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映画館のWeb予約システムは“エンタメ”となるか? 立川シネマシティの施策

2017年05月24日 13:33  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第16回は“Web予約でエンタメできるか?”というテーマで。


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 『ガールズ&パンツァー劇場版』で日本各地の音響の優れた映画館を回っては音響を監修され、映画興行の新たな地平を切り拓いた岩浪音響監督がまたも各地を尋ね、特別音響で上映するという新しい試みが話題のSFアニメーション『BLAME!』の上映が始まりました。


 『シドニアの騎士』の二瓶勉が原作で、劇場公開初日からNetflixでの配信も開始されているという、今世界的に増えつつあるスタイルの公開でもあります。


 Netflixの会員ならば映画館に行かずとも自宅で観られ、それどころか日付が変わったと同時に、劇場の初日朝イチ回よりも早く観られるわけです。良い時代になりました。しかしこれは映画館としては大変困ったことであります。今行われているカンヌ映画祭でも映画配信は問題になっており、来年からはネット配信のみの作品はコンペの審査対象にならないとか。フランスの芸術を守ろうとするこういう姿勢に僕は好感を持ちますが、しかし時代の大きな潮流にどこまで抗えるでしょう。いよいよ映画館の死期が忍び寄ってきたのでしょうか。


 そんな映画館を少しでも延命するため、岩浪音響監督は「映画音響界のブラックジャック」のごとく全国を駆け回っているのです。座して死を待つのではく、まずは自分ができることから「映画を映画館で観る意味」を作りだすために。その熱き想いに応え、聞きくらべのために遠方の劇場へ出掛けるファンも少なくありません。劇場にとっては救世主です。


 おかげさまで執筆時、すでにシネマシティでの『BLAME!』初日はWeb予約だけで最大劇場を含む3回上映の9割近くが埋まっています。とても死期が迫っているとは思えない活況です。まだこの国には、自宅ではなく映画館で観たいという映画ファンがたくさんいるという事実に感動します。このファンの想いに応えるため、もっとなにかが出来るはずだと、日々がむしゃらになることができます。


 それにしても、ここ数年のWeb予約率の増加はめざましいものがあります。シネマシティにおいては、ほとんどWeb予約で売れてしまって、当日窓口で購入できないということが日常的に起こるようになりました。


 スマートフォンの普及がその最も大きな理由かと思いますが、カルチャーにおける“映画館での映画鑑賞”というものの位置づけがどんどん高まっているというのも大きいでしょう。もはや「時間つぶしに映画館を使う」という文化はほぼ消え去りましたし、最初から観ることはもちろん、エンドロールが終わって明るくなるまできちんと鑑賞される方のほうが多数です。映画鑑賞は、いまや演劇やコンサートのレベルまで文化的に変容してきたのです。


 かつてはチケット窓口に行列していることを映画は宣伝材料にもしてきましたが、今は大ヒット映画であればあるほど、窓口は閑散とします。これはお客様からしたら長時間並ぶ必要がなく入場出来るというメリットがあり、劇場側としては窓口人件費の削減ができます。


 Web予約利用の促進は、ネットが苦手な方、ネットで購入することに抵抗がある方には申し訳ないのですが、お客様にも劇場にもメリットが高いので、シネマシティでは積極的に取り組んできました。


 僕がチケッティングシステム担当として目指しているのは“圧倒的な簡便性”と“そこにエンタテイメント性を生みだすこと”です。


 まずは簡便性について。とにかく画面遷移数をどれだけ減らせるか、ということを徹底して考えました。初めてWeb予約をする方にとっては多少わかりにくくなっても、“映画ファンのためのシネコン”であるシネマシティがメインターゲットとする、ひと月かふた月に1度以上は映画館に通う方にとって使いやすいことを第一としました。あれもこれも満たそうとしなければ、洗練させていけます。


 並んでいる上映作品のポスター画像から観たい作品の画像をクリックしてもらうと、日付ごとに上映開始時間が表示されます。そしてそこには合わせて座席表があります。この座席表が、リアルタイムで混雑具合を表示し、かつ、空いている席をクリックすると即Web予約のための座席確保になります。


 ログイン状態であれば、ログイン本人の属性を自動的に反映し、予約するボタンを押せば、次はもう決済画面です。過去にWeb予約をしたことがあれば、その取引情報からクレジットカード情報は入力不要。“前回のカードを使用する”ボタンを押すだけで予約完了です。慣れてくれば、この間10秒と掛かりません。クリック数はほとんどの場合5回未満で済みます。最少画面遷移は「座席表」「決済確認」「予約完了」で3回です。


 次なる簡便性は、Web予約を上映開始20分前まではカンタンに何度でもキャンセルできるようにしたことです。


 ほとんどの映画館、のみならず音楽であれスポーツであれ芝居であれ、あらゆるチケットは一度購入したらキャンセルはできないのが普通でしょう。しかしチケット以外のショッピングサイトならどうでしょう。注文後にキャンセルできることが多いのではないでしょうか。


