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藤井健太郎 × BiSHアイナ・ジ・エンド × 高根順次が語る、「好きなことで生きていくホントの方法」

2017年05月08日 14:32  リアルサウンド

リアルサウンド

左から、藤井健太郎、アイナ・ジ・エンド、高根順次

 『逃げるは恥だが役に立つ』、『この世界の片隅に』、『FAKE』など、近年、大きな話題となった作品やアーティストの仕掛け人たちへの取材を通して、“プロデュースワーク”の重要性や面白さを探っていく書籍『PRODUCERS' THINKING “衝撃作"を成功に導いた仕掛け人たちの発想法』(発行:株式会社bluerpint 発売:垣内出版株式会社)が、現在発売中だ。同書を執筆したのは、『フラッシュバックメモリーズ 3D』、『劇場版 BiSキャノンボール2014』、『私たちのハァハァ』などのプロデュースを手がけてきた、スペースシャワーTVプロデューサーの高根順次。リアルサウンド映画部にて、高根順次が連載してきた「映画業界のキーマン直撃!!」を体系的に再編集した記事に加え、新たに音楽業界やアート業界の仕掛け人にも取材を行い、さらに高根自身の“プロデュース論”をまとめた、エンターテイメント業界の裏側に迫る一冊となっている。


 同書の発売を記念して、リアルサウンド映画部では、『水曜日のダウンタウン』などの人気テレビ番組を手がける藤井健太郎氏と、BiSHのアイナ・ジ・エンド、そして高根順次による鼎談を行った。藤井健太郎氏は、高根が自身のプロデュース作についてアドバイスをもらったりする間柄で、同著の帯には『「好きなことで、生きていく」ホントの方法はここにある。』との推薦文を寄せてくれた。一方のアイナ・ジ・エンドは、高根がMVやドキュメンタリーのプロデュースを手がける“楽器を持たないパンクバンド”BiSHのメンバーで、一度聞いたら忘れられない琴線に触れる独特のハスキーボイスと純粋無垢なキャラクターで圧倒的人気を誇っている。


鼎談の前編では、『PRODUCERS' THINKING』の裏テーマである「好きなことで生きる」にちなんで、それぞれの仕事観や現在のエンターテイメント業界について話し合った。


参考:音楽未経験のコムアイをなぜスカウト? 水曜日のカンパネラ Dir.Fが語る、“原石”を見つける方法


■藤井「いま与えられている役割が、将来的に打席につながる一本の道」


高根:藤井さんには、実は先日の「WACKオーディション」の時に、いくつかアイディアを出していただいたんですよ。WACK渡辺くんを交えた3人で飲んだとき、「どうやったらオーディションが面白くなるか?」って話になって、敗者復活でメンバーを太らせるとか、その場で出てきたアイデアをそのまま拝借したんです。


アイナ:そうだったんですね。あの企画、めっちゃ面白かったです! 痩せるとかならわかるけれど、太らせるって斬新ですよね。すごく盛り上がりました。


高根:で、アイナちゃんは合宿の時の様子を見て、個人的にもすごく惹かれるところがあったので、今日は来てもらいました。アイナちゃんって、あまり計算するタイプではないけれど、ちゃんと結果を出しているし、みんなに好感を持たれるじゃないですか。『PRODUCERS' THINKING』では、戦略性を感じさせないプロデュースワークというか、計算を超えたところで起こるミラクルについても考察しているんですけれど、アイナちゃんにはそういう未知の可能性を感じるんですよね。


アイナ:わたし、そういうの全然考えていない(笑)。


高根:撮っている側として、ドキュメンタリーとして面白くするためにはどうするか、毎回四苦八苦しているんです。メンバーたちもいかにして合格するか、必死じゃないですか。そうなると、合宿所自体におかしな磁場ができてきて、ちょっとした宗教施設みたいな雰囲気になってくる。そんな中、アイナちゃんのピュアさにはすごく救われました。


