2017年04月15日 17:42 リアルサウンド
先日『TOWER RECORDS presents Bowline 2017 curated by ACIDMAN&TOWER RECORDS』で竹原ピストルのライブを観たという知り合いの編集者(30代女子)から、「CMソング(『よー、そこの若いの』)のイメージしかなかったんですけど、精神病のファンに話しかけられる歌とか、友達が病気になった歌とか、そんなのばっかりで。衝撃でした」という率直な感想を聞いた。そのとき筆者は竹原ピストルのライブに対する姿勢が微塵も変わってないことを実感した。その場所にいる観客の心に傷跡を残すーーそう、彼にとってライブとは“このとき、この場所で、どれだけのことが出来るか”という真剣勝負の場なのだ。
4月5日にリリースされたニューアルバム『PEACE OUT』にも、彼のライブに対するスタンスが強く反映されている。それを象徴しているのが1曲目の「ドサ回り数え歌」だ。2014年のメジャー復帰後も、自分でライブハウスに連絡し、全国各地で年間200本以上の弾き語りライブを行ってきた竹原。以前からライブで歌われていた「ドサ回り数え歌」は、まさに彼自身の体験から生み出された曲と言っていいだろう。〈弦、切れて 縁、切れて でも元気でね〉と彼は歌う。そこには自己憐憫のような甘っちょろい感情はまったくなく、ただ生活の為に歌うという切実な現実、ライブハウスという現場で観客と1対1で向き合おうとする真摯な姿勢があるだけだ。
以前、竹原に取材したときのこと。野狐禅を解散し、レコード会社、事務所との契約がなくなったときのことについて彼は「まず、どうやったら生活できるか考えた」と語った。家族のためにも、とにかく家に金を入れなくちゃいけない。自分にできるのはライブだけだから「月に何本やれば、これくらい稼げる」と計算し、ブッキングしたと。オフィスオーガスタに戻り、メジャーレーベルと再契約した現在も、その根本は変わっていないのだと思う。もちろん、ライブを続けるなかで様々な悩みも経験しただろう。〈一度も咲いたことがないくせに/きっと返り咲いてみせるとは/それは何かの手品だろ〉(「一枝拝借 どこに生けるあてもなく」)、〈こんな風にしか歩いていけないことを恥じてたいつかがあった〉(「ただ己が影を真似て」)といった歌からは、そんな葛藤が感じ取れる。しかし、それでも彼はドサ回りの旅を続ける。〈良い兆しなんてこれっぽっちもないから これからも行くんだよ〉(「俺たちはまた旅に出た」)と。現実から目を逸らさず、生きていくために、自分がやれることを模索し、真摯に実行していく。その姿にこそ、我々は胸を打たれるのだ。シンガーソングライターの多くが“歌で聴いている人の背中を押したい”などと言うが、おそらく竹原はそんなことは考えていない。優先すべきは、自らの生活のなかで掴み取った言葉を歌にすること。それを聴いたリスナーは、その言葉に(勝手に)自らの姿を重ね、感じ入っているのだと思う。“聴いた人に対して何ができるか”は結果であって、目的ではない。そのことを竹原は骨の髄まで知っているのだろう。
音楽的なアプローチも一貫している。軸になっているのは歌とアコースティックギター。フォークロック的なバンドサウンドを取り入れた「虹は待つな 橋をかけろ」、打ち込みのトラック×アコギの弾き語りによる「Forever Young」、アイリッシュ・トラッドのテイストを押し出した「マスター、ポーグスかけてくれ」などアレンジは多彩だが、すべての楽曲に“言葉を明確に伝える”という意志が込められているのだ。異彩を放っているのは「ママさんそう言った ~Hokkaido days~」。これまでにもヒップホップの手法を取り入れた楽曲(「俺のアディダス~人としての志~」「ちぇっく!」など)はあったが、韻の踏み方、リズムを重視した歌詞を含めて、「ママさん~」はもっともヒップホップ濃度が高い楽曲だと言っていい。
本作『PEACE OUT』は、4月17日付のオリコン・アルバム週間ランキングで5位を記録。メジャー復帰作『BEST BOUT』(2014年10月)の27位を大きく上回り、キャリア・ハイを更新した。その要因としてはもちろん、映画『永い言い訳』の出演(キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞、日本アカデミー賞 優秀助演男優賞を受賞)、さらにタイアップソング(テレビ東京系ドラマ24『バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~』EDテーマ「Forever Young」、伊藤忠商事企業CMソング「俺たちはまた旅に出た」)による知名度の向上が挙げられるだろう。しかし、俳優としての評価やメディアへの露出が増えたことは、彼の音楽には一切影響していない。しっかりと地に足を付け、シンガーソングライターとしての道をまっとうする。そのブレのなさこそが『PEACE OUT』の本質であり、竹原ピストルという歌い手に対する信頼につながっているのだと思う。
5月からは全国弾き語りツアー『PEACE OUT』がスタートする。このツアーでも彼は、観客のひとりひとりに向けて、ただひたすらにギターをかき鳴らし、生々しい言葉を放つはず。そして、その場所で生まれたことは、次の新しい歌へとつながることになるだろう。チケット料金は3500円。既にソールドアウトしている公演もあるが、都合がつく方はぜひ、彼の生歌を体験してほしいと思う。“生きるために歌い、歌うために生きる”という言葉が似合う竹原のライブは必ず、あなたの心に大切な何かを残してくれるはずだ。(森朋之)