突然だけど、クイズ。次のうち、正しい挨拶は?
(1)「おはようございます」と言いながらおじぎする。
(2)「おはようございます」と言った後でおじぎする。
(3)おじぎの後、「おはようございます」という。
正解は(2)。’18年度から教科化される小学校1年生の道徳教科書に出てくる内容だ。国が定めた「礼儀」の徳目に対応している。
道徳の教科化は、学校現場や子どもたちにどう影響するのか。5月13日、子どもと教科書をめぐるさまざまな問題を提言する市民団体『子どもと教科書全国ネット21』(以下、教科書ネット)の主催でシンポジウムが開かれた。
教科化されると、文科相が行う検定に合格しなければ教科書を出版できない。講師を務めた、元教員で自然科学研究所の小佐野正樹さんによれば、
「国が定めた各学年19~22の徳目に沿った内容をすべて盛り込まなければならない。今回の検定結果は定番教材の使用が目立ち、どれも似通った内容。文科省の検定が厳しくなっているため不合格を恐れて自主規制した結果でしょう」
多くの教科書で学校の「楽しさ」「明るさ」、3世代同居を掲げた「家族愛」が強調され、「権利」より「義務や責任」に多くの比重を割いている。
「パン屋」が「和菓子屋」に変更された例は話題を集めたが、文科相みずから和菓子屋に変えろと命令したわけではない。文科省から教科書全巻に対し「国や郷土を愛する態度、伝統と文化の尊重」の扱いが不適切とする意見が出て、教科書会社が「忖度(そんたく)」する構図だ。
「国と郷土を愛する態度」「高齢者への尊敬、感謝」の扱いが不適切として右のように修正された イラスト/イケウチリリー
これでは「文科相の恣意的な検定と、それを忖度する教科書会社の自主規制に歯止めがかけられない」と小佐野さんは懸念する。
「他教科であれば、文科省から意見が出ても学問に照らして教科書会社は反論できますが、科学的な裏づけのない道徳では難しい」
そう指摘するのは、教科書ネット事務局長の俵義文さんだ。
実際、道徳教科書には、科学的な根拠に乏しい内容が珍しくない。下のイラスト(※)は「命の尊さ」の徳目に対応した内容だが、
「耳を当てても、木が水を吸い上げて流れる音は聞こえません。科学的に誤りです」(小佐野さん)
※イラストは週刊女性PRIME内のみ掲載(Yahoo!ニュースでお読みの方は【この記事のすべての写真を見る】で確認できます)
「科学的に誤りです」と指摘される内容が教科書に掲載される イラスト/イケウチリリー
道徳でいじめは防げるのか?
そもそも道徳が教科化されたのは、’11年の大津市中2いじめ自殺事件がきっかけだ。
それまで「道徳は教科になじまない」(第一次安倍政権の中央教育審議会)とされてきたが、安倍首相直属の諮問機関『教育再生実行会議』は’13年2月、いじめをなくすために道徳教科化が必要だと提言。これを受けて下村博文文科相(当時)は『道徳の充実に関する懇談会』を設置。その報告をもとに文科省の中央教育審議会に提出し、翌年10月には『特別の教科 道徳』が作られた。
俵さんが言う。
「自殺した生徒が通っていた中学は、文科相が指定する道徳教育のモデル校。道徳がいじめを防ぐという科学的根拠がなく、事件を利用したにすぎない」
道徳が教科化すれば、子どもたちの「愛国心」「道徳心」は評価され、採点されるようになる。
「戦前、戦中に、道徳にあたるのが『修身』でした。教育勅語も修身の教科書に登場します。修身は、全教科の上に立つ筆頭教科。すべての教科を統制する役割でした。『特別の教科 道徳』も同じです」
そんな俵さんの言葉を裏付けるかのように、学校現場で、他授業・他教科の道徳化というべき事態が起きている。
シンポジウムに参加していた石川県の現役教員が打ち明ける。
「靴箱から靴が少しでもはみ出していたら、付箋を貼って、生徒に直させる。礼儀を教える一環で、これを学校を挙げた『学校スタンダード』という活動で行うわけです。教員もクラス別に競わされ、ガチガチに縛り付けられている。道徳が教科になれば、この現状が追認されてしまいます」
この傾向は教科書でも顕著だ。教育委員会に売り込むため、教科書会社は、どんな学習目標がどの徳目に該当するのか、細かく記した一覧表を作っている。
「例えば、算数。三角形の和を求める内容に“美しいものへの感動”としていたり、九九を教えるところでは“伝統と文化の尊重”と書いてあったりします」(俵さん、以下同)
ブラック企業に耐えられる教育が理想!?
教科化された道徳、教育勅語、新学習指導要領が連動しつつ進められる安倍政権の「教育再生」政策。その先には、憲法改正を見据えた首相のこんな狙いがある。
「改憲を先取りして、日本の形を作り変えることが狙い。といっても、単純な戦前回帰とは違います。安倍首相が目指す教育再生の形は、ひと言でいえば“国や大企業に役立つ人材であれ”ということ」
教育勅語に代表される戦前・戦中教育の復活という意味で、システムとしては復古的だが、「中身は規制緩和と自由競争を重んじる新自由主義の改革」になると俵さん。
「国に役立つとは“戦争する国”の人材のこと。大企業に役立つというのは、グローバル社会の国際競争に勝ち抜くための人材です。これには少数のエリートのほかに、“ブラック企業でも従順に従う大多数”という意味が含まれています」
その要素は新学習指導要領にも反映ずみ。子どもたちの指導にあたって、企業が生産性を高めるための『PDCAサイクル』という方法が導入されている。
「企業が均質な商品を作り上げて品質管理を進めることを目的にした、ビジネスの方法。子どもたちを工業製品のようにモノ化して、鋳型(いがた)にはめてやろうする発想です」
いじめ、貧困、奨学金と子どもの教育をめぐる課題は山積み。解決に急ぐべきは、教育勅語でも、道徳の押し付けでもないはずだ。