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一家の“サバイバルライフ”はどう描かれた? 『はじまりへの旅』マット・ロス監督が語る制作背景

2017年04月02日 19:53  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016 CAPTAIN FANTASTIC PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

 『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ、『イースタン・プロミス』のヴィゴ・モーテンセンが主演を務める映画『はじまりへの旅』が4月1日に公開された。厳格な父ベン役を演じたモーテンセンが第89回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた本作は、現代社会に背を向けてアメリカ北西部の山奥にこもり、自給自足のサバイバルライフを送る、キャッシュ家7人の“初めての旅”を描いたロードムービーだ。監督・脚本を手がけたのは、『12モンキーズ』や『アビエイター』などで俳優としても活躍するマット・ロス。リアルサウンド映画部では、本作の制作にあたっての背景やモーテンセンの役者としての魅力などについて、ロス監督に話を訊いた。


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ーーこの作品には、子供の頃に人里離れた場所で最新テクノロジーのない場所で暮らしていたあなたの生い立ちに深い関係があるそうですね。


マット・ロス(以下、ロス):僕の母親はもともと1980年代のオレゴン州で、よく映画に出てくるようなコミュニティみたいなものを始めていて、僕自身も映画に出てくるような生活をし送っていたんだ。60年代ではなく80年代だったからヒッピーとは呼べないんだけど、まさにヒッピーのような生活を送っていた。一番近い民家まで90分ぐらいかかるような、人里離れた森の奥深くで暮らしていたし、夏の間はインディアン式のテントで寝たこともあったよ。この作品にはそのような自伝的な要素が含まれているのは事実だけど、実はこの映画を作ったのはそれが理由ではないんだ。


ーーどんな理由があったのでしょうか?


ロス:自分が“親”であることが大きかったんだ。アメリカの場合、多くの子供は大学に進む段階で親元を離れていく。子供を育てている時は子育てに集中するあまり、そのことだけに必死になってしまってあまり気がつかないんだけど、子供と過ごす時間はとても短いんだよね。僕は子供を育てていく中で、自分はどんな父親になりたいのか、どんな子育てをしたいのかをすごく考え込むようになった。そして、ちゃんと子供と向き合うような、きちんと“存在する”父親でありたいと思うようになったんだ。そうやって、子育てについて真剣に考えたことがこの作品を作るきっかけになったんだ。


ーー今回の撮影は、アルノー・デプレシャンやジャック・オーディアールなど、フランスの名だたる名監督たちとのタッグで知られるステファーヌ・フォンテーヌが担当していますね。大自然を舞台にした本作の撮影において、もっとも意識したことは何でしょう?


ロス:僕もステファーヌも有機的な仕事の仕方をするタイプなんだ。今回の撮影において僕がもっとも心配していたのは、このようなテーマやキャラクター、生活様式を取り上げる上で、映画全体の世界観が人工的になってしまうことだった。形式張った構図で撮ってしまうと、自然とそうなってしまうものなんだよね。だから僕は、役者やキャラクターたちと呼吸し合うような撮影を望んだんだ。観客にとっても、キャラクターたちと距離感が生まれないような、まるで彼らが隣にいるような撮影を意識した。役者は演技をする中で見出していくものがあって、撮影が進むにつれ次第に変化していくことも多いんだけど、ステファーヌが素晴らしかったのは、撮影監督としてしっかりと彼らの演技についていってくれたことだった。役者が初めて見せてくるようなものにもしっかりと対応し、役者の変化に応じて撮影の仕方も変えてくれた。そういうところもきちんと捉えることができたのは、まさにステファーヌのおかげだね。


ーーあまり演技経験のない子役たちはまさにそうですよね。撮影前にはキャストみんなで合宿のようなものをやったそうですね。


ロス:今回はかなりしっかりと準備を行ったよ。撮影の何週間も前に、ヴィゴと小役たちのキャッシュ家のみんなを集めて、ワシントンでブートキャンプをやったのさ。ロッククライミング、マーシャルアーツ、ミュージカル、ヨガ、羊の解体、言語学習など、映画の中で彼らに実際にやってもらうことを事前に体験してもらったんだ。どうやって火を起こすのか、食べるための獣をどうやって捕まえるのか、寝るためのシェルターをどうやって作るのかといったサバイバル術も含めてね。子役たちにとっては、その体験が人生の中で一番というぐらいに楽しかったみたいだ。


ーーキャッシュ家のサバイバルライフには、驚くような描写もありましたね。子役たちにとってもチャレンジングな撮影になったのでは?


ロス:大人の場合は血糖値が下がるなど、体調の変化がすぐにわかるものだけど、子供の場合は気がつかないんだよね。もちろん子役たちの親やドクターが現場にもいたんだけど、子供たちが突然調子を崩してしまったりすることもあった。だからどちらかというと、体調管理の面が大変だったね。子供たちはマーシャルアーツもミュージカルもロッククライミングも、基本的に楽しみながら撮影をこなしてくれたんだけど、唯一エクササイズのシーンが大変だったよ。あのシーンは30回ぐらいやったから、あの時だけは子供たちも僕のことを殺したいと思ったかもしれないね(笑)。


ーーそんな子供たちをまとめる父ベン役にヴィゴ・モーテンセンを起用した理由は?


ロス:実は、脚本の執筆段階では主人公のベン役に彼を想定していたわけではなかったんだ。特定の役者を想定して脚本を書いても、その役者とコンタクトが取れるかもわからないし、そもそもスケジュールの問題があるからね。ただ、キャスティングの段階で僕はすぐにヴィゴをファーストチョイスとしてベン役の候補に挙げたんだ。僕はヴィゴの出演作はほとんど観ているけれど、ショーン・ペンが監督した『インディアン・ランナー』に出ていた頃から、いい意味で複雑なニュアンスを持った深い演技をする役者だなと思っていた。面識はなかったけど、今までの彼の仕事はとても素晴らしいものだったから、僕も彼の功績に対して敬意を払っていたし、ぜひ一緒にやりたいと思ったんだ。映画作りはコラボレーションによって成り立っているところもあるから、誰と組むかによってその作品の評価が定義づけられるところもあるんだよね。コラボレーションする相手は非常に重要なわけさ。僕は、ヴィゴが品格を持って出演する作品を選んでいるなということも感じていた。どういう作品に出演するかはもちろん大事だけど、どういう作品に出演しなかったかということも、その役者がどういう人物なのかを知らしめてくれる重要な要素だと思っているんだ。


ーー実際にコラボレーションをしてみていかがでしたか?


ロス:ヴィゴは現場に入ってからもこちらの想像以上に役を掘り下げてくれた。役者によっては、まったく重要ではないことばかりに囚われてしまう人や、お金を稼ぐ目的のためだけに現場に来るような人もいるものなんだけど、ヴィゴは心の底から作品のことを思ってくれて、キャストやスタッフとコミュニケーションを取りながら、遊び心を持っていろいろなことを試そうとしてくれたんだ。特に今回の作品は僕にとって、監督も脚本を手がけた重要な作品だったから、作品のことを大切に思い、僕と同じぐらいの熱量を持ってコラボレーションしてくれる役者を求めていた。なかなかそういう人はいないものなんだけど、ヴィゴはまさに僕が求めていたそういう役者だったんだ。真剣に作品のことを考え、よりよいものにしようとみんなで一緒に作り上げようとする。そんなところが、彼の役者としての大きな魅力のひとつだと思うよ。(宮川翔)