トップへ

クラムボン・ミトに訊く最新バンド論 “直販スタイル”で遂げた創作活動の純化

2017年05月29日 16:43  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 クラムボンの新作が出る。タイトルは『モメント e.p. 2』。5曲の新曲を収めたミニ・アルバムだ。前作ミニ・アルバム『モメント e.p.』(2016年リリース)同様、完全自主原盤・自主制作・自主流通によるインディーズ作品である。


 本作は6月1日から始まるツアー会場限定での販売だ。7月からは彼らの活動に賛同し自ら申し出て直取引した全国のジャンルを問わないショップ(カフェ、古着屋、チェーン系居酒屋、バー、古本屋、寿司屋、寺院などさまざま)でも販売が始まるが、いずれにしろ通販でも、配信でも、一般の大型レコードチェーン店でも、『モメント e.p. 2』は買うことができない。ライブ会場に赴くか、全国の彼らの公式HPに掲載されたショップに行くしか聴く方法がない。いわば彼らの音楽に接すること自体が、ひとつの非日常であり稀有な体験なのだ。そこには、音楽がいくらでもタダで聴けてしまう現状、音源の価値が下落し際限なく安売りされている現実への、彼らなりの密かな抵抗の意思がある気がしてならない。


 そのあり方は、大量宣伝してヒットチャート上位に入ってTVの大型音楽番組に出て……などという旧来的な音楽業界のサクセスのあり方から完全に離脱している。プロモーションらしいプロモーションもなく、試聴用のインターネット上の音源リンクさえも用意されず、ライブと小店舗での手売りだけという状況で、しかし、前作は驚くほど大きな枚数を売り上げた。そこにはクラムボンという音楽ブランドへの絶対的な信頼感がある。彼らは「究極の家内制手工業を目指し」「自分たちの作品を自分たちで管理できて、利益も限りなく100%自分たちに還元できるシステム」(ミト談)を作り上げたのである。


 得られた利益は惜しげもなくCD制作に注ぎ込まれている。小淵沢のスタジオでのプリプロ作業を経て、戸田清章(レコーディング&ミックス・エンジニア)、滝口博達(マスタリング・エンジニア)といった国内外の一線で活躍する超一流のスタッフたちと共に、都内の伝統的大型スタジオ(サウンドインスタジオ)で完成させた。メジャー制作のアルバムと変わらぬ態勢で作られた本作は、音楽も、録音も、有無を言わせぬ圧倒的なクオリティである。そして凝りに凝ったデザインの特殊紙パッケージに包まれた工芸品のようなCDジャケットは、メジャーではできない自主制作ならではの贅沢だろう。


 リーダーのミトは、作家としてアニメ、アイドル、声優、劇伴など、日本のポップ・ミュージックの、まさに最前線で活躍する売れっ子音楽家でもある。またそうした生き馬の目を抜くような世界でのギリギリの戦いでどうやって生き抜くか、冷静に戦略を巡らす緻密な理論家でもある。だが『モメント e.p. 2』には、そんな戦略めいた仕掛けはなにひとつとして見当たらない。品があり、美しく、堂々としている。このうえなくポップなのにありきたりなJ-POPの文脈からは外れている。そこにあるのは、聴き手としっかり繋がるために音楽の質を上げる、という、音楽家としての王道を歩んでいこうとする意思である。だから今回のインタビューでは、あえて音楽的なことのみにフォーカスを絞って訊いている。(小野島大)


(関連:クラムボン・ミトが語る、バンド活動への危機意識「楽曲の強度を上げないと戦えない」


■「最近僕、(スマホの)ボイスメモのメロディでしか曲を作ってないんですよ」


ーー『モメント e.p.』(2016年)は、『triology』の時にほとんど完成していたという話ですが、今回は当然すべて新曲なんですよね。


ミト:そうです。


ーー今回の『モメント e.p. 2』の構想はどんなところから。


ミト:「2」を作ろうとは思ってたんです。『モメント e.p.』をまとめてる時から、次もこれぐらいのペース出せるんじゃないか、出したほうがいいんじゃないかというのは、なんとなくありました。1年で5曲ぐらい作るのが、今のクラムボンの3人の体力や集中度からするとちょうどいいぐらいかな、と思ってたんです。適度に追い立てられ、適度に自由にできる範囲で。これぐらいなら無駄に時間も予算も使わず、それなりの計画性をもった上でやれるかなと。もちろん、僕1人だったら年間フル・アルバム3枚ぐらい出せますよ。出せと言われれば。


