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『午後8時の訪問者』ダルデンヌ兄弟が語る、“引き算でリズム感を生む”演出術

2017年04月10日 19:13  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM - FRANCE 2 CINEMA - VOO et Be tv - RTBF (Television belge)

 ジャン=ピエール・ダルデンヌ&リュック・ダルデンヌ監督最新作『午後8時の訪問者』が、4月8日に公開された。『ロゼッタ』(1999年)と『ある子供』(2005年)で2度のカンヌ国際映画祭パルムドールに輝いたダルデンヌ兄弟。最新作となる『午後8時の訪問者』では、救えたかもしれない命を見過ごしてしまった若き女医ジェニーが、亡くなってしまった少女の意外な死の真相にたどり着く模様が、サスペンスタッチに描かれる。リアルサウンド映画部では、本作のプロモーションのために来日したふたりにインタビューを行い、本作がサスペンスタッチになった理由や、“ダルデンヌ兄弟流演出術”について語ってもらった。


参考:桜庭一樹、竹中直人、西寺郷太ら、ダルデンヌ兄弟最新作『午後8時の訪問者』に絶賛コメント


ーー今回の作品はこれまでのあなたたちの作品に比べて、サスペンス色が強い仕上がりになっているのが非常に印象深かったです。


リュック・ダルデンヌ(以下、リュック):意図してサスペンスを撮ろうとしたわけではないんです。まず、主人公の女医が命を落とした女性の名前を探すところからサスペンスが出てくるわけですが、犯人探しをするのは警察であって、彼女が犯人探しをするわけではありません。罪の意識を感じた彼女は、名前を探すことだけに徹します。その過程でサスペンスのようなことが次々と起こるのですが、それはすべてシナリオを書きながら状況を語ろうとしていくうちに、自然とそうなっていったことなんです。


ーーストーリーの発想はどこからきたんですか?


リュック:制作の背景としては、各国からの移民がヨーロッパに大挙して押し寄せているという事実があります。ただそれが出発点というわけではなく、以前から考えていた“医者を映画に登場させる”というアイデアを実現しようと考えたのが始まりでした。人の命を助けたり、死なないように治療したりすることが医者の使命ですが、その使命に反するようなことが起こってしまい、ものすごく責任感を感じた医者がいたらどうだろうというところから物語が生まれたのです。


ーーマリオン・コティヤールが主演を務めた前作の『サンドラの週末』に続いて、今作も女性が主人公ですね。その医者が女医であることに必然性はあったのでしょうか?


ジャン=ピエール・ダルデンヌ(以下、ジャン=ピエール):女性でないといけないと思ったわけではありません。『サンドラの週末』の場合は、まず初めにマリオン・コティヤールと一緒にやりたいと思ったところからスタートしていましたが、今回は最初から女医という設定にしていました。ただ、最初からこういうことを考えていたわけではありませんが、いまの雇用の状況を見ると、どんどん仕事を見つけるのが難しくなっています。特に労働市場では、男性でさえ仕事を見つけるのが難しいので、女性はより大変だと言えます。なので、結果的にそういった社会的背景が取り入れられているのも事実です。


ーー主人公の女医ジェニー役にアデル・エネルを起用した理由は?


リュック:当初、主人公の女医はもう少し年上の女性を想定していたんです。でもアデルと会って、ぜひこの人とやりたいと思ったんです。なので、シナリオも彼女のためにもう一度書き直しました。アデルはとても存在感がある女優。その表情を見ると、この人になら何でも話せると思えるような瞳を持っていたんです。


ジャン=ピエール:役者にはそれぞれ異なる存在感があるものです。他の役者に関しても言えることですが、アデルが才能のある役者だということは間違いありません。私たちは、信頼の置ける彼女の純粋無垢な表情に惹かれたのです。


ーーあなたたちの作品の撮影では、かなり入念なリハーサルが行われるそうですね。


リュック:今回のリハーサルは、すべてのシーンをビデオに撮りながら5週間ほど行いました。リハーサルで私たちが特に大事にしているのは、体の動きです。カメラで撮りながら実際のセットで本番の動きをやってもらいます。私たちは「この人物はこういう人だからこういうことを考えていて……」というような指示の仕方は一切しません。まずはその人物として動いてもらって、「動きが少し違う」「速さが少し違う」といったような指示をしていくんです。実際の動きを見ながら、マイナスなポイントを改善していくので、演技をつけるというよりは、“引き算”をしていく作業なんです。


ジャン=ピエール:私たちはリハーサル時に何度も何度も同じことを繰り返していきます。繰り返しをすることによって、いつの間にか私たちが本当に求めている動きが出てくるようになるんです。それに加え、リズム感も指示しています。例えば、「沈黙のあとに5つ数えてからセリフを言ってください」など、セリフを言うタイミングも細かく指示をしています。


ーー役者によるアドリブも一切受け付けないんですよね?


ジャン=ピエール:アドリブは一切ありません。床に印をつけて、必ずそこで止まって演技をしなければいけないというようなことはもちろんなく、そこまで厳格というわけではありませんが、私たちは1シーン1カットで長回しで撮っているので、リズム感や動きを早めに決めておかないといけないんです。伝えたいことを語るためには緊張感が必要で、その緊張感を生み出すためにはリズムが必要で、そのリズムは事前に練習しておかないと生み出せないものなのです。私とリュックの間では最初から何となくそのリズム感が共有されていますが、リハーサル時に役者も含めて決め込んで、最終的には決めた通りに撮影を行なっていきます。


ーークリスティアン・ムンジウやジャック・オーディアールなどの作品の共同製作も行いながら、2~3年に1本のペースでコンスタントに作品を取り続けていらっしゃいますね。そのバイタリティはどこから生まれているのでしょうか?


ジャン=ピエール:それは私たちにもわかりません(笑)。でもこれが私たちのリズムだと考えています。これまでは3年に1本のペースでしたが、今回は1年短く、前作の『サンドラの週末』から2年しか間が空いていません。それは随分前からストーリーの構想があったからだと思います。


リュック:私たちは脚本と監督を兼任しているので、映画を1本製作するのにそれなりの時間がかかります。ただ、周りを見渡してみると、毎年作品を撮っているような監督もいますよね。ほかの脚本家が書いたシナリオを監督するのであれば、脚本家がシナリオを書いている間にほかの作品の撮影ができるので、もしも監督だけに専念するのであれば、私たちもそれぐらいのペースでもっとたくさんの作品を撮ることができると思いますよ(笑)。(宮川翔)