アイナ:そういう風に思っていただけて嬉しいです。わたしは本当になにも考えていないタイプで、プー・ルイさんみたいに、売れるためにどうするかとか、こんなことをすればウケるとかはわからないんですよね。考えると、わたしの場合は空回っちゃうんです。だから、渡辺さんから「MVでうんこかける」とか言われても、もうなにも考えないで全てを受け入れることにしています。カンペで「ボケて」とか言われても、なにも思いつかないから、とりあえず素直に喋ることだけを心がけていて。思い返せば、人生ずっとそんな感じだったかもしれません。わたし、ものすごく空気が読めないんですよ。子どもの頃から人とのコミュニケーションが上手くできなくて、だからこそ相手がなにを言ってほしいのかとか、なにを求められているのかとか、そういうことばかりずっと考えていたんです。でも、なにも考えずに歌ったときに、はじめて素の自分を受け入れてくれる人たちがいた。空気が読めなくても、歌は好きなように歌えるんだって気づいたんです。それからかな、あまり考えないで、ただ素直でいるようになったのは。


高根:でも、その素直さが人気に繋がっているのはたしかですよね。ファンに話を聞くと、「彼女が1番、握手会で人の顔をちゃんと覚えてくれる。ニックネームを付けてくれたりして、心からコミュニケーションをしようとしているのが伝わる」って言うんですよ。


藤井:意識して、こういう風に上手に言わなきゃとか、サービスしなきゃって考えていないところが良いんでしょうね。そうすると、本音の部分がちゃんと見えてくる。


高根:藤井さんは、アイナちゃんみたいな天然タイプの人と、逆にすごく計算している人、ご自身の担当番組でキャスティングする時に意識していることはありますか?


藤井:やっぱり、バランスは考えます。全員が全員、達者な人を集めたとしても番組は面白くならないことが多いんです。中には失敗する人もいた方が良いし、間違えたことをする人もいた方が良い。僕は演出業がメインなんですが、番組の面白さに直結するキャスティングに関しては自分が主体となって考えることが多いですね。バラエティ番組では、プロデュースワークと演出が重なる部分もあるので、実質的にプロデューサーを兼ねることもあります。


高根:本書では、プロデューサーの仕事が一般に理解しにくい理由も説明しているのですが、どこまでがプロデューサーの仕事なのかが線引きしにくいところも、そのひとつですよね。アイナちゃんから見ると、プロデューサーが何をしている人なのか、やっぱりわかりにくいのでは? 僕がBiSHの「MONSTERS」と「本当本気」のMVのプロデュースを務めていることも、たぶん知らないでしょう。


アイナ:え、そうだったんですか!? 全然知らなかったです。


高根:これが現場の声です(笑)。でも、僕は現場では基本的に監督にすべてを任せるタイプだから、行っても大概やることがないんですよね。予算を預かって調整して、制作スタッフを決めて仕切っちゃえば、ほとんど僕の仕事は終わり。だから、「MONSTERS」の現場では、みんなが撮影している間、爆発させる車の座席を一生懸命剥がしたりしていました。座席が付いたままで爆発させると危ないっていうので。演者の方々からすれば、なんの仕事をしているのかよくわからない、「ただ突っ立っている人」というイメージだと思います。


アイナ:よくお会いするんですけど、たしかに高根さんが何をしている人なのか、ずっとわかんなかったです(笑)。BiSHが4人だった時から、一緒にお仕事させて頂いているのは知っているんですけれど。なんとなく、偉い人なんだろうなーみたいな。でも、この本を読んでようやく高根さんの仕事がわかりました。それに『百円の恋』とか『この世界の片隅に』とか、わたしが大好きな映画の話もたくさん出てくるから、親近感があってすごく読みやすかったです。


高根:そう言ってもらえると嬉しいです。藤井さんも、自身の仕事論を書籍『悪意とこだわりの演出術』に著しています。組織にいるからこそ、フルスイングしないともったいないと言っていて、それは僕も120%同意なんですよ。だけど、現実的に考えて、組織にいながらフルスイングできる人って限られているのかなと。


