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鹿野 淳に聞く、音楽フェスの現状と可能性「ロックミュージックを今の時代なりに位置づけたい」

2017年03月30日 17:43  リアルサウンド

リアルサウンド

『VIVA LA ROCK』

 リアルサウンドの連載「フェス文化論」では、過去2回にわたってロックフェスティバル『VIVA LA ROCK』のプロデューサー鹿野 淳氏のインタビューを行ってきた。


(関連:鹿野淳が新フェス『TOKYO ISLAND』を語る 「“ポスト音楽フェスティバル”へ移行する時代が来た」


 音楽雑誌『MUSICA』発行人でもある鹿野氏は、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』や『ROCKS TOKYO』の立ち上げにも関わり、日本におけるロックフェスのカルチャーを根づかせてきたキーパーソンの一人でもある。


 『VIVA LA ROCK』は今年で4年目を迎え、5月3日、4日、5日の3日間、さいたまスーパーアリーナで開催されるロックフェスとして定着してきている。その一方、「邦ロック」という呼称が一般化したここ数年の日本のロックシーンにおいては、「四つ打ちダンスロック」と呼ばれる一つの潮流がブームとなり、一方でその次のモードを示すアーティストも目立つという、いわば過渡期の状況が続いてきた。


(参照:当連載の2014年記事 http://realsound.jp/2014/11/post-1730.html「フェスシーンの一大潮流「四つ打ちダンスロック」はどこから来て、どこに行くのか?」 )


 今回の取材は、それを踏まえて現状の問題意識とシーンの可能性を問うインタビュー。ブッキングの変化について、そしてこのフェス独自の試みである音楽同人マーケット『オトミセ』の変化について話を交わした。(柴那典)


■「ビバラはロックフェス。その十字架を背負って運営してる」


――VIVA LA ROCKは今年で4年目ですが、まず過去3年間の道程をどう捉えていますか?


鹿野 淳(以下、鹿野):正直な話、うまく行き過ぎたと思っているんですね。それは何かというと、埼玉という場所に根づくフェスをちゃんと作ろうということ。ちゃんと埼玉にも土着の音楽シーンがあるべきだし、その一つの現場として、メディアとしてVIVA LA ROCKがあればいいなとに考えて作っていった。その部分に関しての賛同がちゃんと集まった結果、一年目からきちんと収益のあるフェスになったんです。集客能力としても去年は2万5千人を2日間ソールドアウトするまで成長していった。そこは大きな結果だと思います。


――埼玉のローカルに根づくフェスになったということを示す実証もあるんでしょうか?


鹿野:それこそ1年目は、お客さんの中では圧倒的に東京の人が多かったんですね。でも、2年目で埼玉の人が増してきた。3年目で埼玉県の方が上回ったんですよ。だから言ってきたことがちゃんと伝わってるというのがデータでも示されている。そういう意味ではラッキーだし、必死に頑張って考えたコンセプトがリーチしたという部分はあるのかなと自負はしています。


――過去にインタビューした際に、鹿野さんはVIVA LA ROCKは二つの狙いがあると言っていましたよね。一つは今おっしゃった埼玉に根づくフェスを作るということ。で、もう一つは、日本の音楽シーンにおいてロックフェスというものが果たす役割、「ロック」という名のついたフェスの持つ位置づけを喚起するということ。そのもう一つの側面についてはどうですか?


鹿野:これが、わからないんですよ。というのも、今の時代、ロックというものが非常に曖昧になっていると言われてますよね。とは言っても、そこにシーンはあるし、自分の事務所は下北沢にあるんですけど、やっぱりライブハウスはいまだに頑張って新しいバンドという才能を見つけている。弱体化しているとしても、ロックというものは音楽性としても、観念としても根づいていると圧倒的に思うわけですよ。そういう人たちのネクストビジョンとしてロックフェスがあるべきだし、その位置づけの中で進化すべきだということは、いまだに思っているんです。


――なるほど。わからない、というのはどういうことでしょう?


鹿野:何がわからないのかっていうと、VIVA LA ROCKがロックフェスであるっていうことでメリットを持てているのか持てていないのかっていうことが、まずわからない。というのは、自分はマーケットを意識してるようで、そこの部分に関して全く意識してないんですよ。


――マーケットを意識してないんですか?