ーー(笑)でしょうねえ。


ミト:でもそれをほかの2人に押しつける必要はない。3人がちゃんとカラーを出して、自分の中で咀嚼して作品として昇華できるのが、5曲。それでも大変でしたけどね。歌詞なんてどうするんだろうって、例のごとく(笑)。


ーー『triology』の時のリアルサウンドのインタビュー(クラムボン・ミトが語る、バンド活動への危機意識「楽曲の強度を上げないと戦えない」)では、とにかく歌詞制作の過程で原田郁子さんを徹底的に追い込んで作ったという話だったんですが、それによって原田さんの歌詞や制作に向かう姿勢に変化はあったんでしょうか。


ミト:まあ言ってもアーティストさんなんで、あんま変わらなかったですね(笑)。あの頃私は「その時に語るべきことを歌詞書きとして一生背負ってやってください」みたいなことを言いましたけど、のど元過ぎればなんとやらで。でも人間そんなものだと思うんです。ずっとやってきた自分のやり方をそう簡単に変えられるわけないし。なので歌詞のディレクションも、頭からダメだしするんじゃなくて、どうしたら彼女からいい言葉を引き出してあげられるかみたいな、いわゆるディレクター、コーディネーター的なやり方になっていったんです。


ーー彼女から自然にいい言葉が出てくるように整えて、お膳立てしてあげる。


ミト:そうそうそうそう。でもそう思ったらいろいろ吹っ切れて。今までは原田さんに対して「待つ」だけだったんですよ。待って待って自分がどうにかしたいんだけどどうにもできない、みたいなことで考えなくて良いことに自分も追い込まれちゃうみたいな。そこに巻き込まれるのがイヤだったんですけど、そこも全部ひっくるめてクラムボンでモノを作るってことなんだとようやっと気づいた。そのために感情を捨てて音楽的な筋トレをするーー技術力とスキルと忍耐力をつけてね。


ーー結果として彼女の書いた歌詞は満足のいくものになりました?


ミト:うん、いったと思いますよ。「レーゾンデートル」なんかは、最初彼女が持ってきた歌詞で使えたのは全体の1割もなかった。この一文だけ、みたいな。じゃあこの一文を広げていって書き直しましょうかって言って、4時間で全部書き上げた。


ーーその1文ってどれですか。


ミト:なんだったっけなあ……それもなくなっちゃったのかもしれないですねえ……ああ、この四文字熟語が連なっていく感じ。曲調が僕らからすると「ジャパニーズ・マナー」(アルバム『2010』に収録された配信シングル)っていうか、不思議な和風感があって、しかもグルーヴが強い感じだったので、四文字熟語を一杯並べたら面白いってことになって彼女がいっぱい書いてきてくれたんですけど、ここからかなあ……。


ーーひとつ種があって、そこからいろんなものを広げていって、いろいろいじっているうちにだんだん面白いものになっていって、でも元の種は原型を留めていない……というのは歌詞に限らず曲作りでもありますよね。


ミト:そうそうそうそう。幸いなことに私はリリックの構造についていろんな人のディレクションさせてもらってるから、そういう風に分解して一から書き直しても絶対にできるっていう方法や自信が今はあるんです。逆に言うと、私が普段作家としている現場の作詞家さんなんかは40分で1曲書くとか、そういうレベルの世界にいるので。


ーーああ、劇伴とかの世界はね。


ミト:私はその時間では書けないですけど(笑)、でも2時間で1曲とかやらされますよ。まあ歌詞はそこまで多いわけじゃないですけど、リリックの筋トレみたいなものは普通の人よりはさせてもらっているかもです。これははめやすいとか、引っかかるという言葉をいじってるうちに、なんかわからないうちに面白くなってる。


ーーそれは我々が文章を書く時も同じですね。悩んでも、ひとつ突破口が見つかれば、あとはなんとかなる。


ミト:うんうん。ありますよね。一個言葉があって、辻褄とか考えずどんどん思いついたことを連ねていくと、いつのまにか繋がっていく、みたいなことは今回もままありました。


ーー今回も曲先だったんですよね。


ミト:曲先です。それが面白いんですけど、最近僕、(スマホの)ボイスメモのメロディでしか曲を作ってないんですよ。


ーー鼻歌で。


ミト:そうそう。たとえば「flee」とかは、夢の中でTalking Headsが再結成して、その音源がラジオでかかってたのを全部覚えていた、ていうのが元なんですよ(笑)。


(スマホを見せる。「2016年にTalking Headsが復活したら」というタイトル。再生すると、ギター弾き語りでミトが鼻歌で歌っている)


ミト:これはもう夢の中で全部出来てたんで。そういうのを集めただけですね、今回は。


ーーそういう作り方って、アニソンとか声優さんの曲を作る時とは違うんですか。


ミト:あー、でもそれもあるかも。最近はとにかくメロが良くないと話が進まないことが多いんですよ。ボイスメモに1日3~4曲ぐらい入れてるんですけど、それを聞き直すことから作業が始まることもあって。鼻歌で歌ってるメロって、あとで音源とかコードにすると、私が手癖で触ったこともないコードが出てくるんです。


ーー自分が歌った曲でも?


