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アニメ界の異才・湯浅政明、なぜ国際的評価? 『夜は短し歩けよ乙女』“奇抜な画の動き”を考察

2017年04月20日 10:04  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会

 2016年の日本の映画業界はアニメパワーが席巻した。『君の名は。』の大ヒットに、『この世界の片隅に』の大躍進、京都アニメーションの映画『聲の形』も話題になり、『名探偵コナン 純黒の悪夢』もシリーズ最大ヒットを飛ばし、『KING OF PRISM』は応援上映という新しい上映形態を広め、『ガールズ&パンツァー』は約1年もの間のロングランを記録した。


参考:星野源演じる“先輩”は円=縁の結び目に 『四畳半神話大系』と『夜は短し歩けよ乙女』の相違点


 GEMパートナーズが発表した統計(参考:映画興行市場に関する調査結果【GEM Standard】)によれば、2000年以降最高を記録した2016年の映画館の興収では、アニメ作品の増加が大きく寄与していると言えそうだ。最大手の東宝の好調な成績もアニメ作品のヒットに下支えされていると言っていい。


 数年前に宮崎駿が引退会見を行い、アニメ映画の今後を危ぶむ声もあったが、2016年の結果を見れば杞憂に終わったといえる。新海誠に片渕須直、山田尚子に細田守etc…。我々は今、実に多くのアニメーションの才能をスクリーンで堪能できる時代になった。ポスト宮崎駿は誰か、という議論も盛んにされるが、宮崎駿をひとつの時代と捉えるなら、その次代は、多くの多彩な才能がひしめき合う群雄割拠の時代なのではないか。


 さて、2017年もアニメ映画の勢いは続きそうだ。その中で、今年最も注目されそうなのが、アニメ界の異才・湯浅政明だ。劇場作品は『夜は短し歩けよ乙女』とオリジナル作品の『夜明け告げるルーの歌』の2本があり、Netflixでデビルマンのアニメシリーズに挑戦する。


 かねてよりその独特の流線型の画とデフォルメされたキャラと動きで、アニメーター時代から注目されていた湯浅氏だが、どんどん描き込みの量が増えていき、フォトリアルな作風が増えていくなかで、アニメーションでなくては不可能なデフォルメとキッチュさで、国内外で高く評価されている。


■『ど根性ガエル』の流線型の動画を受け継ぐ湯浅政明


 湯浅作品の魅力は何と言っても奇抜ともいえる画の動きだ。最新作の『夜は短し歩けよ乙女』は、同じ森見登美彦原作の『四畳半神話大系』の姉妹作のような作りになっており、湯浅政明が注目されるきっかけとなった『マインド・ゲーム』などにもテーマ性の共通性は見いだせるかもしれないが、やはり彼の描く独特のフォルムと動きにこそ惹かれる人が多いのではないか。湯浅監督の作品の画は、明らかに現在活躍する他のアニメ監督とは一線を画するセンスが宿っている。


 湯浅政明のキャリアはアニメ制作会社・亜細亜堂への入社から始まる。亜細亜堂へ入社することにしたのは、Aプロダクション時代の『ムーミン』や『ド根性ガエル』の作画・演出で知られる芝山努氏がいたかららしいのだが、とりわけ『ど根性ガエル』は彼の作風に大きな影響を与えていると思われる。


湯浅:僕は、仕事を初めてから、Aプロの作品を観て勉強しました。


ーーあっ、そうなんですか。


湯浅:やっぱ、ちゃんとしない画ってそこから来ているんでしょうね。『ど根性ガエル』なんかの画って、流線型の画ですよね。動かす度にいつもゆがんでいる画なんですよね<中略>なんか凄く画が伸びるんですよね。そういう動かし方があるんかあって思って。最初の頃の目標ではあったんですよね。


(引用元:この人に話を聞きたい アニメプロフェッショナルの仕事/小黒祐一郎著)


 ここで湯浅氏の言う、流線型の伸びる画作りは『夜は短し歩けよ乙女』の中にも生かされている。食べ物が喉を通る時に身体が伸びたり、走る時の足の長さが違ったり、自由自在にアニメーションらしい「嘘のつき方」を積極的に用いているのがよくわかる。