鹿野:簡単に言うと、今、2万人以上を集客するフェスは「メガフェス」と言われていますよね。そういうフェスは集客を増やすために音楽性も多様にしている。前に柴くんは「音楽フェスはテーマパーク型のレジャーである」ということを言っていたけれど。


――そうですね。フジロックなどの野外フェスはアウトドア型のレジャーでサマーソニックのような都市型のフェスはテーマパーク型のレジャーである、ということを、この「フェス文化論」の連載(参考: http://realsound.jp/2014/08/post-1079.html RIJフェス、セカオワが大トリを務めた意味とは? カギは「世代交代」と「テーマパーク化」)で書いてきました。


鹿野:そうそう。ということは、つまりフェスがテーマパークになるなら、その器に入れ込む音楽性も多岐に渡るものになって、多様性な人たちが集まる場所になる。


――そうですね。特にそれを明確に打ち出しているのがサマーソニックであると思います。あそこにはカルヴィン・ハリスもいるしピコ太郎もいる。その振り幅の中にフェスがある。


鹿野:自分の中では案外、カルヴィンとピコちゃんは同じ所にいるんですけどね(笑)。もちろんジャンルに特化したフェスも増えていると思うんですけど、多くはアイドル、クラブミュージック、ロック、ポップスというものが混然一体となっているのが今の時代のフェスのあり方だと思うんです。この状態は、たぶんマーケットの要請に基づく部分があるんじゃないかなと思うんですけど。だけど、ビバラはロックフェスだってまず決めちゃったんですよ。その十字架を背負って運営してるわけです。そうなったときに、マーケティング的なデータを元にアイドルを呼ぶことはできないわけです。そうした場合、ブッキングの音楽性を広げるには批評性やメディア性を全部加味して世の中に伝えていかなくちゃならないんですけど、その言葉は少なくともプロデューサーの自分は持ってないし、音楽ジャーナリストとしても持っていない。


――なるほど。そういう意味でマーケットを意識しているわけではないということですね。


鹿野:はい。そうなると今度は、このフェスがロックにこだわっているということが、どこまでフェスの参加者に伝わってるかっていうことも正直わからないし、どこまでロックマーケットの活性化をこのフェスが果たしているかもわからない。そう思っているまま、このフェスがメガフェスとして成立している。そういうラッキーな状況にあるなっていうことを思っている部分はあります。だから、そこは毎年試行錯誤をしてるし、毎年自分のなかで悩み続けながらも機能してる感じなんだけどね。


■「アーティストがフェスだけを主戦場にするのは違うと思う」


――今のフェスを巡る状況に、僕が音楽ジャーナリストとしてすごく象徴的だと思った出来事が今年の初めにあって。NHKの『SONGS』という番組で「今年期待のアーティスト特集」というものが放送されていたんです。そこに出ていたのがcero、ぼくのりりっくのぼうよみ、KEYTALK、WANIMAという4組だった。今回のVIVA LA ROCKにはceroとぼくのりりっくのぼうよみも出演するわけですが、そこではKEYTALKだけが「フェスで人気のバンド」という紹介をされていたんですね。


鹿野:これは、KEYTALKはフェスシーンの最重要アーティスト、ceroはシティポップか街型音楽の最重要アーティスト、ぼくのりりっくのぼうよみはベッドルーム・ミュージックの最重要アーティストとして扱われたということだよね。


――そうですね。ということは、先ほど僕と鹿野さんで「フェスはテーマパーク型のレジャーであり、どんな音楽ジャンルも渾然一体となった場所である」という話をしたわけですが、NHKの『SONGS』という番組の制作陣はそう捉えていないということだと思うんです。むしろ「フェスで人気」という音楽ジャンルがある、という風に打ち出している。実際にリスナーがそういうイメージを持っているということだと思います。


鹿野:これはリスナーとかテレビ番組だけじゃなくて、ウェブメディアを見ていても思うことだよね。フェスというのが立派な音楽ジャンルになっている。


――そうですね。もう一つ印象的だったのが、最近「フェスロック」という単語をどこかのウェブメディアで見かけたことなんです。これって、もはや「インディーロック」とか「ポストロック」みたいに、ロックの一つのサブジャンルとして「フェスロック」というスタイルが成立しているという言われ方だと思うんですけれど。鹿野さんはそういう状況についてはどう思いますか?


