2017年05月27日 10:13 弁護士ドットコム
来年度から、労働基準監督業務の一部が社会保険労務士など民間に委託される見通しだ。政府の規制改革推進会議が、提言をまとめた答申を5月23日に決定しており、今後、閣議決定などをへて、厚労省が詳細を決める。
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労働基準監督署の立ち入り基準については昨年、残業月100時間から80時間の事業所へと対象を拡大した。一方、労働基準監督官の数は20人ほどしか増えておらず、人手が不足している。現在、監督官が定期監督できている事業所は、全体の3%程度。今後は、罰則付きの時間外労働の上限規制も始まるため、人材確保が急務だ。
政府は民間の人材を活用することで、人手不足を解消するつもりだが、労働問題にくわしい弁護士はどう評価しているのか。白川秀之弁護士に課題を聞いた。
「労働基準監督官(監督官)の数は3969人(平成27年度)で、実際に労基署に配属されている監督官は3219人です。このうち管理職は企業の臨検監督を行いません。監督官の業務には労災補償の審査もありますので、実際に監督などを行う人数はもっと少なくなります。そのため、現在の監督官の人数で、全国約410万の事業所を監督することは到底できません。
民間委託の考え方は、このような監督官の人手不足を解消しようという考えに基づきます。ただ、監督官の人手不足解消自体は良いと思いますが、民間委託によって解消しようという考えは問題があると思います」
白川弁護士はこのように指摘する。具体的にはどんな問題があるのか。
「まず、権限のない民間人の調査では、一方的に事業所から話しを聞くだけで終わってしまい、強制力のある監督官と同じような調査はできません。
委託を受けることになると言われている社会保険労務士(社労士)については、大部分の社労士は企業と顧問契約を締結しているため、労働基準法違反を適切に監督できるかについても疑問があります」
こうした事情から規制改革推進会議の答申では、民間の役割について36協定が適切に結ばれているかの確認など、補助的な業務に落ち着いたという。指導する場合でも、企業の同意が前提だ。この答申を受け、厚労省が具体的な制度設計を行う。
この民間委託のあり方について、白川弁護士は次のように指摘する。
「民間人が補助的に調査をして、問題のある事案だけ、後で監督官が正式に調査をすれば良いという考えもありますが、臨検監督を予告することになってしまい、証拠の隠滅をされる可能性もあります。
また、補助的業務といっても36協定が適切かどうかとか、法律に違反しているかといった問題は、非常に複雑で訓練を受けた監督官でなければ判断は難しいでしょう」
「そもそも、監督官のなり手がいないわけではありません。平成28年度の監督官の試験では申込者数3673人中最終合格者402名であり、監督官になろうという意欲のある人は非常に多くいますし、労働組合などは以前より監督官の増員を求めてきました。
監督官の業務は、人事労務という企業活動の根幹へと切り込んでいく可能性が高い分野であり、不当な外部圧力と無関係な『公務員』である事が求められています(ILO81号条約)。補助的な部分でも民間人が外部圧力に負けて、報告をしなかったりすれば、監督官に報告がされないことになってしまい、違法行為が長期間隠蔽されることになりかねません。
従って、長時間労働を抑制し、労働基準法違反をきちんと取り締まるのであれば、きちんと予算を確保して、監督官の増員をまず行うべきでしょう」
なお、ILO条約違反になる可能性がある点について、規制改革推進室の担当者に尋ねたところ、「委託するのは補助的な『前段階』の業務。監督官の仕事の『代替』ではないので、条約違反には当たらないと考えている」との回答だった。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
白川 秀之(しらかわ・ひでゆき)弁護士
2004年、弁護士登録。労働事件が専門だが、一般民事事件も幅広く扱っている。日本労働弁護団常任幹事、東海労働弁護団事務局長、愛知県弁護士会刑事弁護委員会委員。
事務所名:弁護士法人名古屋北法律事務所
事務所URL:http://www.kita-houritsu.com/