藤井:会社組織としては、全員がフルスイングでは困りますからね。ちゃんと当てて手堅く成績を出してくれる人も、当然ながら必要なわけで。だけど、やっぱりホームランを打った方が楽しいし、会社だってでかい当たりを求めているわけだから、一度はそこを目指した方がいいですよね。それでダメだった時に、「俺はアベレージヒッターを目指した方がいいんだ」って気づく瞬間もあるだろうし。その時に自分の得意なこと、組織のために出来ることを考えればいい。


高根:組織論的には、冷静に考えるとそれぞれの役割があるわけですからね。


藤井:めちゃくちゃ当たり前の事ですけど、一番ダメなのは、打席が与えられていないって文句ばかり言ったり、自分の番になったときに当てれば良いんだろうって考え方で、持ち場で力を抜いている人間。たとえばディレクターの一人として番組に入った場合、その番組が当たっても外からはその人の手柄には見えないわけです。でも、その都度に自分の持ち場で結果を出して、積み重ねなければチャンスは巡ってこないんですよ。いま与えられている役割が、将来的に打席につながる一本の道であると理解していない人が意外と多いんですよね。


アイナ:すごい、そんなことを考えていらっしゃるんですね。本当にそうだと思います。


■アイナ「内容が面白くても結果が出るわけじゃない」


高根:これは持論なんですけれど、アンダーグラウンドなヒップホップが好きな業界人って、間違いなくみんな良い人なんですよ。藤井さんもPUNPEEに番組の音楽を依頼したり、ゆるふわギャングの映像を手がけていたりして、ヒップホップと親和性があるし、アイナちゃんももともとダンスから表現を始めている。だから、二人ともすごく良い人だと勝手に思っています。


藤井:(笑)それって、なにか理由があるんですかね?


高根:世の中になにか物申したいと思っている音楽ジャンルって、いまはロックではなくてヒップホップとかダンスミュージックなんだと思います。ダンスミュージックはその身体性や享楽性で表現してるわけですが、ヒップホップが発信しているメッセージに共感して憤っている人は、基本的に純情なんじゃないかなと。僕は自分で言うのもなんですが、未だにピュアな子どもの心を持っているおっさんだと思っていて(笑)。でも、その純情さをそのまま出すのは恥ずかしいから、何重にもフィルターをかける。そうすると「この人ってなにを考えているのかわからない」と思われるんです。


アイナ:純情って(笑)。


高根:でも、自分もいつかは何かを発信しようと企んでいる純情な人って、組織に居場所を見つけるのが難しかったりしますよね。逆に、カルチャーが別に好きではなくても、うまく派閥を作って出世していく人間もいる。


藤井:自分の表現したいことややりたいことがないと、結局のところ、仕事のモチベーションって出世しかなくなっちゃうんですよね。でも、クリエイティブの世界が出世を目指すだけの人ばかりになってしまうのは、やっぱり良くないですよ。


アイナ:ただ、いつの間にか目的がすり変わっていくこと自体は、理解できます。わたしも最初はただ、自分らしく人とコミュニケーションをするために歌っていて、歌い続けたいからプロを目指していたのに、いつの間にか「もっと売れたい!」って思うようになっている。そういう自分に、ちょっと違和感はあるんです。


藤井:でも、売れたいって気持ちを持つこと自体はすごく大事なんじゃないですかね。ただ、順番として、まずは「歌いたい」、そして「売れたい」と考える必要はあると思う。「売れてお金がもらえるなら、別に歌わなくても良い」ってなってしまったら、違うと思うけれど。僕らだって、まずは面白いものを作りたいという気持ちがあった上で、それをヒットさせて色んな人に見て欲しいと考えています。でも実際には、内容はなんでも良いからとにかく売れたい、褒められたいという考えの人もいる。逆に、売れなくてもいいから自分の好きなことをやるという人もいるけれど、それは単なる趣味で、プロフェッショナルじゃないですよね。だから、結局両方とも必要なんですよ。