鹿野:その意味合いで言うと、今柴くんが言ったことが、邦楽のロックを中心とした音楽シーンの中ではど真ん中なんだろうなと思いますね。ただ、僕はフェスは音楽のジャンルじゃないと思っているし、「フェスロック」というジャンルがあるとしても、僕はジャンルというものは音楽性の中で語られるべきで、状況論のなかで語られるべきものじゃないと頑固に思っているんです。


 それに、フェスティバルに出演してくれるアーティストに対しては本当に感謝をしているんですが、アーティストがフェスという場所だけを主戦場にするのはちょっと違うんじゃないかと思うところもある。少なくともビバラに出演してくれるアーティストやバンドは、もっと自分の土俵を持っていると信じてお付き合いしています。フェスというのはあくまでもアーティストを知るきっかけの場所でもあり、音楽の喜びをリスナー自身が感じられる最もピュアな場所であるべきなんじゃないかなと思っているんですね。つまりはそこはフェスロックという音楽性を掲げたり、チャートが効果なき今の音楽レースの実況中継をする場所ではなく、あくまでも自己表現を音楽でぶつける場所であって欲しいわけです。ロックフェスはそれ自体が良くも悪くも意志を持っていますから。単にマーケット援護や事業優先でやっているわけではないのでね。だから自分がロックフェスをやっている中でこだわっているのは、「フェスロック」のための場所というよりも、ロックミュージックというものをちゃんと今の時代なりのものとして毎年位置づけようという気持ちを持ってやってる部分が強いと思います。


――つまりVIVA LA ROCKの二つの狙いのうち、「埼玉」というローカリズムの部分では変わらずに根づいていくことを志向してきた。一方でロックという音楽性の部分では、同じものを繰り返して「フェスロック」のようにジャンル化、ムラ化していくよりも、時代に合わせてロック観というものを更新していく発想がある。


鹿野:そう。もちろんフェスをやってる身として、自分のフェスをそのアーティストの物語の中で使っていただくっていうのは、ものすごく嬉しいことなんですよ。具体的に言うと、より大きなステージに立って、今度はヘッドライナーを目指すみたいなストーリーをフェスの中で描いてもらうことって多いじゃないですか。MCでよく言われるんです、「来年はあのステージに立ちたい」と。


――そうですね。その物語をアーティストとファンが共有する。


鹿野:それはすごく嬉しい部分もあるんですけど。でも、ロックってアップデートされていくこと自体がすごく大事で。だからリスナーは塗り替わっていっていいと思うし、アーティストはその中でどうサバイブしていくのか、どう破壊と調和を駆使して進化していくのかということに取り組んでいると思うわけです。だから、それと同じようにロックフェスもちゃんとブッキングで刺激を見せる、アーティストが育っていく姿を一緒に並走する、何よりも新しい才能に敏感な場所であるというのは、とても大事なことなんじゃないかなと思うんですね。


――では、今年の3日間、そのブッキングの方向性はどうイメージしましたか?


鹿野:今年は過去3年以上に色分けをハッキリさせました。まず悩んだのはそれをするかしないかだったんです。


――というと?


鹿野:ビジネスとして考えるなら、3日間全部来ていただくのがありがたいとも言える。そうなると、3日間それぞれの中で観たいものが散らばっているようなブッキングのやり方もあったと思うんですよね。でも、今年はそれをやめようとまず決めた。3日間それぞれのノリを過去3回以上にちゃんと作ろうと思ったのが今年です。


――具体的に言うとどうでしょう?


