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車があれば何でもできる! 『ワイルド・スピード ICE BREAK』は映画というより“プロレス”だ

2017年05月09日 12:03  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)Universal Pictures

 現在シリーズ8作目『ワイルド・スピード ICE BREAK』が公開中のワイスピ・シリーズだが、これほど奇妙な映画シリーズもそうそうない。何故なら回を重ねるごとにジャンルが変わっていったからだ。1作目はアクション映画であると同時に、青春映画の香りが漂っていたが、これが2作目になるとストレートなバディ・アクションに、3と4でややハードなアクションになったかと思えば、5でチーム・アクションものになって、6・7は『007』のごとく世界中を飛び回り、政府の秘密組織まで絡んでくるスペクタクル・アクションになった。これほど映画ごとに雰囲気が変わり、しかも規模が大きくなっていくシリーズも珍しい。


参考:『ワイルド・スピード』なぜ人気シリーズに? 新作から紐解く“ファミリー最高!”の価値観


 唯一ブレていないのは登場人物が車に乗って活躍する点だが、逆に言えば車さえ使えば、あとはもう何をやってもいい――それがワイスピ・シリーズである。最新作『ICE BREAK』でも、またしても映画の方向性が大きく変わった。爆破は過去最大規模であるし、潜水艦とのカーチェイスやNY中の車が暴走するなどの滅茶苦茶なディザスター、さらには何食わぬ顔で『GODZILLA ゴジラ』で見たようなシーンまで出てくる。ほとんど災害映画である。私はそんな荒唐無稽なシーンの数々を大いに楽しんだ。


 しかし、そういった大規模なシーン以上に、主人公が誰なのか、ますますよく分からなくなってきた点に注目したい。一応ヴィン・ディーゼルが主役なのだが、今回の彼は諸々の事情があって仲間を裏切り悪役へ。それを追いかけるのがロック様ことドウェイン・ジョンソンと、前作『SKY MISSION』で悪役だったジェイソン・ステイサムだ。冷静に考えてみてほしい。ロック様とステイサム、それぞれ主役が張れる人たちである。いかにディーゼルと言っても、この二人を悪役として敵に回せば、主人公感が薄れてしまうのは当然だ。さらにキャラクター単位で物語が用意されており、ディーゼル、ロック様、ステイサムのドラマに、シリーズを通してのヒロインであるミシェル・ロドリゲス……と、幾つもの話が同時並行で進む。名目上の主人公はディーゼルだが、誰が主役だったかは見た人によって変わるだろう。


 またキャラクターの性格の変化も著しい。冷酷非情だったはずのロック様やステイサムはドンドン・フレンドリーになり、もはや別人と言ってもいい。これは全員に花を持たせるオールスター映画の側面が濃くなったからだが……筆者はオールスター化というより、プロレス化という表現の方が適切に思う。言ってしまえば、ワイスピはひとつのプロレス団体であり、これは『ICE BREAK』という興行なのだ。


 映画と言うよりプロレス、そう考えると色々しっくりくる。プロレスには善玉・悪役が変化するベビーターン/ヒールターンという概念があり、ステイサムは今回ベビーターンを、ディーゼルはヒールターンをしたのだ。プロレスでは当初のキャラクター性が色々あって変わっていくことが多々あるもの。またプロレスにはもうひとつの楽しみとして、リング外の出来事を楽しむという面もある。リングの中とリングの外の現実が曖昧になっていく感覚……これもまたプロレスの醍醐味だ。本作で言うなら、ロック様とディーゼルの不仲を伝える報道や、前々から「ワイスピに出たい!」とラブ・コールを送っていた英国女優ヘレン・ミレンが本当に出てしまうなどがそれに当たる。ヘレン・ミレンについては、誰もが思い描くヘレン・ミレンのイメージのまま出てきた点にも注目したい。映画のために役者がいると言うより、役者を活かすために映画があるというスタンスである。


 さらにワイスピは死んだと思ったキャラが生き返る展開もあり、過去にも銃で撃たれても死なないという価値観が提示されたが(なんだそれは)、『ICE BREAK』では更に「死」の基準が緩くなった。これはつまり『EURO MISSION』で退場したガル・ガドットも生きている可能性があるのだ。彼女は現在ワンダーウーマンを演じているが、それはつまりDCという他団体の興行に参加しているだけであり、そっちが終われば戻ってくるかもしれない。ガル・ガドットに限らず、他にも過去に死んだキャラがドンドン復活する可能性も本気である。


 本作『ICE BREAK』によって、もはや映画ではなく、もっとザックリした意味での「興行」になりつつあるワイスピ。もちろん、それが良い事ばかりだと言うつもりはない。個人的には愛着のあったキャラがぞんざいな扱いを受けた点に不満を覚えたのも事実だし、決着の付け方に疑問を抱く部分もあった。しかし、今はまだそれらの問題点よりも、これからの展開への期待の方が大きい。これからワイスピというリングで何が起きるのか? 果たして次は誰がリングに上がるのか? それによってシリーズがどうなっていくのか? 恐らく作っている側にも分からないだろう。「元気があれば何でもできる」と「車があれば何でもできる」の精神で、今後もハチャメチャなカー・アクションと度肝を抜くスターの参戦など、面白いことをしてくれと祈るばかりである。(加藤よしき)