ミト:そう、自分が歌った曲でも。メロも手癖があると思うじゃないですか。でも鼻歌ってあんまりないんですよね。複雑なコードやらシンセのかっこいい音とかで作るわけじゃないから。音に煽られて作ってないんですよ。潜在的欲求からしか出てこないっていうか。


ーーそれってすごく伝統的なシンガーソングライターの作り方って気がしますね。


ミト:ですよね? でもそれを超えるものが今のところないんですよ私。


「戦う相手が必要とか、そこはもうなくていい」


ーー打ち込みで作ってると、まずリズムから組んでいって、だんだん音を重ねていって、最後にメロディ、みたいなことも珍しくない。


ミト:もちろんそれもあるんですよ。「レーゾンデートル」とかは、頭のリフが先にあったので、そこからリズム全部組み替えて、音を聴いてそれからメロを当てていった。どっちかというと私、そっちの方が得意ですから。


ーーですよね。でも今は鼻歌で作ったほうがいい、と。


ミト:やっぱりね、ポップ・ソングを作るときは絶対そっちのほうがいいですね。


ーーなぜ? 口ずさみやすいってこと?


ミト:あー、そうですね。もはや運動だからじゃないですか。すごく自然な運動だからだと思いますよ。


ーー歌いやすいってことは共有されやすいってことですよね。


ミト:そうですね。そうですね。そうですね。うん……でもほんと小野島さんに言われなかったらわからなかったけど、私、超絶フォーク歌手みたいなことしかやってないですね(笑)。いやほんとそうだな確かに……。でもJ-POPというかポップ・ソングを作るって意味ではメロ先を超えることはほぼほぼないですね。シングル用の曲の場合、サビもAメロも、こっち(サウンドからメロディを作る)でうまくいった試しはほとんどない……。


ーーそのメロディはどこから出てくるんでしょう。


ミト:たぶん、いろんな曲を聴いてると、無意識にそこらへんのフレーズを自分の中で勝手に噛み砕いて歌ってることあるかもしれないですね。全然違うんだけどそれっぽい、みたいな。もちろんあとで確認するんですけど。鍵盤で弾き直して、SoundHound(音楽検索&認識アプリ)とかで確認しないと、下手すると事故が起こるんで。ただ他の曲からサビ引っ張ってきただけ、みたいな(笑)。


ーーああ、無意識に、知らぬ間にパクっちゃったみたいな。


ミト:そうそう。そんなことがあっても不思議じゃない。でも一回やったら、いちキャリアが終わる世界なんで。なので念のためにメロをシンセで弾いてSoundHoundに聴かせて、何の曲だかわからない、となったら作り出すんですよ。これはオリジナルなんだろう、と判断する。ピッチがしっかりあったメロならSoundHoundがチェックすれば、既存のメロと同じならほぼほぼ全部引っかかりますからね。


ーー面白いですね。自分の音楽のオリジナリティがそこで客観的に判断されるわけだ、誰かの気分じゃなくて。


ミト:ほんとですねえ! もちろん、劇伴とかインストを作る時は僕もテクスチャーから作るんですよ、当たり前のように。シンセの音から作ったり。でも(そういう作り方で作った)曲は残らないですね、いまは確実に。


ーーつまりそこで鼻歌で出てくるメロディは、ミト君が今までいろんな音楽を聴いてきた蓄積があって、そこから自然と、無意識のうちに出てくる。でもメロディだけでは曲にならないから、いろんなものを構築して曲にする。その構築の段階で、今度はミュージシャンとしていろんな経験を経て得た技術や知識やスキルがモノを言う、ということでしょうか。


ミト:そうだと思います。さっき言ったTalking Heads再結成の曲だって、夢の中のラジオでずっと流れてるんですもん。僕はその夢の中で流れてる曲をギター持って弾いて歌ってるだけですから。


ーーその話は面白いですね。ミト君というとすごくロジックでモノを考える人という印象もあるから。


ミト:そうそうそう。ロジックから離れた究極のカタチでしょうね。だからラッキーですよ。寝て起きた時の方がいいメロ出来てますもん。いっぱい寝たくて仕方ないです(笑)。でも今回ここまでメロ先で作ったことはないですね。


