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記憶に残る映画体験を! 新文芸坐・番組編成が語るオールナイト上映の醍醐味

2017年04月06日 15:13  リアルサウンド

リアルサウンド

新文芸坐

 東京池袋にある名画座・新文芸坐。1997年に閉館した伝説的名画座「文芸坐」が2000年12月12日、名匠・小津安二郎の誕生日で命日でもある日に「新文芸坐」として復活。現在に至るまで、多彩なプログラム、毎週土曜日に行われるオールナイトの上映などによって、唯一無二の名画座として、東京だけでなく全国の映画ファンから愛されている。


 この度、リアルサウンド映画部では、新文芸坐の番組編成を担当する花俟良王(はなまつ・りょう)氏にインタビューを行った。名画座をとりまく現在の状況や、オールナイト上映の魅力まで、映画愛に溢れた言葉で熱く語ってもらった。


参考:“2本立て上映”の成否を分けるものは? 名画座・早稲田松竹番組担当が語るコンセプトの作り方


■映画ファンが新しい扉を開くプログラムを


——名画座のスケジュールは一週間単位が多いですが、新文芸坐は1日ごとの変更もあるなど、上映作品数がどの劇場よりも多いですね。


花俟:オープン当初は通常の名画座と同じように1週間編成でもやっていました。ただ、プログラムによってはどうしても入らない週が出てくる。親会社から「なぜこんなに入らないのか?」と数字で判断されてしまう。入らない作品が出てしまったときのために、細かく刻むという方針となりました。その代わり、最低基準の売上に達していれば、自由にやらせてくれるようにもなりました。そのバランスが取れてきたのがここ4、5年ぐらいでしょうか。


——花俟さんが編成に大きく携わるようになったのもちょうどそれぐらいから?


花俟:そうですね。最初はオールナイトだけ担当していたんですが、今は昼間の編成も携わるようになりました。支配人が邦画旧作、それ以外が私の分担でやっています。


——同時期、映画の上映素材がフィルムからデジタルに大きく変化していきました。上映準備の変化はありましたか?


花俟:フィルムの場合は、バラバラに分かれている素材を一度繋ぎ合わせて、映写チェックをして、更に上映が終わったらまたバラして……という作業工程があります。それに引き換え、デジタルの場合はDCP用プロジェクターにデータをインストールするだけで済む。だから、作業的には楽になると思っていました。ところが、デジタルの場合はトラブルが起きた場合、こちらでは対処のしようがない。フィルムの場合は、知識と技術さえあれば、映写事故が起きても、ほとんどの場合、自分たちで対処して上映を再開できました。でも、デジタルは映写機やサーバーに問題が起きると手も足も出ない。1日1回しか上映しない作品を上映できないという最悪の事態が起きてしまったこともありました。そして、データのインストール時間も馬鹿になりません。物理的な労力は減ったかもしれないのですが、新たな悩みが生まれているのも事実ですね。


——あれだけの本数(4月はオールナイト上映作品を抜いても45本!)の上映準備をされているのは本当にすごいです。そして、新文芸坐といえば、監督や役者の追悼上映などがどの劇場よりも早い印象があります。


花俟:考えることはどこも同じで、いろんな偶然が重なってできている部分も大きいです。ただ、当館で観たいという声を多くいただきますし、それをやる役目であることも認識しています。


——各名画座や映画館との横の繋がりは?


花俟:良きライバルという形で競争をする中で、結果として連携が生まれれば良いなとは思っています。ただ、早稲田松竹の上田さんとも話し合っているのですが、もっといい協力関係を名画座全体で作りながら、映画人口の増加に貢献できるとさらに良い。例えば、質とある程度の集客が保証されたクリント・イーストウッドの新作が公開されるとなれば、どの名画座でも上映したいわけです。でも、それで同じ時期に各名画座がイーストウッドの作品しか上映していなかったら、映画ファンとしてはつまらない。もちろん「どこでも観ることができる」という利便はありますが、もっと映画ファンが新しい扉を開くような、そんな機会に恵まれるプログラムを作っていきたいと思っています。


——早稲田松竹・上田さんは作家性や作品のカラーなどにあわせて2本立てを考えているとおっしゃっていましたが、花俟さんはどのような考えでプログラムを作っているのですか。


花俟:早稲田松竹さんのように、2本立ての組み合わせによって作品の魅力が増すプログラムは素晴らしいと思います。その一方で、少し組み合わせはチグハグでも、予想外の作品に出会うことのできる2本立てがあってもいいのかなと。片方の作品を目当てで劇場に足を運んだのに、ついでに見たもう1本の作品のほうが面白かった! そう思ってもらえるのが一番うれしい。それも名画座の醍醐味だと思います。以前、ウェス・アンダーソン監督の『グランド・ブダペスト・ホテル』と、韓国映画『あやしい彼女』を組み合わせたこともありました。


