トップへ

新日鉄住金の技術が韓国に流出、和解成立…関与した元従業員「個人」を訴える意味

2017年04月30日 10:04  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

大手鉄鋼メーカー「新日鉄住金」の特殊な製品の製造技術が、韓国の鉄鋼メーカー「ポスコ」に流出したとして、新日鉄住金が元従業員に不正競争防止法違反に当たるとして、損害賠償や製品の販売差し止めなどを求めていた裁判で、元従業員側が解決金を支払い、和解が成立した。


【関連記事:精神疾患で退職した従業員を訴えた会社が敗訴…逆に慰謝料支払う羽目に】


NHKの報道(4月18日)によれば、ポスコ側が300億円を支払うことで2015年、ポストと和解が成立したが、その後も約10人の元従業員側に対する責任追及は続いていた。昨年末までに全員との和解が成立し、元従業員は謝罪。解決金を支払った。会社側は3月末、訴訟を取り下げたと日本経済新聞電子版(4月18日)は報じている。


企業の知的財産に詳しい弁護士は今回の和解成立の意義について、どのように評価しているのだろうか。遠藤誠弁護士に聞いた。


●「情報漏えいの防止につながると期待」

「新日鉄住金が、技術流出に関わった元従業員への責任追及の手をゆるめず、最終的に、謝罪と高額の解決金の支払いを約束させたことを、高く評価したいと思います。


いくつかの韓国企業は、近年、日本企業が有する技術情報の流出に関与し、法的紛争を引き起こしました。例えば、今回の新日鐵の事案の他にも、東芝の有するフラッシュメモリー製造技術が韓国のSKハイニックスに不正に流出した事案など、憂慮すべき重大事案が複数発生してきました。


これまでは、日本企業が技術の流出に関して訴訟を提起する場合、企業を相手方として提訴するのが一般的でした。しかし、企業を相手方として提訴し、勝訴したとしても、情報漏えいに関わった元従業員はあまり痛みを感じない可能性があります。


そこで、今回のように、情報漏えいに関わった元従業員自身を相手方として提訴し、謝罪と高額の和解解決金の支払いを認めさせたことは、他の元従業員や現職の従業員にも、技術情報の重要性や秘密保持責任の厳格さを再認識させることになり、将来の情報漏えいの防止につながると期待されます」


●不正競争防止法が改正された意味

日本ではまだ珍しい産業スパイ行為の責任追及だと評価できるのか。


「確かに、日本では、まだ、訴訟によって産業スパイの責任追及が行われることが、それほど多いとはいえません。しかし、憂慮すべき重大な技術流出事案がマスコミにより大きく報道されるに伴い、日本企業の有する技術情報が中国や韓国などの外国に流出することをいかに防ぐかということが、重要な問題であるとして、社会一般に広く認識されるようになりました。


その結果、2015年7月の不正競争防止法の改正により、罰金刑の額の引き上げ、犯罪で得た利益の没収、未遂罪の処罰などが図られました。改正の背景には、このままでは、日本企業の有する高い技術力と国際競争力の低下に繋がりかねないという危機意識がありました。


ただし、外国企業による産業スパイ行為の責任追及は、容易なことではありません。今後の法改正により、捜査機関に司法取引やおとり捜査の権限を認めたり、証拠が外国に存在する場合には当該外国の捜査機関の協力を求めたりすることがスムーズにできるようにならないと、実際の摘発は難しいといえます。その意味で、今後も、さらなる法改正が必要になってくると思われます」


●従業員の側の認識も重要

今後、日本において同様のケースを厳しく追及する企業は増えるのか。


「そのような日本企業が増えていくことを期待したいと思います。もちろん、各企業のポリシーや技術情報の重要性の程度などに照らして事案ごとに考える必要がありますが、一般的に、情報漏えいに関わった従業員の責任追及をせずに放置しておくことは、他の従業員の規範意識を鈍くさせるおそれがあり、決して望ましいことではありません。


従来であれば、『何も従業員個人の責任追及までしなくても…』という考えが一般的だったかもしれませんが、日本企業の国際競争がますます熾烈となっている現在、技術力の低下は国際競争力の低下に直結し、日本企業の存立基盤を崩壊させかねません。情報漏えいに関わった個人を絶対に許さないという企業の姿勢は、当該企業だけでなく、日本の産業界全体での再発防止効果につながるといえます。


とくに最近は、日本企業を退職した技術者が新興国企業に転職するケースが増えており、日本企業の有する技術が海外に流出するのではないかという危機感が広がっています。同業他社に転職すること自体は必ずしも違法とはいえませんが、元の勤務先で知った秘密情報を転職先で開示したり使用したりすると、元の勤務先から提訴されることがあり得ることを、従業員の側でも、はっきりと認識しておく必要があります」


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
遠藤 誠(えんどう・まこと)弁護士
1998年弁護士登録。2006~2011年、北京事務所に駐在。2013年に、大手の法律事務所から独立し、「ビジネス・ローの拠点」(Business Law in Japan)となるべく、BLJ法律事務所を設立し、現在に至る。中国等の外国との渉外案件・知財案件を中心とする企業法務案件に従事。「世界の法制度」の研究及び実践をライフワークとしている。
事務所名:BLJ法律事務所
事務所URL:http://www.bizlawjapan.com