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「週末映画館でこれ観よう!」今週の編集部オススメ映画は『LION/ライオン ~25年目のただいま~』

2017年04月07日 20:33  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016 Long Way Home Holdings Pty Ltd and Screen Australia

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、編集スタッフ2人がそれぞれのイチオシ作品をプッシュします。


参考:『LION』『スラムドッグ$ミリオネア』主演デヴ・パテルが語る、2作品の共通点と違い


■『LION/ライオン ~25年目のただいま~』


 大人になった今でも、よく迷子になります。そんなリアルサウンド映画部のゆとり女子・戸塚がオススメする作品は、『LION/ライオン ~25年目のただいま~』。


 本作は、実話を基に『英国王のスピーチ』のイアン・カニングが製作を務め、第89回アカデミー賞で作品賞含む6部門にノミネートされたヒューマンドラマ。インドのスラム街、兄を探しているうちに停車中の電車で眠り込んでしまった5歳のサルーは、遥か遠くの地に列車で運ばれてしまい、迷子になってしまった。25年後、養子に出されたオーストラリアで成長したサルーは、人生の穴を埋めるため、そして未だ言えずにいる「ただいま」を伝えるために、家を探し始める。手がかりはおぼろげな記憶と、Google Earthのみ。1歩近づくごとに少しずつ蘇る記憶のカケラは、彼の人生の穴を埋め、次第にこれまで見えなかった真実を浮かび上がらせていく。“探し物”の果てに、彼が見つけたものとはーー。


 落ち葉が舞い散る中、広い大地に佇む少年・サルーの姿が、目に焼き付いて離れない。開始3分で目を奪われ、吸い込まれていきました。「サルー!」大声で弟の名前を呼ぶ兄。その声が、物語の終盤で再び脳裏に浮かび上がり耳の中で反響する。気づいたら意識が冒頭のシーンへと巻き戻っていました。


 「一念岩をも通す」。諦めないという強い想いが導く先の“現実”は、必ずしも望んでいた世界とは限らない。でも、この作品はそんな事実でさえも、見つけ出せてよかったと思える。実話だなんて信じられないほど、たくさんの奇跡で溢れかえっています。弟を大切に想う兄、兄のことが大好きなサルー、母と義母の底なしの愛……全てが語られているわけではないからこそ、胸が締め付けられます。愛なのか優しさなのか、目には見えない温かい何かがぎっしりと詰め込まれていて。気づいたら、涙がこぼれ落ちていました。


 私は、日本という国で、産まれ、育ち、ほとんど不自由なく今日まで生きてきました。毎日、温かいご飯をお腹いっぱい食べて、綺麗な水を飲み、帰る家も、家族も、友達もいる。そんな環境が当たり前になっています。この作品を観ていて、カルチャーショックを受けました。私が知っている世界は、本当に小さくて狭いんだなということを実感します。


 5歳のサルーがいくら助けを求めても、周りの大人たちは誰も助けようとしない。それどころか、邪魔だと無下に扱う者や、“親切心”をちらつかせて利用しようとする者さえいる。ボロボロの衣服を身にまとい、言語もわからず、空腹に耐え凌ぎ、どこかもわからない土地で必死に家族を探し回るサルー。どんなに恐ろしいことなのか、心細いことなのか、私たちには計り知れません。“絶望”、ただその一言に尽きる。もし、自分がサルーだったらあんなにも強く歩むことができただろうか。ただただ泣くことしかできなかったように思います。


 運よく、裕福で温かい家庭に養子として迎え入れられたサルー。不自由ない生活も、優しい両親も、自分のことを愛してくれる美しい彼女も手に入れ、幸せに暮らしていました。思い描く将来に向かって大学にも通い始め、充実した日々を送るサルーでしたが、あることがキッカケで幼い頃の記憶が蘇ります。忘れていた大切な過去を思い出したことで、「本当の家に帰らなければいけない」と強く想うサルー。いつしか“帰る”ことに囚われ、周りが見えなくなっていきます。そこから歯車が狂い始め、心身ともに追い詰められていくのでした。そんな彼ですが、時に道を間違えながらも、何度もなんども立ち上がり、前に進んでいきます。その姿は泥臭いのに、本当に美しい。


 題名の通り、25年目にしてようやく「ただいま」できるという話なのですが、この作品はそれだけではないからこそ感動します。最後にすべてを知った時、きっとあなたも感情が爆発することでしょう。


■『作家、本当のJ.T.リロイ』


 リアルサウンド映画部のロン毛担当・宮川がオススメする作品は、『作家、本当のJ.T.リロイ』。


 娼婦の母親と放浪生活を送り、女装をして男娼として客を取っていたという衝撃の過去を綴った自伝小説『サラ、神に背いた少年』で、一躍時代の寵児となった謎の美少年作家J.T.リロイ。ガス・ヴァン・サントやビリー・コーガン、トム・ウェイツ、コートニー・ラブといった著名人たちからも大きな支持を集め人気を博すも、2006年のニューヨーク・タイムズの暴露記事によって、“J.T.リロイ”は存在せず、リロイのソーシャルワーカーとして作品にも登場するローラ・アルバートという女性が創り上げた架空の人物であることが発覚するのであった……。


 シンガー・ソングライターのダニエル・ジョンストンの狂気を描いたドキュメンタリー『悪魔とダニエル・ジョンストン』で知られるジェフ・フォイヤージーク監督が手がけた本作では、“J.T.リロイ”ことローラ・アルバート自身のインタビュー映像や、彼女が録音していたという通話音声や留守電のメッセージなどから、事件の真実を明らかにしていく模様が描かれる。


 正直、この作品を“映画”としてどう捉えるかはなかなか難しい。これはドキュメンタリー映画全編に言えることだが、どこまでが事実で、どこまでが虚構なのかにどうしても目がいってしまうからだ。アルバート自身の言葉が中心に構成されているということもあり、やはり彼女の意思が大きく作品に反映されていると考えられる。


 しかし、事件の当事者自らが語ることにより、新たな“真実”が浮かび上がっているのも事実で、そのインパクトには大変驚かされる。筆者のように、J.T.リロイの名前は知っているぐらいで、事件のことはほとんど知らなかったような人にとっても、とても見応えのある内容に仕上がっている。感覚的には、佐村河内守のゴーストライター問題を追った森達也監督の『FAKE』に近いのではないだろうか。


 前述したガス・ヴァン・サント、ビリー・コーガン、トム・ウェイツ、コートニー・ラブら著名人からのリロイへの賞賛の言葉や、リロイの2作目の著作『サラ、いつわりの祈り』を映画化したアーシア・アルジェントとリロイの交流などを捉えた貴重な音声や映像が残されていることにも驚きだ。


 2018年には、クリステン・スチュワート、ジェームズ・フランコ、ヘレナ・ボナム・カーターの共演により、この事件を劇映画化した作品の公開も決定しているので、そちらも楽しみにしたい。(リアルサウンド編集部)