——製作国も、作品のカラーもまったく異なる2作品ですね(笑)。


花俟:そうなんです。予定していた候補作品が実現しなかったというのもあるのですが、まったく毛色が違う2作品をカップリングしてみました。ただ、方向性は違っても、どちらもとても面白い。だからこそ、片方の作品目当てで来た方がまったく予期せぬ出会い方をしてくれるのではと……。結果、映画ファンからは大ブーイングを受けました(笑)。でも、「韓国映画を初めて観たけど、とても面白かったです」という方もいれば、韓国映画ファンの方は「こんなオシャレな映画あったんですね!」と2作品観てくれた方からはとても好評で。このプログラムは僕にとってのターニングポイントでした。批判もありましたが、「文芸坐が決めた2本立てならきっと面白いはずだ」そう思ってもらえる劇場にしていきたいと決意するきっかけになりました。


——上映作品によって大きく異なると思いますが、来場される観客の層は変化してきましたか。


花俟:やはり、平日の昼間にも来場していただけるという点でシニア層の方々が多いです。ただ、若い層の方も確実に増えています。理由としてはSNSなどによる拡散もあると思いますが、かつて“オタク”的な楽しみ方とされていたものが、どんどん表に出てきているからなのかなと。マイノリティとされてきた価値観を持つ方たちが、声を大にしてそれを謳歌している。そんな土壌ができているように思います。そして、皆さんのアンテナの張り方がすごい。この拡がり方は今の時代だからこそと言えるでしょう。


■オールナイト上映でしか得ることができないもの


——会心のプログラムは?


花俟:70年代の怪作『溶解人間』というホラー映画が上映できるかもと聞いて、どうにか番組にしたいと思いました。でも、悩んでも悩んでもいいアイディアが出てこない。やぶれかぶれで“ドロドロ”としたものを集める方針を立てて、「春のドロドロオールナイト」と題した企画にしました(笑)。新生活を迎えるにあたってドロドロの人間関係にはご用心、と(笑)。ほかに、『吐きだめの悪魔』、『悪魔の毒々モンスター』、『マックィーンの絶対の危機』を集めたのですが、これが完売御礼で。非常にびっくりしたのですが、お客さんもみんな楽しみたいんだなと肌で感じました。観たことがないけど、くだらなさそうな映画を覗いてみたい、このイベントに参加したことをSNSでアップすれば盛り上がる……etc、来場していただいた理由は人それぞれだったと思うのですが、入り口はどうあれオールナイト上映、映画の楽しさを知ってもらえた企画になったと思います。


——新文芸坐=オールナイト上映というぐらい、オールナイト上映のイメージが強いです。


花俟:映画館の減少に伴いオールナイト上映という文化が消えかけ、毎週テーマを設けて上映しているのは新文芸坐だけの時期がありました。集客できずにやめたいと思った時もありました。それでもしぶとく続けていたらお客さんも足を運んでくれて、今はギンレイホールさんや早稲田松竹さんも、単発ではありますがオールナイト上映を行うようになりました。オールナイトの灯火を消さなかった自負はありますし、続けていてよかったなと思います。


——観た作品の内容は覚えていなくても、オールナイトで一晩を明かしたという経験が、自分にとって救いになった経験があります。


花俟:オールナイトは、寝てしまってもいいですし、映画の内容を忘れてしまってもいい。でも、オールナイトで一晩過ごした、その体験は記憶としてずっと残る。そして、それは限られた時しかできないことでもあるんです。朝方に出てくるお客さんの顔付きは疲労困憊に包まれていますが(笑)、乗り切った達成感とお客さん同士の中で生まれている連帯感のようなものがあり、独特な雰囲気があります。オールナイト上映でしか得られないものがあるので、まだ未体験の方は思い切って挑戦してほしいですね。


——オールナイトに定期的に通っている新文芸坐ファンからは、花俟さんの上映前の“前説”も有名です。


花俟:毎回している訳ではないんです。評価が固まった作家特集などではしていません。それでも、かつての洋画劇場の解説者ではありませんが、少しの予備知識でより映画を楽しんでいただければと思い始めてみました。いつも緊張してシドロモドロになってしまっているんですが(笑)。非常におこがましい言い方ではありますが、自分が考えたプログラムで観に来たお客さんの人生を変えたかもしれない。その時間を提供できたのかもしれない。その可能性に立ち会えることはとてもうれしいことです。僕が映画を作っているわけではないので、偉そうなことを言うべきではないのですが、その場を提供できることは非常に名誉なことだなと感じています。


(取材・文=石井達也)