 昨今のアニメのリアル路線とは明らかに一線を画すやり方だが、その源流はAプロダクションの芝山氏や小林治氏が設立した亜細亜堂、そしてAプロダクションの流れを組むシンエイ動画の仕事を数多くこなしてきたキャリアで培われたものだろう。亜細亜堂時代に『ちびまるこちゃん』TVシリーズのOPとEDを手がけたことは有名だが、『クレヨンしんちゃん』シリーズでもその才能を発揮してきた湯浅監督。同シリーズは原恵一や水島努など、多くの才能を排出しているが、湯浅氏も『クレしん』シリーズで自由にやらせてもらったと語り、非常に多くを得ていたようだ。思えば独特の線の揺れやグニョグニョとした人物の動きなど、今に続く湯浅監督のセンスはこうした名作シリーズの時からすでに発揮されていた。


 また湯浅作品は、人物の造形がシンプルで非立体的なのも特徴的だ。昨年話題になった『君の名は。』や映画『聲の形』などは、背景もキャラクターも非常に細かく描きこまれていて、フォトリアルを追求しているような印象だ。対して湯浅作品のキャラクターたちは相当にシンプルだ。今回は中村佑介によるキャラクターデザインだが、大抵のキャラの目は単なる黒点で、むしろこういうキャラデザインは今では珍しい。特に京都アニメーションの描く人物の目などと比較すると、そのシンプルさがよくわかるだろう。


 米国のカートゥーン・ネットワーク『アドベンチャー・タイム』の制作に参加した際、キャラがこれ以上ないほどシンプルで、自分の理想形と語っていたこともある。彼の過去作、『カイバ』などもみてもそのシンプルさはよくわかるだろう。


 元々、『ちびまる子ちゃん』や『クレヨンしんちゃん』など漫画的で非リアルな作風の仕事で力を発揮してきた湯浅監督だが、動きにもキャラクターのシンプルさにもそこで培ったセンスが生きている。それでいて古臭さを感じさせず、むしろ斬新な印象をもたらすことができるのが、湯浅監督のすごいところだろう。


■国際市場での湯浅政明


 湯浅監督の設立した制作プロダクション「サイエンスSARU」は、少人数の国際色豊かな人員で構成されている。韓国出身でロンドンでアニメーションを学んだチェ・ウニョン氏、スペイン出身のフラッシュアニメーター、アベル・ゴンゴラ氏とホアンマヌエル・ラグナ氏らが主なメンバーだ。サイエンスSARUは元々、アメリカのカートゥーン・ネットワークの作品を手がけるのをきっかけに結成された会社で、フラッシュアニメーションを積極的に用いることを特徴としている。


 これは作業の効率化のための手法という意味合いが強いそうだが、湯浅監督の理想とするようなシンプルさを実現するためにも向いている手法だろう。その意味では質を落とさずに作業効率を高めて、労働状況を米国のアニメスタジオ並にしていこうという意欲の現れでもあるようだ。


 ところで、湯浅監督は国内にも多くのファンを持つが、海外のアニメーションファンの中での評価もすこぶる高い監督だ。土居伸彰氏は湯浅監督の長編映画『マインド・ゲーム』は海外のアニメ映画祭ではある種神格化されている部分もあるとまで語るが、人体デッサンにとらわれずに自由に線を動かし、イマジネーションをそのまま具現化したような湯浅監督の映像は、自らのイメージと持てる技術が幸福に融合した例だろう。(参考:ワールドアニメの生態学 第3回 自由な「実験場」と異形の才能たちの時代【WIRED】)


 2014年の『ピンポン THE ANIMATION』以降、アメリカのカートゥーン・ネットワークに参加し、アニー賞候補になったり、キックスターターで資金を募った短編『キックハート』を発表するなど、活躍の場を海外に広げていた湯浅氏。彼の作風は近年の日本アニメのメインストリームでは決してなく、国内市場に行き詰まりを感じていたこともあったようだが、海外での高評価で自身の作風により一層の自信をつけたのではないだろうか。


 彼のスタイルや個性は確実にAプロをはじめとする日本アニメの伝統の中にあるものでもあり、そこにさらに国際的センスを身に着けた上で、再び日本アニメの最前線シーンに帰ってきてくれた。『夜は短し歩けよ乙女』も世界中で湯浅政明にしか作れない、ケレン味がたっぷりと詰まった怪作だ。(杉本穂高)