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「夜は短し歩けよ乙女」湯浅政明監督インタビュー 大切にしたのは“最初の読書イメージ”

2017年04月06日 18:24  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

「夜は短し歩けよ乙女」湯浅政明監督インタビュー 大切にしたのは“最初の読書イメージ”
森見登美彦の名前を世に知らしめた『夜は短し歩けよ乙女』が満を持しての劇場アニメーション化だ。4月7日より全国公開となる同作は、2006年に発売され、翌年には本屋大賞2位にもランクインし、累計売上130万部を記録した大ヒット作だ。

アニメーションを手がけるのは2010年にアニメ化された『四畳半神話大系』を手がけた湯浅政明監督、そして湯浅監督が率いるサイエンスSARU。脚本に上田誠(ヨーロッパ企画)、キャラクター原案に中村佑介、音楽に大島ミチルと『四畳半神話大系』のスタッフが再集結。湯浅ファンにも森見ファンにもたまらない映画であることは間違いない。

『夜は短し歩けよ乙女』に続けてオリジナル劇場アニメーション『夜明け告げるルーのうた』の公開も控えている湯浅監督に、森見作品を読んで感じたこと、制作の際に考えたことなど、映画をいっそう楽しめる話をきいてきた。
[取材・構成:川俣綾加]

『夜は短し歩けよ乙女』
2017年4月7日公開
http://kurokaminootome.com/

■「私」も「先輩」も最後の一歩が踏み出せない男子学生

──『夜は短し歩けよ乙女』(以下『夜は短し』)は「この小説の表紙をジャケ買いして森見登美彦さんの名前を知った」というファンも多い出世作です。10年以上経っての映像化ということで、なぜこのタイミングなのでしょうか。

湯浅政明監督(以下、湯浅)
色々な人が原作に魅力を感じて映像化にトライしてきたと思うんですけど、たぶんすごく難航したのだと思います。ノイタミナで『四畳半神話大系』(以下『四畳半』)が上手くいって、僕のところにもお話がきたんですが、立ち消えになったりもしていて。そのあと再びお話をいただいた時には、「今回も難しいかも」と感じつつも、映画にするならこんな作品がいいんじゃないかと前回準備していたものがあったのでわりとサクサク進みました。


──劇場アニメーション化の話がスムーズに進んだのは、『四畳半』のヒットも大きかった?

湯浅
そうですね。今回のスタッフも『四畳半』の時と同じ人がほとんどなので「あの人はこういうのが好きだな」とか「きっとこれはOKしてくれるはず」とか、お互い把握していることも多く持ち場がわかっている感じで。うまくいく時って、なんだかんだうまくいくんですよ。何をしてもいい方にしか転がっていかない。

──星野源さんに熱烈な出演オファーのお手紙を送ったエピソードがとても印象的です。なぜ星野さんだったのでしょうか。

湯浅
キャスティング会議をした時に、星野さんの名前が出るとぴったりだとみんなすごく盛り上がって。「まず星野さんが決まらないと進まないよね」ってくらい。でも忙しいみたいだし、どうしようかと考えた時に素直に現場がこれだけ盛り上がっていて、星野さんがやったら絶対に面白くなると皆の気持ちを伝える手紙を送りました。

──功を奏してのご出演ですね。もともととても人気の方ですが、ドラマのヒットも相まってさらに人気が高まりましたよね。

湯浅
オファーはドラマの前でしたが、それもこの作品がツイているところですね。うまくいってる感じがします!

──花澤香菜さん、神谷浩史さん、加えてロバート秋山さんなど豪華かつ非常に個性的なキャスト陣も大きな反響を呼びました。

湯浅
花澤さんも決めうちで依頼を出しました。やわらかくて芯が通っている声が黒髪の乙女っぽいなと。ロバート秋山さんは大好きな芸人さんで、声もいいし歌もうまくて何でもできる方ですよね。油断していると笑わせられてしまうすごいパワーの持ち主。男前な部分は神谷さんに引っ張ってもらおうと思っていました。


