スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第2回は、電子制御とライダーの関係について語る。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
開幕戦カタールGP、第2戦アルゼンチンGP、そしてつい先日の第3戦アメリカGPでただひとり3戦連続で表彰台に立ち、一躍ポイントリーダーとなったのは誰でしょう?
そう、皆さんご存じ、バレンティーノ・ロッシだ。それではロッシは何歳でしょうか? 正解は……、38歳! 現役最年長もいいところ、今年のMotoGPライダーの平均年齢は27歳でほぼひと回り離れており、最年少21歳のアレックス・リンスより17歳も年上なのだ!(2017年4月末現在)
まだ3戦しか終わっていないとはいえ、38歳でランキングトップとは……。信じられない快挙なのだが、その影で「今のMotoGPマシンは乗りやすいからじゃないの……?」という声も聞こえてくる。
いやいやとんでもない! 最新MotoGPマシンは決してラクに走らせられるシロモノではないのだ。開発ライダーとしてスズキGSX-RRを走らせている45歳のワタシが断言しよう。最新MotoGPマシンを早く走らせるのは、めちゃくちゃキツい!
■MotoGPライダーはトラクションコントロールに頼っていない?
最新MotoGPマシンは“電子制御のカタマリ”とも言われている。トラクションコントロール(以下、トラコン)、エンジンブレーキコントロールなどが装備され、まさにコントロール三昧だ。だからこそ「やっぱりライダーはラクなんじゃないの?」と思われがちなのだろう。だがしかし、決してそんなことはない。むしろ、以前に比べてライダーの体への負担は増しているのだ。
電子制御は、GPマシンが2ストロークエンジンから4ストロークエンジンにスイッチした2002年ごろから急速に進化した。当初は4ストの強大なエンジンブレーキをどう制御するかが大きな焦点だったが、同時に『ハイサイド防止装置』としてのトラコンにも力が注がれた。
四輪ファンの方には『ハイサイド』という言葉は馴染みがないかもしれない。『ハイサイド』は、旋回中などでタイヤが横方向へ滑った後に急激にグリップが回復して車体が起き上がる挙動のことで、ハイサイド転倒はこれに起因するものをいう。
トラコンは、アクセルを開けた時にパワーカットすることで、後輪の不要なスライドを防ぐ仕組みだ。それまでの2スト500ccエンジンに比べて飛躍的にパワーアップした4スト990ccエンジンは、エンジン特性も猛々しく、常にハイサイドのリスクと隣り合わせだった。
ただ、当初の制御はとても粗かった。ワタシの初トラコン経験は2004年のプロトンKR5(ケニー・ロバーツ率いるチームのオリジナルマシン。独自開発のV5エンジンを、独自フレームに搭載していた)だったが、前後輪の回転速度差を検知するとカチッと作動し、バスンとショックが伝わり、スライドが収まるとカチッと作動休止、再びバスンとショックが伝わるというシロモノ。市販車のスピードリミッターが効く時のような衝撃があるので、限界まで攻めている時はとても怖かった。
その後の2、3年でトラコンは急速に進化し、今ではハイサイド防止装置としてのものから、速く走るための武器として様変わりしている。今のMotoGPライディングでは、コーナリングのかなり早い段階からほどよく後輪をスライドさせて向きを変えているのだが、そのサポート役だ。
原理そのものは昔から同じ。過度なスライドを検知したところでパワーカットしているのだが、制御はいっそう緻密になっている。前後輪の回転速度差だけではなく、6軸センサーから車体姿勢も把握。パワーカットの方法も工夫され、作動ショックもほとんど感じられない。より速く走るために最適なシステムに仕上がっている。
ところで、さっきから「スライド、スライド」と言っているが、コレ、あくまでもコーナリングのかなり早い段階で、まだマシンが深々と寝ている状態での話。立ち上がりのパワースライドとは違う。ココ、非常に重要です。