鹿野:初日の3日に関しては、まさにフェスというものがブームになって以降に育ってきた、活きのいい最高のロックバンドを中心に集まってもらいました。2日目の4日はその今のフェスが作ってきた音楽性からは若干離れて、でもこれが今の、そしてこれからのロックの大きな波だという観点を持ち得ているアーティストに集まってもらいました。そして最終日の5日。このVIVA LA ROCKというフェスはモッシュやダイブを明確に禁止していないんですね。推奨もしていませんけどね。つまりはロックの遊び方っていうものはちゃんと自分たちが決めるべきで、その代わり、自分たちで自己管理をして、周りに愛を持って遊んでくれないかということを言っている。そういう意味で、3日目はパンクロックも含めて、激しく遊びながらも歌心を持っている、ある意味日本のロックの本質と王道を持っている人たちに集まってもらいました。そういう3日間の分け方をしたんですね。


――なるほど。ということは、3日間それぞれのリスナー層、ファン層が分かれるわけですよね。


鹿野:はい、実際に分かれているみたいです。やはり残念ながら過去3年間と比べて、3日通し券の売り上げは今のところ一番良くない状況です。チケット全体に関しては今年もとても順調なんですけどね。自分が打った手はそう認知されてるんだなとは今は思ってますけど、これを読んでくださっている方には、本当に3日間全部を見て欲しい。とても幸福な発見が絶対にあるんですよ、ここには。


――そのリスクを背負ってでも3日間で方向性を分けようとした。


鹿野:去年さいたまスーパーアリーナの改修工事でゴールデンウィークに開催できなかったので、必然的に2日間の週末開催になったんですよ。そのときに「VIVA LA ROCKは2日でいいじゃん」と多くの人から言われたんです。みんな悪意で言ってないんです。ピュアな感想として「この2日間のブッキングが最高だった」と言われたんですけど、それでも僕はプロデューサーとしてその言葉は悔しかったんですよね。でもみんなが言っている言葉は民意ですから、それを受け止めるべきなのかどうなのか、ずっと葛藤してたんです。でも、今年は過去3年以上にロックフェスとしてブッキングをするべき対象が広がる可能性がある。これが一つの大きな流れになる可能性もある、そういう重要な年が2017年だなと思ったんですね。その代表は、わかりやすく言うとD.A.N.、yahyel、Suchmos、cero、そして水曜日のカンパネラなどです。SKY-HIも実にハイブリッドな音楽スキルを披露してくれて、本当にチャレンジャーで面白いんですよね。


――5月4日に出演するラインナップですね。


鹿野:そうですね。例えばSuchmosは、去年の夏の段階から今の状況が予想できていた。間違いなくジャンルを超えたブレイクをすると思っていたし、その人たちがこのフェスに出てくれることになった。これがものすごく大きかったです。さらに水曜日のカンパネラやceroがさらに大きな存在感を持つようになった。そういうところから、UNISON SQUARE GARDENやGotchやサカナクションのような、音楽性も広いし洋楽性や他ジャンルとの架け橋にもなっている極めて奔放な姿勢とスタイルを持っているアーティストも混じえて1日を作れば、VIVA LA ROCKが3日間のフェスをやる意味がちゃんと生まれるんじゃないかと。このフェスが掲げた2大目標の埼玉感っていうものは上手くいってるけど、ロック感というものが実感として上手く位置づけられているのがわからないっていう最大のクエスチョンに対しても答えを出せるんじゃないかと思ったんです。


■「ロックフェスは、危うい場所じゃないといけない」


――なるほど。ただ、僕の個人的な感覚ですが、Suchmosのライブに行く層は、VIVA LA ROCKというフェスに距離感を持っている人が多い気がします。それは彼らが神奈川を拠点にしているからでもあって。


鹿野:うん、そうですね。こちとらどっぷり埼玉ですから(笑)。


――その一方で、YONCEはインタビューで「自分たちのマインドはロックである」ということを言っている。だから、ロックという名前を掲げたフェスに出ることにちゃんと意味を見出してくれていると思うんです。


鹿野:そうなったときに彼らがVIVA LA ROCKを選んだ理由は一つで、それは広い意味でロックメディアに対して自分たちがリーチしたということだと思うんですよね。たとえば彼らが去年夏に出した『MINT』はオアシスの影響が感じられたりもする。そういう意味でロックミュージックの王道性も彼らの根っ子の中にある。そういう人たちがロックメディアが掲げるフェスのなかで大きな存在として主張をするっていうのは、ベストな現場じゃないかと思うんですね。