 なぜ映画館のWeb予約がキャンセルできてはいけないのか、あらゆる方向から考えましたが、予約を促進させるメリットを打ち消すような理由は見つかりませんでした。クレジット決済をしていただく以上、悪意あるいたずらを防ぐセキュリティの確保も出来ています。また人気チケットの転売対策にもなります。キャンセルが可能な以上、オークションなどへの出品は転売目的以外にはないと断定できるからです。


 一度何かで行けなくなってお金をムダにしてしまうと、次からはどうしても予約を躊躇するようになります。電車が動かないなど理由が自分の責ではなかった場合は特に、観られなかったという残念感に加え、無駄に出費した口惜しさまで加わるわけです。不意の緊急時に少なくとも無駄な出費は回避できるようにすることで、イヤな気分で終わらせるのではなく「損しなくて良かった、また別の日に観に行こう」と思っていただけfdば、ロイヤリティをアップさせることにつながります。映画館という愛が集う場所は、利便性が高いだけでは足らず、愛される必要があるはずです。だから映画ファンのメリットを第一にするべきだと考えました。


 簡便性だけではまだ足りません。予約をしようという意欲のあるお客様を満たすにはそれで十分でしょう。でもその先、予約までは考えてなかったけど予約しようかなと思わせてこそ、本当の成功です。


 そこで僕が考えたのは、割引等ではなく、混雑のリアリティを表現することでした。劇場にいるお客さんが「かなりの席が埋まっている」と感じ始めるのは、全座席数の6割が埋まった時くらいからです。7割を超えると、3つのブロックに分かれている劇場なら真ん中のブロックのほとんどが埋まります。こうなると「ほぼ満席じゃないか」と感じてきます。でもこの時点で、300席の劇場ならばまだ90席も空いているのです。


 この感覚を、モニタやスマホのスクリーンで再現できないか。座席が埋まっていくのが直感的に感じられれば、これは今のうちに席を押さえておこう、ということになるはずです。もちろん、両刃の剣でもあるでしょう。こんなに混雑しているなら他の映画館に行こう、と思われるかも知れません。それでも挑戦する価値はあると思いました。


 アイディアはいくつかありましたが、採用したのは“座席表に人を座らせる”というデザイン的な工夫でした。なぜこのことでリアリティが生まれるのか。人型の頭が通路の隙間を塞ぐためです。これがぐっと詰まっている感じを生むのです。


 多くのチケット購入の座席表ページは、×印がつくとか、座席を表すマスがグレイになることでそこが売れていることを表示します。これは表示機能としては十分ですが、無機的です。いわゆるシズル感に欠けます。エンタテイメント施設は、隙あらばエンタテイメントするべきだというのが僕の考え方です。


 ん、エンタテイメント? 混雑感のデザイン的演出の話じゃなかったのか、と思われたかも知れませんが、このデザインにはファンを楽しませるという、もう一つの裏目的があるのです。


 自分が愛してやまない作品は、多くの人にも愛してもらいたい、というのがファン心理です。自分が大好きな映画がガラガラだと、この映画の良さをわかっているのは俺様だけ、という反転の優越感を持つ喜びもあるにはありますが、たいていは残念な気持ちになります。


 興行収入が何億突破とか、連日満席続出とか、他にもこの映画を好きでいてくれる人がたくさんいると思わせてくれるニュースは、自分が映画を作ったわけでもないのに、心が浮き立ちます。“この喜び”のために、映画を観なくてもシネマシティのHPをチェックしているというファンがたくさんいらっしゃいます。数クリックで混雑状況が見られる利便性と混雑の臨場感のある座席表デザインで、映画を観ている時間だけでなく、その枠外でもファンに楽しんでもらおうという趣向なのです。


 Twitterでシネマシティを検索すれば、無数の「頭おかしい」「どうかしてる」というつぶやきの間に、座席表のスクリーンショットをアップしているファンと高確率で出会うことでしょう。この試みがうまくいっている証拠です。
 
 これらの結果、シネマシティの予約率は驚くほど高いものになりました。休日ならWeb予約率が7~8割という作品もざらで、さほど人気作でなくても3~4割はWeb予約です。


 うまくいき過ぎた結果、直面したのは予約が殺到しすぎてHPにアクセス出来なくなってしまうことが頻発するというトラブルでした。


 特に【極上爆音上映】がヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』や『ガールズ&パンツァー劇場版』の予約開始直後は何百何千というアクセスがあり、システムが数時間にわたって処理しきれず固まり「シネマシティはスピーカーに金掛けるより、サーバなんとかしろ」とTwitterで罵声が飛び交いました。今に見てろとシステム開発会社と必死に奮闘、現在では最大劇場での上映数回分を数分で完売し切って、かつ、ほとんど遅延もないシステムを作り上げました。どやっ!


 そして現在もさらなる改善に取り組んでいるところです。僕が描く理想のWeb予約システムには、まだまだたどり着いていません。


 Web予約システムだって、もっと面白くなれる。
 You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)(遠山武志)