トップへ

きのこ帝国が見せた、進化し続ける姿 10周年を前に向き合った“自分たちのスタイル”

2017年05月06日 16:03  リアルサウンド

リアルサウンド

きのこ帝国(写真=Viola Kam (V'z Twinkle))

 きのこ帝国が4月20日、中野サンプラザにてワンマンツアー『花の名前を知るとき』のファイナルを迎えた。


(関連:佐藤千亜妃、“表現者”としての軌跡ーー音楽人生を辿ったソロカバーライブを観た


 彼らが中野サンプラザでワンマンライブを開催するのは、前作『きみと宝物をさがすツアー』以来1年ぶり。そのツアーはメジャーデビューアルバム『猫とアレルギー』リリース後に行われたものだったが、本ツアーは2ndアルバム『愛のゆくえ』を携えて行われた。映画 『湯を沸かすほどの熱い愛』の主題歌として書き下ろした「愛のゆくえ」や配信シングル「クライベイビー」「夏の影」などで到達した、バンドの新たな境地を示したアルバムだ。本公演では『愛のゆくえ』収録曲をはじめ、メジャーデビュー以降の楽曲を中心としたライブが展開された。


 今回の公演で特に印象に残ったのは、ボーカル・ギター佐藤千亜妃の歌声の際立ち方だった。ノスタルジックなミディアムナンバー「桜が咲く前に」、シニカルなポップソング「怪獣の腕のなか」と続けて始まったこの日のライブでは、バンドの音圧はやや抑えめで、佐藤の歌声が前に出た印象だ。軽快な西村“コン”のドラムのビートから始まり、谷口滋昭がベースソロを聴かせた「クロノスタシス」やシューゲイザー的アプローチの「海と花束」といったインディーズ時代の楽曲も、より洗練された印象に。そして、あーちゃんが弾くピアノと佐藤の歌から始まった「猫とアレルギー」のように、全体を通してあーちゃんがギターではなく、ピアノを弾くことも多かった。その後の「LAST DANCE」から「風化する教室」までの流れでは、シンプルだが濃厚なバンドのグルーヴを堪能することができた。


 きのこ帝国は作品ごとであらゆる音楽的アプローチに挑戦し、進化する姿を常に発信し続けてきたバンドだ。そんな彼らが一貫して大切にしてきたことに、佐藤千亜妃が紡ぎ出す言葉、すなわち歌詞がある。


 MCでは楽曲「愛のゆくえ」の誕生がきっかけとなり、「9つの愛のかたち、バラバラのシチュエーション」を収めたアルバム『愛のゆくえ』を完成することができたというエピソードが語られた。佐藤が「前向きなものを届けようとしていた時期もあったけど、『愛のゆくえ』で(自分の)内面と向き合えてよかった」とも語っていたように、同作では「人間のディープなところにあるうごめき」を表現することができたという。さらにそれを機に、“きのこ帝国としてのスタイル”を見つめ直すことができたというのだ。確かに同作は、これまで以上に歌や言葉の持つ力が生かされ、演奏がサウンドスケープとしての役割を果たした作品でもあった。そういったバンドの状態が、ライブの演奏面でも変化として表れていた。結果、楽曲の中で歌と言葉の存在がより明確となり、スタンダード的なポップスへと昇華されていた。演奏中に自然と沸き起こった観客たちのクラップなど、会場の反応からもそれは明らかだった。


 そして、バンドのあり方に影響を与えた一曲「愛のゆくえ」の披露へ。タイトルをテーマに佐藤が自身の死生観とも向き合った同曲では、この日一番の轟音と儚げな佐藤の歌声が会場中に響き渡った。その勢いのまま、「夜が明けたら」「東京」などの感情の昂りをストレートに表現するナンバーが披露されると、一変して普遍的な愛情を歌う「クライベイビー」「死がふたりをわかつまで」を穏やかに歌い上げて本編を終えた。


 きのこ帝国は、2017年9月で結成10周年を迎える。その頃には何かを届けられるように進めているそうだ。アンコールでは、ギリギリ間に合わせることができたという新曲「夢みる頃を過ぎても」も披露された。10周年を目前に、今一度自分たちのスタイルと向き合い、進化し続けるバンドの姿を各地に届けたきのこ帝国。この日のメンバーたちの表情は達成感に満ちあふれ、いつになく清々しく見えた。(久蔵千恵)