500ウイナーにはこれだけのハードスケジュールが課される。
その間にデトロイトのレース用セッティングについてエンジニアと話し合い、プログラムを吟味する時間も作らなければならない。
「琢磨の体がもつのか?」と心配になる。インディ500の巨額の賞金には、これだけのハードワークが自動的についてくる。それだけインパクトが大きいレースであり、アメリカのファンが注目するイベントなのだ。
レーサー冥利に尽きる栄誉を手に入れたのだから、このぐらいの忙しさは喜んで受け入れ、デトロイトで戦うためのエネルギーにかえてしまうぐらいでないといけないということらしい。
琢磨にとってデトロイトは一昨年のレース2で2位。3年前のレース2でポールポジション獲得と得意のコースでもある。ここでインディ500新ウイナーの実力を思う存分発揮してほしい。