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外国映画興行の未来がかかった重要作、『ムーンライト』が好スタート!

2017年04月06日 14:43  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016 A24 Distribution, LLC

 春休み真っ只中、さらに4月1日の土曜日が映画サービスデーとなった先週末の動員ランキング。1位『SING/シング』、2位『モアナと伝説の海』、3位『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』、4位『キングコング:髑髏島の巨神』と、「春の4強」と言うべき上位作品はいずれも好成績のまま先週と同じ順位をキープ。また、同じく先週と順位が変わらず5位につけている『ひるなかの流星』も、明らかな供給過多によってこのところ苦戦が続いている少女コミック原作映画の中にあって手堅い集客を続けている。


参考:これは“自分のための映画”だーーマイノリティ描く『ムーンライト』に共感を抱く理由


 10作品中9作が先週のトップ10と同じ顔ぶれ、初登場作品はナシと、上位の作品にはほとんど動きがなかった先週末。春休み中で全体の数字が高いこともあってトップ10入りは逃したものの、公開から3日間(3月31日の金曜日が初日)、全国75スクリーンで動員54,003人、興収65,862,000円をいう好成績を記録した『ムーンライト』に今回は注目したい。


 今年2月26日に開催された第89回アカデミー賞で、作品賞、助演男優賞、脚色賞の3部門を受賞した『ムーンライト』。配給会社ファントム・フィルムは、アカデミー作品賞の受賞を受けて、4月28日に予定していた同作の公開日を急遽3月31日に前倒しで公開することに変更。あわせて、当初予定していたスクリーン数の約6倍のスクリーンを確保。上映館は今後も増える予定で、現在のところ120館での上映が決定しているという。


 映画業界に関わっている人間の一人として、公開予定の2ヶ月前に1ヶ月公開日を早めること、さらにそこでスクリーン数を6倍に拡大させること、それらにあわせて作品のプロモーション・プランを根本的に変更すること、ポスターやパンフレット(とても丁寧な仕上がりのパンフレットになっていて感心した)をはじめとする作品関連のアイテムの準備をすることが、どれほど大変なことかはある程度想像ができる。『ムーンライト』のように素晴らしい作品がこうして日本の観客にも支持されたこと自体が喜ばしいのは言うまでもないが、今回の公開時期の変更・拡大にまつわる英断にともなう配給会社の苦労についても心からねぎらいたいと思う。


 そもそも、配給会社の「英断」という意味では、今回アカデミー作品賞を受賞する前から『ムーンライト』を買い付けていて、公開を予定していたこと時点で「英断」と言ってもいいだろう。今年のアカデミー作品賞ノミネート作9本のうち、黒人の俳優が主演の作品は3本(そのうち、黒人監督による作品は2本)。『ムーンライト』以外の2本、デンゼル・ワシントン監督・主演『Fences』の日本公開は見送られ(『フェンス』のタイトルで配信スルーとなる予定)、セオドア・メルフィ監督、ファレル・ウィリアムスが製作に名を連ね、ケビン・コスナーといったスターも出演している『Hidden Figures』は、日本公開に向けての動きはあるものの早くても秋以降の公開になる模様。そんな中、黒人監督による、有名スターの出演もなくほぼ全員が黒人キャストによる、重要な主題の一つとしてLGBT問題を扱った、内省的でアート寄りの作品である『ムーンライト』に、ファントム・フィルムは早くから目をつけて配給権を獲得していたわけだ。


 日本の配給会社、特にメジャー系配給会社には、「海外のコメディのセンスは日本人にはわからない」「SF作品やホラー作品は女性客にアピールしない」「有名な俳優が出てない作品は宣伝が難しい」といった先入観、偏見が根強くはびこっている。その中でも最も根強いのは「(アクション映画以外での)黒人俳優が主役の映画には客が入らない」というものだ。黒人俳優が主役のヒューマンドラマやコメディはDVDスルー、配信スルーならまだいい方で、日本ではまったく観られないままの作品も少なくない。


 もちろん、そうした事情の裏付けとなる過去のデータも存在するのだろう。しかし、今回の『ムーンライト』のようにどこかが過去の前例を破らないことには、「アカデミー作品賞ノミネート作の3分の1は黒人俳優の主演映画」(黒人俳優に限らず有色人種の俳優全般に広げれば、今後その比率は増えることはあっても減ることはないだろう)という時代にあって、日本の映画興行が今以上にガラパゴス化していくことは必至だろう。


 配給会社によると、先週末から公開された『ムーンライト』の上映館には、想定していた以上に若い年齢層の観客が押しかけていて、また、そうした若い観客層からのリアクションがとてもいいという。『ムーンライト』を応援することは、作品自体を応援することだけでなく、配給会社を応援することでもなく、日本における外国映画を取り巻く環境の「未来」を応援することでもあるのだ。(宇野維正)