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ケンドリック・ラマーは“現ヒップホップ・シーンの救世主”だーー渡辺志保の『DAMN.』徹底分析

2017年04月27日 17:03  リアルサウンド

リアルサウンド

ケンドリック・ラマー『DAMN.』

 2017年4月14日に発売された、ケンドリック・ラマーの4作目となるアルバム『DAMN.』。前作『To Pimp a Butterfly』から約2年ぶりのリリースであり、もちろん世界中のヒップホップ・ファンが待ち望んだアルバムである。


動画はこちら。


 まず、『DAMN.』のリリース前後の時系列を追っていきたい。本作への期待が一気に高まったのは、本年の3月23日。ケンドリックがネット上で「The Heart Part 4」なるシングルを発表したことがきっかけだった。楽曲発表の前日、ケンドリックはインスタグラムの過去の写真をすべて消去し、<IV>と書かれた「The Heart~」のジャケット写真のみをポスト。ファンたちは、「次作のアルバム・タイトルは『IV』になるのでは?」とざわめきたった。結局、<IV>はケンドリックの新曲のタイトルを示唆するものだったわけだが、この「The Heart」シリーズはケンドリックのキャリア初期から続くシングル・シリーズで、ヤシーン・ベイことモス・デフの「Umi Says」のトラックを下敷きにした「The Heart Part 1」の初出は2010年にも遡る(ちなみに「Part 2」はミックステープ『Overly Dedicated』の1曲目に収録されている)。


 「Part 3」はケンドリックの2ndアルバム『good kid, m.A.A.d city』が発表される直前の2012年10月20日に発表され、「Part 3」のリリックの最後はアルバム発表を意味する<Will you let hip-hop die on October 22nd?>(『gkmc』は10月22日に発表された)というラインで締めくくられた。そして、今回の「Part 4」でも、最後に<Y'all got 'til April the 7th to get y'all shit together>(4月7日までに準備しておけ)というラインが飛び出し、ファンたちは否応なく4月7日に新しいアルバムが出ることを期待したのだった。そして、わずか一週間後の3月30日、新曲「HUMBLE.」がミュージック・ビデオとともに発表された(本楽曲の詳しい内容は、こちらの拙稿を参照して頂きたい/http://realsound.jp/2017/04/post-11911.html)。


 そして、世界中のファンがやきもきしながら待った4月7日当日、待てども待てどもアルバムはドロップされず、変わりにiTunesに「ALBUM」と書かれた商品購入ページが出現。そこには発売日が4月14日と記載されており、我々ファンはさらにもう一週間の辛抱を強いられたのだった(のちに、もともと4月7日に発表される予定だったのはシングル「HUMBLE.」だったと判明する)。4月14日を迎える前にも、トラックリストやジャケット写真などが徐々に公開されていき、ファンたちはわずかな情報をもとにケンドリックの次作がどんな仕上がりになるのか、推理に推理を重ねていった。


 そして迎えた4月14日。米時間の13日未明頃から既にリーク音源が出回るなどしていたが、無事にアルバムの正式リリースのタイミングを迎え、アルバム『DAMN.』の全貌が明らかになるとともに、ウェブメディアやSNSを中心に、次から次へと作品に関する記事や投稿が増えていった。筆者もリアルタイムでSNSを閲覧していたが、主に米音楽メディアが競うようにして『DAMN.』に関する情報やレビュー、考察記事をアップしていく様子は、まさに大きな波が押し寄せてくるようだった。