──森見さんの小説って、キャラクターは個性的ながらもキャラクター像の解釈に人それぞれの違いがあって面白いと思います。

湯浅
あ~(笑)、樋口師匠とかね。色々言われました(笑)。

──そう、樋口師匠もですね、すごく面白いキャラクターデザインだなと(笑)。

湯浅
『四畳半』のアニメ化をスタートした時、その時には『夜は短し』の中村さんのイラストもあったので、ああいうポップなのをやりたいと思ったんですけど、小津や樋口師匠は僕の中にもイメージがあったので、それでお願いしました。「私」とか他は中村さん任せだったんですけどね。樋口師匠のイメージは、僕の大学にいた「モテる人」として有名だった年上の男性です。モテるモテるって聞いてたけれどいざ見てみるとそんなに男前じゃなかったんですよ(笑)。飄々としていつもニンマリしていて、ほんわかした人で、よくギターなんか弾いてて。「なんで彼がモテるんだろう?」と不思議になるタイプだったけれど、美男子よりはそういうタイプが意外とモテるんじゃないかと思ったんです。

──樋口師匠は今作でも登場していますね。

湯浅
僕は『四畳半』も『夜は短し』も主人公のカップルだけがちがうパラレルワールドの世界だと思っているので、小津と羽貫さん、樋口師匠はそのままもってきました。小津っていうか古本市の神様ですね。古本市の神様はきっとみんな美少年で想像してたんじゃないかな。

──ああ、そういう声は聞きますね。舞台版では女性が演じてかわいらしい感じで。でも周囲を引っ掻き回す存在っていう意味では共通するものがあります。

湯浅
古本市の神様は小津がちっちゃくなった姿、っていうのが僕のイメージだったので。小津役の吉野裕行さんが大好きで、ぜひやって欲しかったのもあります。

──黒髪の乙女と先輩は、ビジュアルについては中村佑介さんのイラストビジュアルもあるので、みな似たものを想像しているかもしれません。一方でキャラクター的には、映像を見ると湯浅監督から見た黒髪の乙女、先輩が出ているとも感じました。黒髪の乙女って、ちょっと変な動きをしていますよね、自販機の前でひとりで汽車の動きをしたりと、小ネタっぽい動きをしているところに意外性があります。

湯浅
黒髪の乙女は僕の読みが強く入っているかもしれない。ロボット歩行をやるくだりが原作にあるので、ちょうど原作が出た頃に話題になっていた初期ASIMOの歩き方を。今変な動きをやらせるなら『ラ・タ・タ・タム』つながりで汽車っぽい動きをさせてもいいなと。でも、基本的には原作の通りですよ。

──もうひとつびっくりさせられるのが、詭弁踊りです。あの動きには驚かされました。あまりにヘンテコだったので(笑)。

湯浅
詭弁踊りは原作の文章からするにきっとああいう方向なのかなと思いました(笑)。原作を読み直すと意外とそう書いてない気もするんですけど(笑)、お尻の動きが見えていて、やっぱり変な踊りなんだろうなとの僕のイメージです。あの格好をすると実際はみんな前に倒れてしまう。でもそれくらいの動きにしないとアニメーションじゃ面白くないかなと思ったので、めいっぱい変な踊りにしました。

──湯浅監督から見た先輩はどんな青年ですか?

湯浅
パラレルワールドだから『四畳半』の「私」と似た立ち位置なんですけど、それほどエキセントリックな人間でもないんですよね。もしかしたら作っているうちにだいぶエキセントリックになっているかもしれないけれど。「私」より全然前向きに努力をしている人で、でも最後の一歩を踏み出せないというのは同じ。『四畳半』で「私」が踏み出せない理由はハッキリとはわからないかったんですけど、『夜は短し』をやってようやくわかりました。


──「最後の一歩を踏み出せない理由」をどう捉えましたか。

湯浅
学業がうまくいってないくて、秀でた才能も感じないから、とにかく自分に自信がない。自信がないと言っても高次元だと自覚しているから、高いプライドも捨てきれない。バカにした扱いもできないっていう意味では難しいキャラクターですね。何度それを注意しても「できない」「そうじゃない」と返ってきそうで、実際にこんな友人がいたら面倒かもしれない(笑)。でも頑張ったゆえ、最後に黒髪の乙女に認められて報われるのは、読んでいてなんだかあたたまります。

(次ページ:読書イメージを大切に、原作とブレても面白ければOK)

■読書イメージを大切に、原作とブレても面白ければOK

──お話を伺っていると、原作を読んだ湯浅監督の頭の中のイメージが、そのまま映像化されているんですね。

湯浅
基本的には最初に読んだ時の感覚で作っています。色々なところで勘違いした解釈もあるかもしれないし、人と違う独特のイメージも持っているかもしれません。でもそういう勘違いからも面白いアニメーションが生まれる。
実際に勘違いしていたのは、原作に「潜水艦のような丸窓のあるバーが……」と書かれていて、僕、それでてっきり「潜水艦バー」だと勘違いしちゃったんですよね。大阪まで行って取材して、映像を作って、それから本を読み返したら……。