バンク角がおそろしく深い状態では、当然無理なことはできない。だからスライドと言っても、その量はかなり微妙だ。フツーの方なら、「え? スライドしてるの?」と気付かないかもしれない。そもそも、目で見て明らかに分かるような派手な挙動は、超シビアな現代MotoGPではタイムロスでしかないのだ。
しかもですね……。今や多くのライダーは、トラコンをほとんど効かせていない。理由はふたつある。ひとつは、いち早く向き変えするために、ライダーが自分の意のままに後輪をスライドさせたいから。もうひとつは、いかに緻密になったとはいえ、トラコンはパワーカットが原則。つまり、少なからずパワーロスしてしまう。アクセルワーク次第でその無駄を防げるなら、自分で頑張った方がマシ、というワケだ。トラコンは、アクセルワークがほんのわずかイキすぎた時の“補正”という役割を果たしているのだ。
つまりMotoGPライダーは、ものすごく深いバンク角の時点で、分かるか分からないか程度のスライドを、トラコンが作動するかしないかというギリギリの領域で、微妙な右手のアクセルワークによって、絶妙にコントロールしている。これがまた、体力的にヒジョーにキツイ。そしていよいよ話は、本題であるロッシ(38歳)のスゴさに立ち戻るワケである。
■電子制御の導入でライダーの負担増
イン側に大きく体を落としてコーナリングする、MotoGPライダーたち。一見派手にアクションしているようだが、実はかなり静的な世界に彼らはいる。少しでも無駄な挙動を防ぐために、ものすごく繊細にマシンコントロールしているのだ。例えるなら、静止しているバランスボールの上で、自分の体を静止させているようなもの。……と言えば、そのキツさ、困難さが想像できるだろうか?
人も、バランスボール=MotoGPマシンも、本来はお互い常に動き合いながらバランスを取るものだ。バイクレースで言えば、「暴れるマシンをねじ伏せる」といった昔ながらのスタイルは(それはそれで大変だけど)、まだ自然の摂理に適っている。人もバイクも動きまくりながらのバランス取りだからだ。
だが、双方の動きを極端に減らし、なおかつ精密にバランスを取るのは至難の業。バランスボールの上で完全に静止して瞑想している図をイメージしてもらえば……、ご想像の通り、体幹からしっかりと鍛え上げなければならない。それをロッシ(38歳)は見事にこなしているのだ。
日頃から筋トレを欠かさず、週に2、3回はダートでのバイクトレーニングを続けているというロッシ。陽気なイタリアンのように見えて、影では信じられないほどの努力をしている。しかも、相変わらずのレース強さ。序盤は抑え、後半にペースを上げるロッシパターンも健在で、「もしかしたら今年、チャンピオン獲っちゃうんじゃないの?」という期待感もある。
が、しかし! 若手の台頭も著しい。今年、タイトル争いに間違いなく絡んでくるマーベリック・ビニャーレスは22歳、そして昨年の覇者マルク・マルケスは24歳だ。
彼らが発揮している「若さ任せ」の勢いは、やはり圧巻だ。体幹を駆使する必要があるだけに、若さは強力な武器なのだ。特にマルケスは、静的であるはずのMotoGPライディングの常識を覆し、マシンの上でアグレッシブに体を使っている。なおかつタイムロスになるような無駄な挙動は出さないのだから、いやはや、その身体能力の高さはズバ抜けている。
1996年、17歳で世界GPにデビューしたロッシは、まさにアイドル的な存在として多くのファンを魅了した。それが今や押しも押されぬ大ベテランである。17歳でおにゃん子クラブの一員となり人気を博した城ノ内早苗が、48歳の今も演歌歌手として活躍しているようなもの(若い人にはわからないか?)。最近MotoGPを観始めたファンの中には、ロッシのことをよく知らない人も増えつつあると聞くが、そりゃそうだろうな、と思う。
ここはひとつロッシには『中年期待の星』として、若手を押さえつける踏ん張りを見せてほしい。そして、中年を撥ね除ける若手の活躍にも大いに期待したい。ベテランと若者のしのぎ合いは、スポーツ盛り上げ要素のひとつだからね!
ーーーーーーーーーーーーーーーー
■青木宣篤
1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。