――なるほど。


鹿野:僕はSuchmosにとって、ロックメディアとロックフェスは120%必要なものだと思っている。彼らの音楽はそういうものだと思うし、音楽家としての彼らもそういう存在だと思ってるんです。でも、柴くんの言う通り、このフェスの想いとSuchmosの構造や姿勢が、まだ邦楽のフェスのお客さんに届いてるかっていうと、そうではないとも思うんです。僕は今、そこの層にVIVA LA ROCKっていう音楽の現場を認識してもらうために必死で頑張ってる最中なんですね。


――ちなみにVIVA LA ROCKが参考にしているフェスはありますか? たとえばフジロックはグラストンベリー、サマソニはレディング&リーズをロールモデルにしているというのは有名な話だと思うんですけれど、それと同じようにロールモデルにしている海外のフェスはあったりしますか?


鹿野:ないんですけど、目指すものとして強いてあげるならば、たぶんコーチェラ・フェスティバルだと思います。あれは場所としては室内フェスとは違うんですけれど、その年の音楽シーンのアップデートされた状況をブッキングで端的に示している。興行というビジネスとエンターテインメントに固執しているにも関わらず、でも音楽マーケットへの還元がなされている。そういった意味でコーチェラは目標とすべきだと思う。


――コーチェラは毎年4月に開催されますよね。ということは、だいたい年明けに開催が発表になって、1月から2月頃にラインナップ第一弾が発表される。つまり音楽シーンのトレンドを左右する、日程的なアドバンテージを持っているフェスだと思うんです。VIVA LA ROCKもゴールデンウィークに開催されるので似たようなところがある。


鹿野:僕もいろんなアーティストに「VIVA LA ROCKから今年のフェスシーズンをキックオフします」って言われます。今の所、ARABAKI ROCK FEST.とVIVA LA ROCKが一番それを言われてると思います。


――僕の考えでは、VIVA LA ROCKが日本におけるコーチェラ的なブランドを手にしたのは2015年だったと思うんです。過去のフェス文化論の連載で書いたんですが(参考:http://realsound.jp/2015/12/post-5478.html 2015年、フェスシーンはどう変わった? ヘッドライナーと動員数から見えた“今年の主役”)、その年の年末に、一年で開催された約150ほどのフェスのヘッドライナーを全部数えて集計したんですね。そうしたら、上位3位が[Alexandros]、10-FEET、the telephonesだった。つまり、その年のVIVA LA ROCKの3日間のヘッドライナーだった。


鹿野:あら(笑)。このフェスが今のロックというものを体現するフェスにしたいと思ってやってきたことが間違ってないって言われたような、非常に嬉しい事例です。


――そういう意味で、その年の日本のロックシーンの一つのトレンドを示すフェスになっているということは言えると思います。


鹿野:ありがとう。だとすると、今年のブッキングは、それをより明確な形でできたと思います。今年このフェスが成功するか意味をさらに持つことができるか? っていうことは、このフェスにとっても、そして音楽フェスのあり方をシリアスに考えていく意味でも、重要なことだと思います。


――少なくとも、VIVA LA ROCKがコーチェラを一つのロールモデルとするならば、そこで示すべきは、ロックという音楽、もしくはフェスの場で見せるべき音楽の捉え方が更新されていくものである、ということですよね。ムラ化していくのではなくて、時代の変化や世代交代と共に、常に新しい価値観を見せる場でもある、と。


鹿野:はい。だからロックフェスっていうのは、誤解を恐れずに言えば、「危うい場所じゃないといけない」と思うんですよね。その空気感が危ういものであるっていうこともそうだし、いろんな意味で安定しちゃいけないんじゃないかなと思う。このフェスも今までがただ単純にラッキーなだけで、やっぱり、春フェスっていうもの自体が、みんなが思うほど成熟してると思ってないんです。そういうことも含めて、この感覚でブッキング、そして毎年の予算組み、そしてエンターテインメントとしてのフェスのインフラを考えると、なかなかいつもハラハラすることがとても多いんです(笑)。


――なるほど。


鹿野:でも、音楽フェスはそれでいいんじゃないかなと思うんですよね。


■「音楽オフ会が、こういう現場でももっとあれば」


――わかりました。そして、もう一つVIVA LA ROCKの他のフェスにない特徴ですが、「オトミセ」というユーザー参加型の音楽同人マーケットの企画を初年度から開催していますよね。この現状についてはどう捉えていますか?


