2017年04月15日 10:33 弁護士ドットコム
傍聴マニアの筆者は、これまで多くの刑事裁判を傍聴してきた。男女関係のもつれや金銭問題など、事件の背景に横たわる問題は様々で、被告人も老若男女いろいろだが、特に印象に残るのが、65歳以上の高齢者が経済的に困窮したために起こす犯罪だ。
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法務省「犯罪白書」によれば、罪名の内訳としては窃盗がダントツに多い。確かに簡易裁判所では、高齢者の万引き裁判は日常的に行われている。傍聴してみると、ホームレスになった末、食べる物に困り、スーパーやコンビニで数百円程度の食品を窃取、というものが目立つ。
中には、刑務所での暮らしがホームレスよりはマシだと思って、何度も服役する者もいる。こうした背景について、3月に「貧困クライシス 国民総『最底辺』社会」(毎日新聞出版)を上梓した、社会福祉士であり、NPO「ほっとプラス」代表理事である藤田孝典さんに話を聞いた。(ライター・高橋ユキ)
――ご著書の中で、相談に来られる人の多くが生活に困った高齢者だとありました
「そうですね、毎年、半数程度は高齢者の方ですね。私のNPO『ほっとプラス』では、10代から80代までの方々から、メールや電話、来所で、年間約500件くらい相談を受けています。何かしらの生活のし辛さとか、お金のなさ、家族関係の不和、色々な課題ですね。仕事が見つかりませんと言う方など、背景には経済的な困窮があることが多いですね。
前作が『下流老人』という本で、そのあとが『貧困世代』という本を書いたのですが、今回は、女性も含めて全般的に、貧困が広がっていることをテーマにしています」
――裁判でも高齢者の被告人が目立ちます。以前はバリバリ稼いでいたけど体を壊したり、徐々に仕事がなくなるなどして、ホームレスになったような男性が典型例です
「私たちのNPOでも、一番多い相談が、貧困です。その内、年間20件か30件は弁護士さん経由の、刑事事件の被告人ですね。『いま警察署にいます』など、刑務所にこれから入りそうになっている最初の段階で、弁護士から連絡をもらいます。あとはその後ですね、弁護士、保護観察官、法務省から『出所間近なんですよ』という相談です。そういったところの職員さんから連絡があって受け入れることはよくあります」
ーー高齢者の被告人の中には、おにぎりを万引きして服役し、出所後にまた同じことをして裁判になり「刑務所にいたほうが楽だから」と言っていた人もいた。これは他人事ではなく、自分も老後、家族がいなければ魔が差して同じことをしてしまうかもしれない、と恐ろしくなりました。国民年金だけで老後も働きながら生きていくよりも、服役して刑務所の中で生活する、その方法が手っ取り早いのではと思う人もいるのではないでしょうか
「出所後は、生活保護などの福祉にきちんと結び付けないと再犯率は高い。最近はそれも明らかになって来ているので、私たちのもとに繋いでくれる法曹関係者が多いんです」
ーーどのような犯罪が多いのでしょうか
「無銭飲食、窃盗、強盗未遂。あと強盗もありますね、そして詐欺。中には、前科10犯という人もいます。
早い段階で弁護士さんと関わる場合には、僕らが引き受けるので、なるべく釈放して欲しいというお願いをし、実現しています。わたしたちのNPOはシェルターやグループホームも持っているので、そこに入所してもらって、サポートするんです」
――入所したあとはどうなるのでしょうか
「生活保護につなげたり、仕事探しをお手伝いします。借金がある方には、借金の整理もしてもらいます。要するに生活再建ですよね。犯罪を繰り返さないよう、暮らしを安定させるためにサポートすることが重要だと考えています。
ただ、世の中の流れは厳罰化です。『こういう悪い奴は、厳罰に処して刑務所に入れておこう』という、要は社会的排除ですね。でも、そこには誤解がありますよと伝えたいです。犯罪に追い込まれる理由や要因は、必ずありますから」
――共通して抱える要因はあるのでしょうか
「多くの人が経済的要因を必ず抱えています。経済苦の要因には『働けない』という問題があり、その背景には、病気、障害など、何かしら隠されているんです」
――『働けない』という状態になってしまった、いわゆるレールから外れるきっかけは
「失業、病気、家族の介護など様々ですが、経済市場から外れてしまうことですね」
――レールから外れると、元の自立した生活に戻るのが厳しい社会であるように思います
厳しいですね、極めて厳しいです。
――それはなぜなのでしょうか
「日本は新卒一括採用方式をとる会社が多く、元の市場に戻ろうとすれば非正規ばかりという状況です。何からの理由で、キャリア形成のないまま仕事を辞めてしまうと、再チャレンジは難しいですよね。
他の国なら、職業訓練や、お金を給付する制度があります。それも、40歳、50歳になっても、行政書士の資格を取らせよう、その資格取得のためのお金も国が支給しようといった仕組みがあるんです」
ーー日本は失業からの立ち直りが難しいと
「たとえば、オランダはかなり充実していて、失業はリスクでも何でもありません。資格を取るために3年ぐらい勉強できる時間があり、この期間は、どんな資格をとろうか考える時間も含まれています。でも日本では多くの場合、失業保険の給付期間は半年や1年と短く、資格を取ったり、次の産業に移ったりするための十分な時間がありません。
そのため『手っ取り早く仕事を見つけなきゃ』『住宅ローンも返せなくなっちゃう』と条件や仕事内容にこだわることなく、採用されやすい非正規や、低賃金の業界に入ってしまいます。しかし、人手が不足している業界は、多くが低賃金、過酷な労働環境です。こうして、負のスパイラルに入ってしまうのです」
(インタビューの後編を後日公開します)
【参考】
法務省の「犯罪白書」によれば、高齢者の検挙人員は平成20年まで著しく増加しており、平成27年には4万7632人、平成8年の約3.8倍となった。
しかし、これは単純に高齢者の人口が増加したからということではないようだ。警察庁・警察政策研究センターと太田達也(慶応大学教授)の共同研究『高齢犯罪者の特性と犯罪要因に関する調査』(2013年)によれば、65歳以上の高齢者の「犯罪者率」(人口10万人あたりの検挙人員)は、平成元年から平成18年までに、3.8倍も増加している。
【取材協力】
藤田孝典氏
1982年生まれ、埼玉県越谷市在住。NPO法人ほっとプラス代表理事、社会福祉士。
ルーテル学院大学大学院総合人間学研究科博士前期課程修了。首都圏で生活困窮者支援を行うソーシャルワーカー。生活保護や生活困窮者支援の在り方に関する活動と提言を行なっている。近著に「貧困クライシス 国民総『最底辺』社会」(毎日新聞出版)。
【プロフィール】
高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(霞っ子クラブ著/新潮社)、「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(高橋ユキ/徳間書店)など。好きな食べ物は氷。
(弁護士ドットコムニュース)