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Mr.Children、YUKI作で注目の映像作家=牧野惇による絢香「コトノハ」MVから歌詞の魅力を分析

2017年05月12日 17:33  リアルサウンド

リアルサウンド

絢香『コトノハ』

 絢香が約3年ぶりとなるシングル『コトノハ』を5月10日にリリース。表題曲「コトノハ」のMVが話題を呼んでいる。


参考:藤原さくら、シンガーソングライターとして迎えた転機 「“今の私”を提示し続けていくしかない」


 ドラマ『ツバキ文具店 ~鎌倉代書屋物語~』(NHK総合)の主題歌として書き下ろされた同楽曲は、“手紙”や“言葉”をモチーフにしたミディアムナンバー。新進気鋭の映像作家・牧野惇が手掛けるストーリー仕立てのMVが、絢香の実体験とドラマのテーマをもとに作られた情感溢れる楽曲を彩っている。


 これまでにアニメーション作品やCMを多数手掛けてきた牧野監督。近年ではMr.Childrenの「ヒカリノアトリエ」や、YUKIの「ポストに声を投げ入れて」といった著名なアーティストのMVを制作しており、独自性の強いクリエイションが業界内外で高く評価される旬の作家だ。


 MVを観た絢香が「今までの私のMVにはない、新しい世界観です。“手紙”というテーマに合わせ、デジタルではなくあえて手作業によって作られたこの物語は、とても温かいです」と公式インタビューでコメントしているように、牧野監督作品は時間と手間を掛けて作られたハンドメイド調の作風が特徴的だ。「コトノハ」でも100点以上の素材を約1カ月もの時間をかけて作成されたという。


 ヨーロッパ圏のアニメーションや絵本のエッセンスを感じるイラスト、淡色を基調としたレトロな配色、身の回りにある雑貨をアレンジした可愛らしい小道具が、楽曲のテーマに寄り添いながら心温まる物語を紡ぎだしていく。幻想的で異国情緒溢れるデザインや、温かさとセンチメンタルな感情が共存した作風は、チェコの美術大学でドローイングアニメーションとパペットアニメーションを学んだ牧野監督のキャリアの賜物だろう。


 「「コトノハ」の歌詞を読んで、絢香さんの想いがストレートに出ている歌だと思いました。僕はこれを一度噛み砕いて、伝える内容は変えずに、別のシチュエーションに置き換えました」とMV制作時にコメントを残した牧野監督は、MVのメインアイテムに“手紙”をフィーチャーし、鳥の親子の物語を制作。空から落下し羽を失ってしまった息子と、最期まで彼を支え続けた母親の絆が、時を越えて繋がりあう模様が描かれる。


 このアイデアは、17歳で上京した絢香が実祖父の手紙に何度も励まされたという実体験と、手紙は“時を超えて気持ちと気持ちを繋ぐもの”という解釈から生まれたもので、歌詞に手紙というワードや親子を想起させるフレーズは出てこない。聴く人によって何通りものイメージが生まれるのは、絢香の作り出す楽曲の奥深さを物語っているのではないだろうか。


 絢香といえば、スモーキーで芯のある歌声はもちろん、普遍的な歌詞に心を打たれたファンも多いはず。牧野監督が“想いがストレートに出ている歌”と評しているように、絢香は必要最低限の言葉で歌詞を紡ぎ、伝えたいメッセージの本質のみを表現する。これは絢香が持つソングライターとしての独自の魅力と言える。歌い始めにある<懐かしいあの声が 寄り添う 帰り道 元気にしてますか? あなたを思う日々>というフレーズのように、歌詞に余白を与えることで聴き手に想像の余地を残す。個人的な感情や体験から生まれた曲であっても、あくまで歌の中の主人公は聴き手なのだ。


 たとえば、代表曲の「三日月」や1度目の活動休止から復帰する際にリリースした『The beginning』の1曲目「はじまりのとき」も、自身の体験や大切なものへの想いが色濃く反映されている。しかし、いずれの楽曲も高い共感性を持ち、今もなお色褪せることなく幅広い年代のリスナーを魅了し続けている。「コトノハ」とカップリング曲「センチメント」からは、そんな絢香の繊細な言葉選びのセンスが、より一層研ぎ澄まされた印象を受ける。


 18歳のデビューから昨年10周年を迎え、アーティストとしてはもちろん、ひとりの女性として成熟さを増した絢香。祖父からの手紙が彼女を長年支え続けたように、彼女の音楽もまた、時代を越えてリスナーに愛され続けていくことだろう。(泉夏音)