──勘違いだった、と……(笑)。

湯浅
そうなんですよ(笑)。窓のことしか書いてないから「潜水艦バー」じゃないわけです。そのバーができたもの原作が発表されたあとだし。でもこれもその時に感じたイメージからですね(笑)。


──映像を作り上げていく中で、新たな発見や気付いたことがあれば教えてください。

湯浅
原作を読むと、ダルマとかりんごとか鯉とか、色々な関係やモチーフがバラバラに描かれているのですが結局はどこかでみんなつながっているんです。僕は絵コンテを描き終える最後まで気づかなかったけれど、李白さんが全部つなげているのだとわかりました。なんで急に竜巻が出てきて鯉を吸い上げちゃうのか、なぜ竜巻からりんごが落ちてくるのか。風邪の話とも一見すると何のリンクもないようだけれども、考えてみれば李白さんが全部つなげていた。絵コンテを描いてみて「これ全部みんなつながってるじゃん」って、セリフを足して、改めて描いてみました。


──他の作品でもそうですが、湯浅監督の作るアニメーションはシーンや出来事がめくるめくスピードで展開され引き込まれていくのが魅力的です。今作でもそれがいかんなく発揮されていて、とても楽しい作品になっていました。

湯浅
『夜は短し』でいえば、僕の原作に対するイメージがそれなんです。あとは、あんまり現実的に描きすぎないほうが伝わりやすい。「高い建物」って書いてあったらどこまでも高く、「窓が多い」とあれば異常なくらい窓を多く。実際のところを探っていくより、そこから想像したほうが読書イメージに近いというか。読書イメージを大切にして展開していってそれが面白いというのが、アニメーションの強みでもあります。それが多少原作からズレていても、きっと納得してもらえるはず。

──もう何度も京都にも足を運ばれたかと思います。湯浅監督にとって京都はどんな印象でしょう?

湯浅
『四畳半』で取材に行くまでは上品な古都のイメージでしたから、原作読むと突飛な印象を描かれていると思いました。しかし、実際に足を運んでみるとそれが本当にありそうで。何百年か前に実際に有名人が斬り合ったんだとか、本能寺があって信長がここで死んだのかとか、うっすら痕跡残る場所にいると不思議な感覚にとらわれる。某大学も魑魅魍魎が隠れていたり、樋口師匠みたいな大学生がいてもおかしくなさそうな雰囲気で。森見さんの作品って決して突飛なものじゃなくて、実際にそこにある京都の雰囲気からきているのだと感じました。


──歴史と由緒がある一方、大学がたくさんあって、若者も多くて。不思議なバランスで成り立っていると思います。

湯浅
行ってみると、思っていたイメージとはちょっと違ってきました。京都って薄味のイメージだけど学生が多いから意外と濃い味の食べ物も多いし、たぶんこれも学生が多いからだと思うんですけど古い銭湯やカフェもたくさんあって。のんびりしていて優しい感じもする。反面、なかなか受け入れてもらえないような雰囲気もあって奥深い。

──『四畳半』は、ひとりの男子学生の自問自答とそれを取り巻く騒がしくも愉快な仲間のお話ですが、『夜は短し』は振り返ってみてどんなお話だったと思いますか?

湯浅
「こうして出逢ったのも、何かのご縁」をみんなに改めて感じさせてくれるお話です。世の中には色々な面白い人がいて、みんなどこかでご縁がある、つながっている。黒髪の乙女が、そうした人間関係もお酒も本も、学園祭も何でも楽しんで、謳歌していく。先輩は努力の甲斐あって風邪を引いて黒髪の乙女に優しくされ嬉しい! みたいな。メチャクチャでもすごく楽しい。

──『夜は短し』に続けて、5月19日には同じく湯浅監督が手がけるオリジナル劇場アニメ『夜明け告げるルーのうた』が公開となります。こちらもとても楽しみです。

湯浅
『夜は短し』は絵柄的にマニアックな部分もありますが、『夜明け告げるルーのうた』はみんなが見やすい形、能動的に王道のアニメーション映画らしいものを、と思って作った作品です。少女漫画テイストを取り入れたいとずっと思っていたので、ねむようこさんにキャラクターデザインをお願いできて本当に嬉しい。いろんな世代の人に向け、たくさん冒険もしている映画なので、こちらもぜひ観て欲しいですね。