高根:そのバランスが難しいですよね。『フラッシュバックメモリーズ 3D』をプロデュースしたとき、会社がすごく評価してくれたんですよ。「高根くんは変わったね」とか言われて。でも、自分としてはこれまでに手がけてきたものの延長にあるもので、実は本質的にやってきていることは変わっていなかったりするんです。なにが違うかというと、ちゃんと商業的な成功を収めているかどうかで、結果が出なければ内容的な部分はほとんど評価されないんですよね。


藤井:内容を評価できる人って、実はあんまりいないんですよ。中身がいくら面白くても、それを正確にジャッジできる人なんて基本的に0だと思った方が良いくらい。対外的な評価が伴わなければ、同じ会社の中にいる人だって、その良さには気づかない。そこが難しいところです。


アイナ:ある意味、わたしたちアーティストよりもシビアなのかもしれませんね。お話を聞いていて、わたしに制作は絶対無理って思いました。藤井さんの「芸人キャノンボール」は、あんなに面白いのに視聴率は全然良くなかったって仰っていたじゃないですか。わたし、それを知ってすごくビックリして。内容が面白くても結果が出るわけじゃないんだなって。


高根:たとえば100人中5人が、1万円払ってでも見たいと思う作品と、100人中30人が、タダなら見てもいいかなっていう作品があったとして、テレビの世界で評価されるのは後者なんですよね。


藤井:視聴率って、あくまで見ている人数のカウントですから、面白かったかどうかを測るものではないんですよ。だから、なんとなく流して見ることができる番組が勝っちゃうことも多い。「このあとマル秘ゲストが登場!」って煽って、顔にモザイクかけて、視聴者はなんとなく「誰なんだろう?」って見続けるみたいな。でも、それを見終わって視聴者の心になにかが残るかというと、たぶん何も残らない。ところが最近は人々の趣味が細分化してきたこともあって、どんなジャンルでも、好きな人に向けて狭く深く作るのが有効になってきているんです。そうなると、テレビの作り方も全く変わってくる。ネットとの融合で、さらにその方向性は加速すると思います。


高根:アイドルカルチャーなんかは、実はその最たるものですよね。ファンが好きなアイドルに直接お金を使う。それに対する批判もあるけれど、実は誰かが傷ついているわけではないから、それはそれで良いんじゃないかと僕は思っています。それに、アイドルカルチャーはビジネスモデルが確立したからこそ、すごく発展して、音楽的にも尖ったものがたくさん生み出されている。


アイナ:たしかにBiSとかも、ちゃんと売れていたからこそ尖ったことができたわけですもんね。


高根:SNSなどで細分化された趣味が可視化しやすくなっていることは、藤井さんにとってプラスですか?


藤井:やっぱり、視聴者の反応が見えることで、この方向性で間違いないかなって確認できるのは便利ですよね。ただ、20年前なら同じ内容でもっと視聴率が取れたし、評価も得られたはずだって、言われることもありますね。今って、面白いものと数字を取るものがイコールではないんですよ。たとえば『ごっつええ感じ』はゴールデン帯にやっていて、数字もすごく取っていたけれど、今見てもめちゃくちゃ尖った番組で、決してわかりやすさを目指していたわけではない。今やったら絶対に数字は取れないと思います(笑)。


アイナ:わたし、『ごっつええ感じ』はめっちゃ好きです。YouTubeで見たりします。未だに面白くて、LINEのアイコンにしていたぐらい。


藤井:ですよね?やっぱりそれだけ人の心に深く刺さってるんです。だから、数字は取らないけれど商売にはなるはず。『ごっつええ感じ』の新作だったら1回500円で配信しても、見る人はたぶんいっぱいいる。システムが変われば商売になるし、それだけの価値があるんですけれど、今のテレビだとあんまり評価されない。でも、そこが今、転換点に差し掛かっているのかもしれません。


(構成・写真=松田広宣)