鹿野:これに関しては、なかなか活性化しないという感じです。もちろん、参加者の問題ではなく、僕のプロデュースが下手だからなんですけどね。参加者はびっくりするほどいい人たちばかりで、あそこに行くと本当に心があたたまりますよ。


――でも、実験の場、投資分野としてこれをやる意味があるということをずっと思っている感じですか。


鹿野:いや、投資ではなく、音楽フェスの役割だし、あの同人エリアは立派な音楽シーンそのものだと思います。だけどもし今年やってみて、実感がいつもと同じくらいだと思ったら、来年ちょっと手を打とうと思ってます。廃止するのではなく、抜本的に参加者へのレギュレーションを変えるということです。


――僕はVIVA LA ROCKに足を運んで、オトミセがどのように変化してきたかを毎年チェックしてきたんですね。そこにおいて感じていることを忌憚なく言うと、当初は「M3」のような同人音楽の即売会をフェスの場に作ろうという意図があったと思うんです。ただ、回を重ねるごとに、音楽それ自体を作って売る人よりも、アクセサリーやグッズを売る人の方が増えているし、そういう人が来場者とのコミュニケーションをとれている。


鹿野:本当にそうなんだよね。


――ただ、僕は、特にこういうユーザー参加型の場に関しては「起こったことが正しい」と捉えるようにしているんです。ということは、VIVA LA ROCKにくる人たちにとっての「オトミセ」は、音楽それ自体だけじゃなく、アートやデザイン、ファッションを通じて音楽を表現する人、それをもとにコミュニケーションをとりたい人も集まる場所という風に意味合いが変わってきている。


鹿野:全く同感です。だからあそこにもシーンがあるということだと思います。現実的に音楽フェスってグッズがすごく売れますよね。CDよりもシャツやタオルの方が遥かに売れる。VIVA LA ROCKもびっくりするほどすごくグッズが売れるんですよ。出版社経営者としては、だったら雑誌も買って読んでもらえないかな? と思うんですけど(笑)。それとリンクしてる話なんだなと、今の話を聞いて思います。そのことはこれから考えなくちゃいけないなと思うんだけど、僕は今のオトミセに対して思っているのは、あれは音楽オフ会なんですよね。


――オフ会というと?


鹿野:オトミセに出る人たちは、自分の音楽観っていうものを持ってる人たちで、それを聴くだけじゃなくて、なんらかの方法で形にしている人たち。でも孤独なんですよ、みんな。つまり、音楽好きで、学校でも会社でも同じレベルにいる人がいない人たちが、この場所だとそういう仲間と出会える。そこに価値があるんだと思うんです。だから、音楽オフ会だなと思ってたんだけどね。そういう現場って、所謂オタク社会だけではなく、こういう現場でももっとあればいいですよね。


――まさにそうですね。そして加えて言うならば、そういう意味ではオトミセはまだこの先に可能性があると思っています。というのは、今のオトミセは言ってしまえばデザインフェスタとM3のあいのこのような場所になりつつあると思うんです。特に、ロックという音楽が好きで、アートやアクセサリーを通してそれを表現したいような人にとっては、M3やコミケは場としてそぐわない。あちらは同人文化の色合いが濃いですから。一方で、デザインフェスタに出展してもそこでは音楽好きに出会えない。


鹿野:その通りだね。すごく勉強になります。


――そういう意味で、あの場所に育っているコミュニティーは、他の場にはなかなかないものだと思うんです。


鹿野:ありがとうございます。あそこに出店してる人たちと年に1回バーベキューをやるの。だから、その感覚はすごくわかる。


――なので今年から「自主音源や音楽系アクセサリーや衣装など、音楽にまつわる表現をする方々が集まる場所をご用意しています」と公式HPで打ち出したのは、とても意味のあることだと思います。


鹿野:これまでは判断基準が難しかったんだけれど、何年かやってわかってきたんです。だから、来年に向けてもっと方向性を明確にしていくべきだ、ということだよね。ありがとう、とても参考になりました。(取材・文=柴那典)