 アルバムが発売された2日後、ケンドリック・ラマーは米最大のフェスとも言われるコーチェラ・フェスティバルに参加。3日にわたり行われたフェスのトリを務めた。『DAMN.』を発表した直後のケンドリックが、どんなパフォーマンスを行うのか、現場にいたオーディエンス、そして、インターネット中継でストリーミング視聴していたオーディエンス全てがステージに登壇する彼の姿を待ちわびたのだった。冒頭、今回のアルバムで登場するケンドリックのオルター・エゴともいうべきカンフー・ケニーをフィーチャーしたショート・ムービーが流れ、その後、ケンドリックは「DNA.」のパフォーマンスとともに登場した。『gkmc』や『TPAB』からの楽曲もバランス良く配置し、途中、同じレーベル、<TDE>のスクールボーイ・Qやトラヴィス・スコット、フューチャーまでも呼び込み、名実ともに現ヒップホップ・シーンのトップに君臨するMCらによる豪華なステージングを披露した。最後は巨大スクリーンに「結束」(中国語で「終了」を意味する)と映し出し、ケンドリックは単語の間に「マザーファッキン」を頻出させながら、観客へのお礼、そして新作『DAMN.』のリリースを伝え、ステージを後にした。


 さて、アルバムの内容だが、本編1曲目となる「BLOOD.」の冒頭のコーラス<Wickedness Or Weakness>(邪悪さか、弱さか)に顕著なように、アルバム全体を通して、ケンドリックは相反する二面性を描き出している。それは「LUST.(欲望)」と「LOVE.(愛)」、「PRIDE.(強欲)」と「HUMBLE.(謙虚)」など、各曲のタイトルを見ても明らかだ。自身を非難するFOXニュースのナレーションや、身近な家族のトピックを幾度となく交えながら、「自分は神の子、世界最強のラッパー(The Best Rapper Alive)」と言ってみたかと思ったら「俺はパーフェクトではない」と弱音を吐いて見せるなど、本作においては、“個人”をあらゆる側面からとことん掘り下げることに執着しているようにも思える。


 事実、ケンドリックはBeats 1ラジオの最新インタビューにてこのように語っている。「『TPAB』では、俺たちがどうやったら世界を変えられるか?ということをアルバムにまとめた。『DAMN.』では、自分自身が変わらないことには、世界を変えることはできない、という点にフォーカスした」。加えて、“個人”という点に関しては、アルバム内でも触れられているトランプ政権の問題に絡めて「俺たちはトランプにフォーカスしているわけじゃない。もっと、自分自身にフォーカスしているんだ。それぞれ異なる民族や文化が一緒になって、それぞれを守っている。俺たちはもっと、個人の問題や解決法を模索していかなきゃいけないんだ」と、混乱する現代社会(特にアメリカ社会)の中で、より“個人”の問題を重視すべきとの見方を示している。


 これは、前作では一つの信念や共通の概念のもとに希望を忘れず「大丈夫だ」と社会を鼓舞する楽曲「Alright」がアルバムのハイライト的であったのに比べ、今作では自身の強さや他者への牽制(この場合は<他のダサいラッパーらへの牽制>という意味合いが強いが)、自分自身を高めていくことを主軸とした楽曲、すなわち「HUMBLE.」や「DNA.」と言った楽曲にスポットライトが当たりがちなことからも、二作のコントラストがはっきりと表れていると言えるかもしれない。U2が参加した「XXX.」では、あからさまなリリックでトランプ現大統領を揶揄する場面もある。


 ケンドリックがこれまでに語ってきた、地元コンプトンで育ち、葛藤を抱えながらスター・ラッパーとしてサヴァイブする、というテーマは、本作『DAMN.』においても一貫している。ただ、今回はより生々しい感情をあらわにすることによって、ケンドリック・ラマーという一人の人間がより浮き彫りになったアルバムとなった。と、同時に、我々はケンドリックが抱いている感情ーー気分の浮き沈みや孤独、愛情を渇望する様子ーーは自分自身と変わらないことに気が付く。同時に、いくつものレイヤーに自身のスピリットを込め、丹念に、そして技術的にも複雑な形で自分の感情をライムに紡いでいく彼のスキルは、やはり世界最高基準にあると言っていい。前作に続き、ラップ・ミュージックにおけるナラティブ性をどんどん高めていくケンドリックは、彼も楽曲内で言っている通り、“現ヒップホップ・シーンの救世主”なのである。(文=渡辺 志保)