トップへ

The Magnetic Fields、Le Ton Mité……宅録的サウンドによるストレンジでポップな音楽

2017年04月09日 17:23  リアルサウンド

リアルサウンド

Ariel Pink & Weyes Blood『Myth 002』

 スタジオでゴージャスに作り上げたサウンドも素晴らしいが、ひとり多重録音で作り上げたサウンドにはリッチな妄想がたっぷり詰まっている。今回は手作り感溢れるサウンドと、ちょっと奇妙な世界を楽しめる新作を紹介。


(参考:MVはこちら


 まずは、USインディーのベテラン、ステフィン・メリットのメイン・プロジェクト、The Magnetic Fields。これまでステフィンは、生楽器とシンセでローファイなポップ・ソングを作り続けてきた。そんななか、新作『50 Song Memoir』はステフィンにとって人生の節目となる大作だ。今年52歳となるステフィンは、1966年から50歳を迎えた2015年まで、1年につき1曲、家族のこと、友達のこと、ロックとの出会いなど、様々テーマで全50曲を書き下ろして、それを10曲ずつ5枚のCDに収録した。友達とのこと、シンセとの出会いなど、アレンジや音作りに工夫を凝らしながらバラエティ豊かに作り上げた本作は、まさに歌う回想録。マッチ売りの少女がマッチをする間に夢を見るように、歌を通じてステフィンの人生の断片が浮かび上がる。


 そして、The Magnetic Fieldsと同じく50曲収録されているのが、Le Ton Mitéの『Passé Composé Futur Conditionnel』(日本盤はボーナストラックを1曲追加)。Le Ton Mitéは、アメリカ出身のミュージシャン、マクラウド・ズィクミューズのソロ・プロジェクト。ズィクミューズは現在はベルギーで活動中だが、久し振りにアメリカに帰国した時の体験をもとに作り上げられたのが本作だ。アメリカで見た風景、聞いた話からインスパイアされた曲の数々は、曲の途中でふいに途切れたり、あっという間に通り過ぎたり、まるで記憶がフラッシュバックするようだ。ロック、エレクトロニカ、ジャズ、クラシック、アバンギャルドなど曲調は多彩で、イメージのスクラップブックみたいな楽しさに満ちている。また、本作のデモトラック23曲を集めたカセットテープ『過去の状況 未来の作曲』も限定リリースされていて、そのアイデアの源泉ともいえるサウンドもおすすめ。


 実験的なアーティストが集まった異色のヒップホップ・レーベル、<アンチコン>の人気者、ヨニ・ウルフ率いるWHY?。4年半ぶりの新作『Moh Lhean』は、ヨニの自宅スタジオで初めてレコーディングされ、そのスタジオの名前がアルバム・タイトルになった。ヒップホップ色は控えめになっているぶん、持ち前のメランコリックなメロディーが際立っていて、ホーンやストリングスなど様々な生楽器を加えたオーガニックな質感が特徴的。アルバムの前半は継ぎ目なく曲が展開したりと、緻密に音が作り込まれていて、それが本作の狙いだったのかもしれない。ヨニの心象風景を色彩豊かに音像化したような、パーソナルでそれでいてスペクタクルな広がりも感じさせるアルバムだ。5月に予定されている来日公演が楽しみ。


 アメリカの宅録界のレジェンドといえば、R・スティーヴィー・ムーア。70年代から自宅でせっせと宅録に励み、これまでリリースした作品は400タイトルを越える。そんな彼の新作『Make It Be』は、元Jellyfishのメンバーで、ベックやポール・マッカートニーなど様々なミュージシャンと共演してきたジェイソン・フォークナーとの共演盤。今回はムーアが曲を書いて歌い、フォークナーが演奏やレコーディングでサポートしたらしい。“こんな良い曲、書いたっけ?”と思わせるくらい、フォークナーはムーアのポップ・センスを引き出していて、メリハリが効いたアレンジやタイトな演奏にフォークナーのセンスと貢献が光っている。もちろん、ガレージ感溢れる粗いサウンドやサイケデリックな歪みなど、ムーアのアクの部分もしっかり拾っていて、どちらのファンも楽しめる会心の仕上がりだ。


 そんなムーアと過去に共演し、ムーアの後継者ともいえるのがLAの奇才、アリエル・ピンクだ。今回はこれまでにも度々共演してきたWeyes Bloodことナタリー・メーリングとコラボEPP『Myths 002を発表。本作はアートフェス、『Marfa Myths』のために制作されたもので、海外ではアナログとデジタルのみのリリースだったが日本限定でCD化された。即興音楽集団、Jackie-O Motherfuckerの元メンバーだったナタリーのアシッド・フォーク的な妖艶な歌と、アリエルのストレンジなポップ・センスが融合。なかでも、2人がデュエットを聴かせる「Tears On Fire」の強引な展開が最高だ。まさに美女と珍獣という組み合わせだが、EP1枚ではもったいない。ぜひ、次はアルバムを期待!


(村尾泰郎)