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板尾創路が語る、映画『火花』撮影の裏側 「菅田将暉は引き算の役者、桐谷健人は足し算の役者」

2017年05月22日 12:33  リアルサウンド

リアルサウンド

板尾創路監督

 お笑い芸人・ピースの又吉直樹による小説を原作とした映画『火花』が、11月23日に公開される。同作の監督を務めたのは、原作者の又吉にとって同じ吉本興行に所属する先輩芸人である板尾創路。お笑い芸人を目指す若者・徳永を菅田将暉が、徳永が憧れる天才肌の先輩芸人・神谷を桐谷健太が、それぞれ演じている。4月23日には『島ぜんぶでおーきな祭 第9回沖縄国際映画祭』にてクランクアップ記者会見が行われ、話題となったことも記憶に新しい。(参考:菅田将暉 × 桐谷健太、“お笑い芸人役”は運命? 映画『火花』クランクアップ会見速報


 リアルサウンド映画部では、『沖縄国際映画祭』の開催中に板尾監督へインタビューを行い、会見では語られなかった『火花』の話や、板尾監督自身の映画観について聞いた。


 芥川賞受賞作である『火花』は、すでにNetflixにてドラマ化されており、2月からはNHK総合でも放送され、ドラマファンから高い評価を得ている。そんな中、新たに映画版を制作するのは大きなプレッシャーとなりそうだが、そもそもドラマ版『火花』がこの映画を手がけるきっかけになったという。


「ドラマ版『火花』の時に、実は僕もディレクターのひとりとして参加しないかと、吉本から誘われていたんです。でも、連ドラを共同監督として手がけるのは、これまでにない経験だったのでお断りしました。その代わり、脚本で少し協力させていただいて。その時に『映画版やったら大丈夫ですよ』と言っていたら、本当に僕に声をかけてくれたんです。ドラマ版の『火花』は、よく言われるように10時間の映画のような作品で、主人公たちが過ごす10年間の青春をじっくりと撮っている。それはNetflixでしかできないやり方で、クオリティーも非常に高い素晴らしい作品だと思います。でも、個人的に『火花』は、2時間程度の映画にしてもすごく映える作品だと思っていたので、新たに制作することに対するプレッシャーはそれほど感じていませんでした。小説と漫画、それぞれに良さがあるのと同じように、連続ドラマと映画はまた別物ですから」


 実際、ドラマ版とはテンポが大きく違うため、新鮮な感覚で楽しめる作品だと、板尾監督は自信を覗かせる。


「ドラマ版では大体、1年を1話として描くことで、ふたりの主人公に寄り添うように物語を展開していました。でも、原作のテンポ感やイメージを再現するのであれば、2時間の枠の中に凝縮したほうが、より美しい形でふたりの青春を表現できるのではないかと」


 また、原作『火花』の魅力はどこにあるかとの質問に対しては、同じ芸人としての視点から、次のように語った。


「この物語は、単なる若者のサクセスストーリーではないところが、深く共感を呼ぶところだと思います。夢を抱いて、漫才の世界に入って、挫折を受け入れるまでの物語で、そこにリアルな人生を感じられる。でも、人生における途中の10年であって、ふたりには希望が残っている。普通は片方が成功して、片方が失敗したりして、そのバランスを描くことで物語を進めていったりするけれど、そういう方向に行かないところが良い。実際に又吉が感じてきた挫折感でもあるだろうし、同じ芸人として僕もよく知る世界の話です。そして、漫才師を描いた物語で、これほど文学的なアプローチを採った作品は、これまでにほとんどなかった。芸人の世界ならではの叙情性を描いて、それが多くのひとに愛される物語となったのは、同じ芸人として心から嬉しく思います」


 板尾監督は、これまで『板尾創路の脱獄王』(2010年)と『月光ノ仮面』(2012年)の2作品でメガホンを取ってきた。今作では、監督としてのスタンスにどんな違いがあるのだろうか。


「前の2作は完全オリジナル作品だったので、そこが大きな違いですね。これまでは自分のやりたいように作って、誰にも口を挟まれることはなかったけれど、今回はそういうわけにはいきません。事務所の後輩が芥川賞を受賞した作品で、しかも芸人の世界を描くわけですから、責任の重さが違います。加えて、東宝作品でバジェッドも大きく、世間からの期待だってあります。そういうものをすべて背負うのが映画監督なんだなと、今まで以上にプロフェッショナルな意識を持つことができました」


 キャスト陣も豪華だ。特に主演のふたり、菅田将暉と桐谷健太は今もっとも旬な若手俳優である。


「キャスティングも、今回は僕ひとりで決められるものではなかったです。しかし、紆余曲折がありながらも、ほかのキャスティングは考えられないほど、最高のふたりが揃ってくれたと思っています。決まるべくして決まったというか、運命のようなものを感じましたね。撮り終えてから言うのもなんですが、本当にふたりはぴったりと役にハマっていて、きっと最初からこうなることが決まっていたんだなと」


 実際、ふたりのコンビネーションには素晴らしいものがあったそうだ。


「ふたりの役者としてのスタンスは正反対で、菅田将暉はどちらかというと引き算の役者、桐谷健人は足し算の役者なんです。どちらが正解というわけではなく、マイナスとプラスのコンビネーションで、その関係性に躍動感が生まれていました。ご存知のように、彼らはCMでも共演していて、ともに関西出身です。そのため、自然と徳永と神谷の関係性ができあがっていました。お芝居をしていることを忘れさせるくらい違和感がなく、物語の中に出てくる徳永と神谷がそのままいるようでした」


 ところで板尾監督は、自身も俳優として多くのドラマ・映画に出演してきた。その経験は、監督業にどう活かされたのだろうか?


「俳優の気持ちがよくわかるのは、監督をする上でも役に立っていると思います。どうすれば役者が現場に居やすくなるのか、経験的に知っているんですよ。役者が所属する俳優部は、制作現場の各部署の一部であって、特別扱いする必要はないんです。役者だけが頑張れば良い映画が作れるかというと、そんなことは全然ないわけですから。各部署が協力しあって、みんなで一枚の写真を作るように、ワンカットを作り上げていく。ひとつの“組”として機能して、はじめて良い現場になるわけです。だから僕は、そういう環境になるようには気を使いました。逆に、僕が一番嫌なのは、役者が我を出しすぎて『ここは俺のシーンなんだ、俺の芝居で表現するんだ』となってしまう現場。そういう雰囲気になると、作品自体がダメになってしまう。もちろん、今回の主演のふたりは現場のことをよくわかっているし、そんなことをするタイプではないのですが、僕らが努めてフラットに接することで、よりリラックスした中で演じてもらうことができたのではないかと。同じ弁当を食べて、同じ時間に起きて、同じ時間まで撮影をする。振り返ると、純粋な映画作りをすることができたなと思います」


 そんな板尾監督が、もっとも影響を受けた映画監督は誰だろう。


「もともとドラマや映画が大好きなので、すごくいっぱい居ますけれど、強いてひとり挙げるとしたらスタンリー・キューブリックかな。画作りへの徹底したこだわりやスケール感には、敬意を払わずにはいられません。観た瞬間、すごくワクワクさせられるんですよね。もちろん、お会いしたことはないし、あの人みたいな映画をいつかは作りたいなんて、おこがましくて言えないですけれど(笑)。感性的には大きな影響を受けているけれど、永遠の憧れといった方が近いかもしれませんね」(松田広宣)