ーーいい意味で今作はすごく落ち着いていると思いました。メロディという中心がしっかりしていて、どっしりと聴かせるというか重心が低いというか。曲としての骨格がしっかりしていて地に足が着いている印象がある。そういう感じは過去のクラムボンにはなかった。これはクラムボンの成長ではないかと。


ミト:うんうん。バンドとしてこれぐらいの演奏はできるな、というレベルはなんとなく見えてきてるのかもしれないです。(伊藤)大助さんにこれぐらい無茶振りしても大丈夫とか、郁子さんなら、これぐらいのところでふっても大丈夫、とか。「重心が低い」という指摘は言い得て妙なんだけど、実際に郁子さんの声のキーは低くなってます。でも低くなって良くなるものもあるので、そこらへんはあまり重要じゃない。


ーー昔の曲を歌う時は苦労するかも。


ミト:いや、昔の曲はいいんですよ。なぜかというと僕が原田さんに作ってた曲は超絶彼女を甘やかしてたキーなんで。


ーーなるほど。無理して高い声を出さなきゃならないような曲を作らなかった。


ミト:そう。僕は当時作家として歌い手に「これ以上歌えません」と言われたら、それ以上(高いメロディは)書かなかったんですよ。でも今の若い人は、それでもちょっと高いメロディをあえて作って、ちょっと頑張ってるような雰囲気で売れ線を狙う……。


ーー小室哲哉的な。


ミト:そうそう。まさに小室さんもそうです。でも僕は超キョドってたのか、そういうのをやらないんです昔から。なので原田さんにもそういう曲は書かなかった。実は彼女の声域はそんなに広くない。でもその原田さんの声域に合わせて書いていると、ほかの人に書く時にめちゃくちゃラクなんです。


ーー彼女が気持ち良さそうに歌ってるのが一番なんじゃないですかね、クラムボンの場合。頑張って歌ってるよりもリラックスして気持ち良さそうに歌ってる方が大事というか。


ミト:うん。でもたまには頑張ってほしいんですけど(笑)。僕らもバンドなんで、アグレッシブでいたいし。でも重心が低いというのはその通りで。


ーーなんか媚びてない、無理してウケを狙ってないというか。


ミト:うんうん。ラジオに載せるためとかメディアで映えるためとか、戦う相手が必要とか、「yet」の時はありましたけど、そこはもうなくていいんです。


ーーそうそう。ラジオで耳を惹くために派手な仕掛けをしたりとかしてない。ほんとうに自分たちが歌いたい曲を、やりたいメロディをけれん味なく正攻法で、しかもお金と時間をかけて丁寧に仕上げていった作品、という気がします。


ミト:そうそう。いわゆるJ-POP方式のテクスチャーというか構成もないですよね。「蒼海」とか「タイムライン」って、いうなれば「A-Bパターン」で、「サビ・パターン」じゃないじゃないですか。そういう意味ではしっかり作ってるので、ポップ・ソングとしての……なんだろう……。


ーー耐久性が高い。


ミト:そうかもしれないですね! 昔はね、ドレミファソラシドを同時にバーンと押さえたような音楽は好きだし、そういうのをクラムボンに求めてたところもあるんですけど、違う意味でしっかり骨が太い感じもやりきることもできると思うんです。


ーーエキセントリックで過剰な感じを売り物にしなくてもいい。


ミト:そうですね。そのエキセントリックさは当然出汁として染みていると思ってるので。あえてそこで媚びなくてもいいんですよ。結局元からそういうのが好きなんでしょうね。ポップ・ソングをやりたいんだから、メロが強くなきゃダメだし、ポップ・バンドならそれぐらいちゃんとやろうぜっていう(笑)。そんなことなのかもしれないですね。


ーーなるほど。


ミト:でもまさか自分がオールドスクールなシンガーソングライターみたいに、電話ボックスから留守電にメロを残す、じゃないけど(笑)、そんなところまで自分が行ったのは意外でしたね。でもそこにはなにかあるんですよ、普遍的なものが。それぐらい強くて良いメロディじゃないと覚えないだろうし、何度も歌いたいと思わないんでしょうね。


ーーこのEPを引っさげて、6月から8月にかけて全国29公演を回るツアーを開催します。その後なにか考えていることはありますか。


ミト:あることはあります。一応目的があって来てるんですよ、この「e.p. 2」までは。今のところはその方向性は間違ってないと思うので、このまま次の展開に行ければと。(小野島大)